【東京医科大学】筋萎縮性側索硬化症(ALS)原因蛋白の細胞内局在と毒性を制御する分子機構を解明~新規ALS治療法開発への応用に期待~



東京医科大学(学長:林由起子/東京都新宿区)薬理学分野 金蔵孝介主任教授と博士課程1年 宮城碧水大学院生、分子病理学分野 黒田雅彦主任教授が参画する研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の主要な原因遺伝子C9ORF72から発現する2種類の毒性ジペプチド(ポリPRおよびポリGR)が類似した配列構造を持つにも関わらず、細胞内局在や毒性機構が大きく異なることに着目し、アルギニンの間に存在するアミノ酸の性質が周辺分子との結合力の強さや、結合の多価性を制御することによって、局在や毒性機構が決定されることを明らかにしました。




【概要】
 東京医科大学(学長:林由起子/東京都新宿区)薬理学分野 金蔵孝介主任教授と博士課程1年 宮城碧水大学院生、分子病理学分野 黒田雅彦主任教授、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 杉本昌弘教授、がん研究会がんプレシジョン医療研究センターがんオーダーメイド医療開発プロジェクト 植田幸嗣プロジェクトリーダー、慶應義塾大学医学部小児科学教室 鳴海覚志主任教授、生理学教室 伊東大介特任教授、東京工業大学物質理工学院 早水裕平准教授、北海道大学電子科学研究所 雲林院宏教授らの研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の主要な原因遺伝子C9ORF72から発現する2種類の毒性ジペプチド(ポリPRおよびポリGR)が類似した配列構造を持つにも関わらず、細胞内局在や毒性機構が大きく異なることに着目し、アルギニンの間に存在するアミノ酸の性質が周辺分子との結合力の強さや、結合の多価性を制御することによって、局在や毒性機構が決定されることを明らかにしました。
 ALSは人工呼吸器を装着しなければ発症から2~5年で死に至る神経難病ですが、未だ有効な治療法が確立されていません。本研究の成果は、最も頻度の高い家族性ALS原因遺伝子C9ORF72によるALS発症機序の解明に繋がることが期待されます。
 本研究成果は、Cell Press社が発刊する学術誌『iScience』(IF=6.107)のオンライン版に掲載されました(現地時間2023年5月24日公開)。

【本研究のポイント】
● 変異型C9ORF72から発現するポリPR(プロリンとアルギニンの繰り返し配列)および、ポリGR(グリシンとアルギニンの繰り返し配列)の細胞内局在の違いは、隣接するアルギニン電荷を十分に分離できるかどうかで決定されることを明らかにしました。
● ポリPRは、1つの分子が同時に多数の分子と結合する多価相互作用をプロリンが促進することで、より多くの分子を捕捉し、強い毒性を獲得することを示しました。
● ポリGRは、少数の分子との強固な結合を介して細胞質における毒性に関与することを明らかにしました。

【研究の背景】
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は運動神経細胞が進行性に変性し、全身の筋肉が次第に動かなくなる神経難病です。人工呼吸器を装着しない場合、発症からの余命は2~5年と短く、根治療法も確立されていないため、早期の病態解明および治療法の開発が望まれています。
 2011年に同定された家族性ALS原因遺伝子C9ORF72は、家族性ALS患者の約40%において変異が見られ、また孤発性ALS患者の10%においても変異が見られることから、最も重要なALS原因遺伝子の1つであると考えられます。C9ORF72の異常を伴うALS患者は、全て同じタイプの変異を持ち、イントロン1における(GGGGCC)6塩基リピート配列が異常に伸長する変異が見られます。このリピート配列伸長によりALSを発症する機構として様々なモデルが提唱されていますが、リピート長依存性ATG非依存性翻訳と呼ばれる特殊な翻訳により産生される毒性ジペプチド(ポリPRおよびポリGR)による神経毒性仮説が有力であると考えられています。ポリPRとポリGRは、アルギニンが交互に存在する非常に似た特徴を持つ配列ですが、細胞内局在や毒性の強さ、毒性機構が大きく異なります。しかし、このような違いが生じる詳細なメカニズムは不明なままでした。そこで本研究では、これらのジペプチドの細胞内局在や毒性を制御する分子機構を明らかにし、ALS発症機構の解明を目指しました。

