火星探査でも用いられるハイパースペクトル・イメージングによる調査でピカソ「青の時代」の代表作《海辺の母子像》の下層部に新聞紙の貼付を発見

ポーラ美術館、ワシントン・ナショナル・ギャラリー、アートギャラリー・オブ・オンタリオと共同調査を実施

ポーラ美術館(神奈川県・箱根町)は、ワシントン・ナショナル・ギャラリー(アメリカ・ワシントン 以下NGA)、アートギャラリー・オブ・オンタリオ(カナダ・トロント 以下AGO)との共同調査にて、パブロ・ピカソ《海辺の母子像》(1902年、ポーラ美術館蔵)の下層部に「新聞紙」の貼付を発見しました。








左:パブロ・ピカソ《海辺の母子像》1902年 油彩/カンヴァス ポーラ美術館蔵 ©2018 - Succession Pablo Picasso - BCF(JAPAN)
中央:『ル・ジュルナル』紙(1902年1月18日号、3頁)Source gallica.bnf.fr / BnF
右:赤外線ハイパースペクトル擬似色彩による新聞紙の文字の画像(反転画像)© John Delaney, National Gallery of Art, Washington
本調査は、対象物の成分に関する情報を非破壊・非接触で得られるハイパースペクトル・イメージング・スキャナーを用いて行われ、貼り付けられた新聞紙は、フランスの日刊紙『ル・ジュルナル』(Le Journal) で1902年1月18日に発行されたものと判明しました。この日付は、ピカソが「青の時代」にパリからバルセロナに移動した時期に重なることから、この発見はピカソ研究者にとって重要な意味をもたらすと考えられます。

またポーラ美術館では、2005年にも東京文化財研究所の協力によりX線透過写真等による《海辺の母子像》調査を行っており、下層に隠れた絵画の存在が判明していました。今回の調査によって、この絵画についてもより詳細な情報を得られました。本調査は2005年の調査との比較検討を併せ、ピカソ研究の発展に大きく貢献できるものと考えられ、NGAと共同でリリースを発表いたします。

なお、《海辺の母子像》はポーラ美術館では8月中旬まで展示予定、その後9月18日からオルセー美術館で開催される「ピカソ:青の時代とバラ色の時代」展(2018年9月18日―2019年1月6日)に出品されます。

1.《海辺の母子像》の調査について
1)調査目的
本調査は2005年に透過X線調査で発見された下層の絵画の、より明確な画像を得るために計画されました。現在AGOが計画しているピカソ「青の時代」の展覧会(2020-2021年、AGOとフィリップス・コレクションによる共同開催)に、《海辺の母子像》の出品が予定されています。今回の調査は、この北米展開催に先がけ、AGOが数年前から実施している「青の時代」の作品調査の一環として実現しました。AGOのコーディネートにより、同展覧会の技術協力者であるジョン・デラニー博士(NGA)が箱根に派遣されました。北米でのピカソ作品の科学調査には、AGO、NGAのほか、ノースウェスタン大学・シカゴ美術館美術品学術研究センター(NU-ACCESS)も参加しています。

2)《海辺の母子像》調査担当
ジョン・デラニー(シニア・イメージング・サイエンティスト、NGA)
サンドラ・ウェブスター=クック(シニア・ペインティング・コンサヴェーター、AGO)
ケネス・ブラメル(アシスタント・キュレーター、AGO、ピカソ「青の時代」の展覧会担当者)
今井敬子(ポーラ美術館 学芸課長)

3)調査結果と経緯
(1) 『ル・ジュルナル』紙(Le Journal)の貼付の発見
デラニー博士(NGA)によるハイパースペクトル・イメージング・スキャナーを用いた作品調査から《海辺の母子像》の下層部にフランス語の新聞記事の反転した画像が得られました。この画像からは「自動車」(I' Automobile) と「会長」(président)という単語が判読できました。そこでフランス国立図書館の電子図書館「ガリカ」にて調査したところ、ピカソの愛読紙であった『ル・ジュルナル』紙(Le Journal)の1902年1月18日号の新聞記事と、解析画像の文字列との一致が確認できました。

(2) 下層部の絵画(椅子に座る女性像)のより鮮明な画像の取得過去の調査により存在が確認されていた《海辺の母子像》の下層部にある女性像の絵画について、より詳細な情報を得ました。スプーンの入ったアブサントのグラス、座る女性の姿を再確認した上、以前の調査では確認ができなかった女性が座る椅子の一部などが、本調査で可視化されました。

《海辺の母子像》X線透過画像 撮影:東京文化財研究所
Radiograph of Mother and Child by the Sea, photographed by National Research Institute for Cultural Properties, Tokyo

左:《海辺の母子像》(部分)近赤外線ハイパースペクトル主成分分析擬似色彩画像 © John Delaney, National Gallery of Art, Washington
右:《海辺の母子像》透過X線画像と赤外線ハイパースペクトル主成分分析画像の合成画像 © Institute for Cultural Properties, Tokyo / John Delaney, National Gallery of Art, Washington

