オープンソースで野外植物フェノタイピング用ローバーを開発 ~狭い場所でもスイスイ計測~

1. 発表者:
黒木   健 (東京大学大学院理学系研究科 博士課程3年)
顔    開 (LabRomance株式会社)
岩田  洋佳 (東京大学大学院農学生命科学研究科生産・環境生物学専攻 准教授)
清水 健太郎 (チューリッヒ大学進化生物学・環境学研究所 教授/横浜市立大学木原生物学研究所 客員教授)
爲重  才覚 (横浜市立大学木原生物学研究所/新潟大学理学部 特任助教)
那須田 周平 (京都大学大学院農学研究科 教授)
郭    威 (東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構 特任准教授)

2.発表のポイント: 
  • 野外での植物の表現型測定(フェノタイピング・注1)を効率化した「高速フェノタイピング」を実現するため、市販のパーツやオープンソース・ソフトウェアを活用して、広い土地や設備を必要とせずに導入できるフェノタイピングローバーを開発しました。
  • 開発したローバーを京都大学の育種圃場においてコムギの栽培シーズンに実地テストを行い、コムギの出穂と開花を定量的に測定することができました。
  • 本フェノタイピングローバーの設計をだれもがアクセスできる「オープンソース・ハードウェア」(注2)として公開しました。今回開発したフェノタイピングローバーや、この設計をもとにさらに発展させた装置を活用することで、植物科学全般に役立つ効率的な表現型の測定が実現できると期待されます。

3.発表概要:
 東京大学大学院農学生命科学研究科附属生態調和農学機構の郭威特任准教授らは、京都大学、スイスチューリッヒ大学、横浜市立大学との共同研究プロジェクトにより、効率的な植物の表現型計測を実現する高速フェノタイピングローバーを開発しました(図1)。

 植物の生育状態を測定するフェノタイピングは、手作業では非効率なため、IT技術を活用した効率化が求められています。しかしながら広く用いられているドローンなどの技術だけでは適さない場面も少なくないため、例えば狭い土地など他の技術の導入が困難な場所でも効率的なフェノタイピングを行える装置が必要です。今回、場所や条件を選ばずに導入できる効率的な測定法として地上走行型のローバーに着目しました。市販のパーツを用いて組み立てたローバーを開発し、試験運用を行いました。その結果、車体に搭載したカメラの写真から、植物の生育状態を効率的に定量化することができました。さらに、このローバーの設計をオープンソース・ハードウェアとして公開し、だれもが自由にアクセスし、用途に合わせて応用できるようにしています。