【本研究で得られた結果・知見】
(1) ポリPRおよびポリGRの細胞内局在の違いは、連続するアルギニン電荷の分離の度合いにより決定されることを発見
 ポリPRやポリGRのアミノ酸の比率を変えた種々の変異体を用いた細胞内局在の解析や、蛍光消光回復法(FRAP法)[注1] を用いた解析により、プロリンとアルギニンを交互に持つポリPRは、立体障害が大きく自由なペプチドの動きを障害するプロリンがアルギニン間に存在することによってアルギニンの持つ正電荷が適度に分離され、核小体へと移行できますが、グリシンとアルギニンを交互に持つポリGRは、側鎖が小さくペプチドの自由な動きを可能にするグリシンではアルギニンの持つ正電荷を十分に分離できないため、細胞質分子と強固に結合し、細胞質への局在を示すことを発見しました。アルギニン電荷の分離の度合いが細胞内局在を制御することは、ポリGR変異体 [ アルギニン間にグリシンが1個存在するポリGRと、アルギニン間にグリシンが2個存在する変異体であるポリG2R1 ] を用いた解析でも示され、アルギニンが十分に分離された変異体は、核小体へと移行できることを確認しました (図1)。

(2) ポリPRおよびポリGRの毒性の違いは、周辺分子との結合様式の違いにより決定されることを発見
 我々はこれまでにポリPRおよびポリGRは、蛋白合成を阻害することで毒性を発揮し、特にポリPRが強い毒性を示すことを報告してきました。ポリPRがより強い毒性を持つメカニズムを解明するため、定量的プロテオーム解析 [注2] を用いて、ポリPRおよびポリGRと結合してくる蛋白の種類と量を検討しました。その結果、ポリPRはポリGRと比較して、質的には類似した蛋白と結合しているものの、結合する量が大きく異なり、特定の蛋白との結合がポリPRにおいて増強していることが分かりました。ポリPRがより多くの分子と結合できるメカニズムを解明するため、ポリPRやポリGRとの結合が知られている蛋白との結合様式を水溶液中で観察しました。ポリPRやポリGRは、液液相分離 [注3] と呼ばれる現象を起こして酸性アミノ酸を多く含む蛋白と結合し、水溶液中で水と油のように分離した液滴を形成することが知られています。その結果、ポリPRはポリGRと比較して量的に多くの酸性分子と結合できることが明らかとなり、ポリPRは、1つの分子が多数の分子と結合する多価相互作用を促進することで、より多くの分子を液滴内に捕捉し、強い毒性を獲得することが示されました。一方でポリGRは少数の分子と強い結合を示すため、細胞質分子と強固に結合し、細胞質における毒性に関与していると考えられます(図2)。

(用語解説)
注1. 蛍光消光回復法(FRAP法)
蛍光分子の一部分に強いレーザーを当ててその部分の光を退色させ、周辺からの蛍光分子の戻り具合を観察することで、流動性を評価する手法。分子が動いていれば退色部分の蛍光が回復し、分子が動いていなければ蛍光は回復しない。
注2. 定量的プロテオーム解析
サンプル中に含まれる蛋白を網羅的に解析し、種類だけでなく、量的な比較も行う方法。
注3. 液液相分離
2種類の溶液を混合した際に、水と油のような異なる液相に分離する現象。
近年、核小体をはじめとする膜を持たない細胞内小器官の形成など、生体内の様々な現象に関わる機構として注目されている。

【今後の研究展開および波及効果】
 本研究により、これまで不明であったポリPRおよびポリGRの細胞内局在や毒性の違いを制御する分子メカニズムが明らかとなりました。本研究の成果は、ALSの病態解明だけでなく、ポリPRおよびポリGRの毒性を阻害する新規ALS治療薬の開発に繋がることが期待されます。

【掲載誌名・DOI】
掲載雑誌:iScience
DOI:10.1016/j.isci.2023.106957

【論文タイトル】
Differential toxicity and localization of arginine-rich C9ORF72 dipeptide repeat proteins depend on de-clustering of positive charges.

【著者】
Tamami Miyagi, Koji Ueda, Masahiro Sugimoto, Takuya Yagi, Daisuke Ito, Rio Yamazaki, Satoshi Narumi, Yuhei Hayamizu, Hiroshi Uji-i, Masahiko Kuroda*, Kohsuke Kanekura* *責任著者

【主な競争的研究資金】
文部科学省 科学研究費 科研費基盤(B) 20H03593 (金蔵孝介)、21H02706 (黒田雅彦)
武田科学振興財団医学系研究助成 (金蔵孝介)、持田記念医学薬学振興財団研究助成金(金蔵孝介)、アステラス病態代謝研究会研究助成金 (金蔵孝介)


▼本件に関する問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
住所:〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL:03-3351-6141
メール:d-koho@tokyo-med.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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