足元でのインフレ率の上昇は、1970年代のインフレと比較されることがあります。しかし、新型コロナウイルス感染拡大で蓄えられた貯蓄に下支えられている堅調な消費者支出は、1970年代とは異なった環境を作り出しています。
ロシアのウクライナ侵攻を受け、原油価格が一時1バレル139ドルを超えたことをきっかけに、1970年代を思い起こさせました。1970年代は、原油価格の高騰に伴い上昇したインフレ率が、一部の主要国経済を景気後退に陥れました。
全米経済研究所(NBER)が定める景気後退は、1970年以降、7回起こっています。
最初4回の景気後退については、インフレ率や金利の上昇が景気後退に先立ってみられました。1970年代も含め、インフレ圧力が高まる中で、米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げが実施されたことが、足元の状況と比較される一因となっています。
インフレ率、政策金利の推移と景気後退局面
欧米でそれぞれ2兆ドル程度に積み上がった貯蓄
1970年代、1980年代、1990年代の経済状況と過去20年間の経済状況は異なっていますが、景気循環は、同じパターンを辿るのでしょうか。
2000年以前の景気後退は、経済過熱の緩和やインフレ率の引き下げのために行われた政策金利の引き上げに続いています。しかし、今回については、エコノミストらは、消費者支出は持ちこたえると考えています。
金融政策の引き締めが進む環境下ではあるものの、新型コロナウイルス感染拡大を背景に拡大した貯蓄を取り崩して消費することが見込まれるためです。
シュローダーのチーフ・エコノミストであるキース・ウェイドは、次のように述べています。
「家計は引き続き堅調で、消費活動が2022年の経済成長をけん引すると考えています。パンデミックの中、米国では2兆ドル程度まで貯蓄が積み上がり、欧州でも同程度の貯蓄があると見込んでいます。そして、この過度に積み上がった貯蓄は、エネルギー価格の上昇の影響を相殺すると考えています。」
ロシアのウクライナ侵攻は、エネルギーや食品価格を上昇させました。
ロシア・ウクライナ情勢が経済にもたらす影響を巡っては不透明感が残るものの、シュローダーでは、2022年の世界のインフレ率を4.7%(前年比)と予想しています。
ただし、ロシアのウクライナ侵攻以前から、新型コロナウイルス感染拡大を受けた行動制限の緩和により、世界経済は回復を辿っていたことから、インフレ圧力はすでに蓄積されていました。行動制限の緩和が、資材やエネルギーの不足を招いたほか、サービスセクターには制限があったことから、特にモノへの強い需要がインフレ圧力を高めました。
サプライチェーンへの圧力が生産コストを上昇させ、消費者が手にする最終製品の価格上昇に波及しました。ロシアのウクライナ侵攻以前から、消費者物価指数は、米国、欧州、英国ではすでに数十年来の高水準まで上昇していました。
スタグフレーションの可能性
キース・ウェイドは、次のように述べています。
「2022年内にサプライチェーンは徐々に正常化するとみており、ロシア・ウクライナ情勢が安定化した場合、コモディティ価格も落ち着く余地があります。」
キース・ウェイドは、インフレ圧力の緩和に伴い、世界のインフレ率は2023年に2.8%に低下すると見込んでおり、ロシア・ウクライナ侵攻が起こる前に想定していた見通し2.7%と同水準となっています。
そうは言いながらも、足元のインフレ圧力の拡大は、一部の主要国経済でみられており、特に米国では、賃金・物価スパイラル的上昇が懸念されています。
「2021年のインフレ率上昇は、当初、航空、ホテル、レストランなどの経済活動再開による恩恵を受けたセクターが主導していました。しかし、足元では、シェルター価格(家賃・宿泊費)が大幅に上昇するなど、シクリカルな領域でインフレがみられています。」
「全般的には、米国消費者物価の構成項目の約80%が4%(前年比)以上に上昇しています。つまり、足元でのインフレは、インフレを加速させている供給ボトルネックによる一時的なものだけではなく、超過需要も反映されていると考えています。」
「米国でみられる、シクリカルな領域にも拡大するインフレ圧力は、長期化し、賃金・物価スパイラル的上昇につながる可能性があることから懸念要因といえます。」
賃金・物価スパイラル的上昇への懸念は、1970年代のインフレの経験と比較される要因の一つです。1970年代は長期に亘り、原油価格の変動が激しい局面が続き、欧米で賃金上昇につながりました。
スタグフレーションは、経済成長の減速とインフレ率の加速が同時に見られることであり、結果として景気後退につながる場合が多いとされます。
景気後退のリスクは上昇
新型コロナウイルス感染拡大は、サプライチェーンの崩壊をもたらし、ロシアによるウクライナ侵攻以前から、世界経済はすでにスタグフレーションに向かっていました。ロシア・ウクライナ情勢はこのトレンドをさらに強めたと言えます。
インフレ率見通しの引き上げに加え、シュローダーのエコノミクス・チームによる2022年の世界経済成長率見通しについても、前回の見通し(2021年11月時点)の4.0%から3.7%に引き下げています。また、経済減速がさらに進み、インフレ率がより長期間、高水準で推移するリスクも想定しています。そして、ロシア・ウクライナ情勢の影響が大きくなるほど、先行き不透明感は強く残ります。
賃金・物価スパイラル的上昇やロシア・ウクライナ情勢の深刻化は、この点で懸念要因といえます。
キース・ウェイドは次のように述べています。
「我々のリスクシナリオの中には、ロシアがウクライナ侵攻を継続し、東欧(ポーランド、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア)とバルト三国との緊張を高めるというシナリオがあります。」
「コモディティ価格の上昇は、インフレ率をさらに上昇させ、消費者や企業の重しとなることから、経済活動の大幅な減速につながります。これにより、世界経済成長は低迷、インフレ率上昇という、さらにスタグフレーションが進む環境となります。」
その他にも、リスクは存在し、例えば、そのリスク要因を起因とする消費者支出の低迷が景気後退につながる可能性もあるとキース・ウェイドは言います。
「消費者支出の低迷を引き起こす要因となり得るリスクは2つ存在します。一つ目は、供給ボトルネックが、支出の増加を妨げることです。」
「車などの大きな買い物は、供給が不足しており、またアジアを中心とした多くの地域では、いまだ旅行には制限があります。これは、供給が追い付くまで、経済にさらなる穴をあけることにつながります。」
「二つ目のリスクは、消費者が貯蓄を支出に回す選択をしないことです。」
ただし、これまでのところは、パンデミックで積み上がった貯蓄の存在が、過去の景気循環との主な相違点であるといえます。過去においては、高いインフレ率とアグレッシブな金融政策の引き締めが、消費を低迷させ、景気後退に陥っています。
シュローダーのエコノミクス・チームでは、経済再開が今後も継続することで、消費者は貯蓄を支出に回し、世界経済成長をけん引すると見通しています。
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