4.発表内容:
 近年、地球規模の気候変動や有機農法の拡大などを受け、作物の品種や栽培方法を改良するニーズが増えています。そのためにはまず、作物の生育状態を精密に、かつ大量に測定すること(フェノタイピング)が必要です。しかしながら、手作業での測定は非効率で、多くの時間、労力や費用がかかってしまいます。こうした状況を受け、近年発達のめざましい画像センシング技術や機械学習といったIT技術を活用し、測定を大幅に効率化する「高速フェノタイピング」が世界的に注目を集めています。具体的な例としては、ドローンや圃場に設置した大型のクレーンから撮影した画像を用いる高速フェノタイピングが挙げられます。しかしながら、こうした手法を用いるにはしばしば広い土地面積、大規模な工事、あるいはドローンの飛行許可の取得などが必要となります。そのため、土地が限られていて、市街地に近接していることも多い日本やアジア諸国の実験圃場で用いるには適していない場面もありました。
 そこで発表者らは、比較的条件を選ばずに導入、活用することのできる四輪走行型の高速フェノタイピングローバーを開発しました。市販のパーツを活用して組み上げた車体は改修も容易で、たとえば測定したい作物の高さに応じて簡単に寸法を変更することができます。車体には市販のデジタルカメラを搭載し、圃場を走行しながら写真を大量に撮影することができます。撮影した画像を解析することでさまざまな作物の表現型を取得することができ、応用目的は多岐にわたると考えられます。ドローンから撮影した画像と比較すると、近距離から撮影しているため作物の細部まで確認することができることが特徴です。さらに、作物がプロペラの起こす風に煽られることもなく、墜落の危険や積載量の厳しい制限もありません。一方で起伏の激しい地形や水田での撮影はドローンが優れているため、今回のローバーはドローンと相互に補完するように用いることでデータの質と量を最大化できると言えます。
 さらに走行・撮影の作業を効率化するため、今回の高速フェノタイピングローバーには走行アシスト機能を組み込みました。リアルタイムの画像処理が可能な小型コンピュータを車上に搭載し、地上に設置した目印を頼りに畝に沿った走行を支援する機能により走行を助けるものです。この方式による走行アシストはGPSに依存しないため、建物に近接した場所など電波が妨げられる場所でも影響なく作動することが特徴です。
 発表者らは開発した高速フェノタイピングローバーを用いて、京都大学の圃場においてコムギの栽培シーズンに実地テストを行いました。まず、栽培されている多数の系統の生育状態を測定するための写真を迅速に撮影しました。次にそれらの画像を深層学習モデルにより用いて解析し、コムギの出穂が徐々に進行していく様子を定量的に測定することができました(図2)。さらに、広く平坦な土地を前提に開発されることの多い海外での事例と異なり、圃場を囲む畔や水路を持ち運び式のスロープを組み合わせることで乗り越えることができることも検証しました。こうした結果から、国内の試験圃場において効率的なフェノタイピングを行うための手段として、今回開発したローバーが有用であることを実証することができました。
 研究や産業応用におけるフェノタイピングのニーズは多様であるため、単一の設計であらゆるニーズに対応することはできません。そこで、だれもが今回の高速フェノタイピングローバーの設計にアクセスし、それぞれの用途に合わせて組み立て、改良できるようにすることを目指しました。この目的のため、設計を3Dの図面(図3)やパーツのリスト、また用いたソフトウェアなどの詳細を含めて論文で公開しています。この方針はオープンソース・ハードウェアの考え方に基づくものであり、広くはオープンサイエンス(注3)の流れにも沿うものであると考えています。

 本研究は、JST、CREST、JPMJCR16O2(植物環境応答のモデル化に基づく発展型ゲノミックセレクションシステムの開発)およびJPMJCR16O3(倍数体マルチオミクス技術開発による環境頑健性付与モデルの構築)の支援を受け、両課題間の連携による研究として実施されました。

5.発表雑誌: 
雑誌名:Breeding Science(2022年3月8日オンライン出版)
論文タイトル:Development of a high-throughput field phenotyping rover optimized for size-limited breeding fields as open-source hardware
著者:Ken Kuroki, Kai Yan, Hiroyoshi Iwata, Kentaro K. Shimizu, Toshiaki Tameshige, Shuhei Nasuda and Wei Guo*(*責任著者)
DOI番号:https://doi.org/10.1270/jsbbs.21059
アブストラクトURL:
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsbbs/72/1/72_21059/_article#article-overiew-abstract-wrap

6.用語解説: 
(注1)フェノタイピング
生物の表現型(生育状態、形、色、大きさ、重さなどの形質)を測定すること。伝統的には人の手や感覚での測定によって行われている。また、「高速フェノタイピング」はハイスループットフェノタイピングとも呼ばれ、IT技術を活用して効率的にフェノタイピングを行う手法を指す。

(注2)オープンソース・ハードウェア
ソフトウェアをだれもが自由に利用、改良可能にするLinuxなどのオープンソース・ソフトウェアの考え方にならい、ハードウェアもその内部設計を公開し、だれもが組み立てたり改良したりすることができるようにする運動、およびその理念に基づいて制作されたハードウェア。

(注3)オープンサイエンス
科学的な知見や活動にだれもがアクセス・参加できるようにする運動。情報の透明化のためのオープンソース・ソフトウェアの活用も含まれる。

7.添付資料: 
図1.今回開発した高速フェノタイピングローバーを実際に野外で運用している様子。



図2.試験運用において撮影した画像からコムギの出穂の様子が測定できた。





図3.今回開発した高速フェノタイピングローバーの3D図面。自由に回転や拡大、改変することのできるデータファイルを論文で公開した。




本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学 広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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