(3) 下層部の絵画へのピカソのサインの存在の確認
《海辺の母子像》の右上の角に当たる位置に、上下逆方向のピカソのサインが確認できました。これは、下層部の絵画においてこのカンヴァスが《海辺の母子像》とは上下逆に使用されたことを示しています。

4)調査結果から考えられること
(1)『ル・ジュルナル』紙(Le Journal)の日付からの推察
1902年1月18日という日付は、ピカソ研究者にとって重大な意味を持ちます。ピカソ研究の上で、ピカソの足跡を探ることは重要であり、ピカソは1月上旬にパリからバルセロナに移ったと考えられてきたからです。ピカソはパリからバルセロナに移る際に作品を数点携えましたが《海辺の母子像》もそのうちの一点と考えられます。その理由は、下層の絵画が、彼がパリにいた頃の絵画のスタイルで描かれているからです。また、この新聞の発見により、《海辺の母子像》の制作が1902年1月18日以降であることが確定されました。

(2)新聞紙が貼り付けられた理由
新聞紙を貼り付けた理由は明確にはなっていませんが、《海辺の母子像》を描く際か、あるいはそれ以前に別の構図を描くために新聞紙を用いて下層の絵を覆った可能性が考えられます。

(3)下層部の絵画から発見されたサインによる推察
上下逆に書かれたピカソのサインは、1901年の制作によく見られる大きめのものです。《海辺の母子像》と2005年の調査で存在が判明した女性像の絵画は上下が同じで、このサインの上下だけが異なることから、《海辺の母子像》の下層には、2005年の透過X線画像と今回のハイパースペクトル・イメージングの画像のどちらからも現状では判別できていない、もう一つの絵画が存在することを示唆しています。

5)これまでの《海辺の母子像》調査
「青の時代」をはじめとする初期作品について、ピカソが一度描いたカンヴァスを再利用する場合が多いことはよく知られています。またその際に、ピカソが既に描いた作品の構図とまったく異なる構図を上に描く場合や、あるいは下の構図を活かしてその上から新たに描き直すなど、さまざまなケースがこれまで報告されています。《海辺の母子像》に関しては、表層の絵画の表現とは明らかに異なる凹凸が肉眼で観察され、絵画の亀裂の間に表層とは別の色彩が見えることから、作品の制作過程を明らかにするために、これまで以下の科学調査が実施されてきました。
・1997年・・・「ピカソ 初期時代1892-1906」展(1997年、NGA、ボストン美術館) NGAが実施。
調査方法:X線および赤外線リフレトグラフィーによる調査
・2005年・・・「ピカソ 5つのテーマ」展(2006年、ポーラ美術館)準備のため、東京文化財研究所とポーラ美術館が実施。調査方法:透過X線撮影、マイクロスコープによる調査

6)今後の展開
デラニー博士(NGA)とポーラ美術館の共同研究を継続し、研究成果を発表する予定です。

2.赤外線ハイパースペクトル・イメージングについて
今回の調査で用いられた赤外線ハイパースペクトル・イメージングは、デラニー博士が、絵画の調査のために、リモートセンシングカメラを採用して開発したものです。デラニー博士は、最先端のデジタル  イメージング法を用い、赤外線と可視光線のハイパースペクトル・イメージング・カメラと画像処理について改良を重ね、顔料分布のマッピングを可能にしました。
    
今回の調査で用いられた新しいイメージング法の一つが、リフレクタンス・イメージング分光法(反射型イメージング分光法)です。これは対象作品をスキャンする際に、波長領域を(今回の調査では967~ 1660ナノメートルの近赤外線スペクトル)ごく狭いピッチのスペクトル帯 (わずか数ナノメートル) で反射分光を実施し、何百もの画像を集積するものです。これらのデータから疑似色彩画像キューブが 作成され、異なる顔料どうしのコントラストが明確になり、より鮮明に可視化されます。これはイメージング分光法活用のパイオニアであるアメリカ航空宇宙局(NASA)のAVIRISカメラ (例えば鉱石や植生など地表の組成を遠隔的に識別しマッピングする) などで使われているセンサーを利用したものです。この方法についてはNGAのホームページ(nga.gov)に詳しく掲載されています。







2018年 ポーラ美術館での
《海辺の母子像》調査風景

【参考】
ワシントン・ナショナル・ギャラリーについて
ワシントン・ナショナル・ギャラリーは、世界有数の美術館として作品の保存・収集・展示だけではなく、学術的にも優れた研究活動を行っています。コレクションは15万点の絵画・素描・版画・写真・彫刻・装飾芸術のほか、現代の新しい表現の作品を収集し、西洋美術の中世から現代までの美術の展開を紹介しています。

NGAにおける作品の保管と学術研究
NGAのコンサヴェーション部門では、収蔵作品の保管と調査・研究を担当。コンサヴェーション部門は、絵画、紙、オブジェ、写真、染織、額縁の各専門部署で構成されています。この他、予防・保存、調査・研究、イメージング分析、管理部門が運営に関わっています。2007年にアンドリュー・W. メロン財団の助成を受けて、ワシントン・ナショナル・ギャラリーは、他機関に先駆けてイメージング・サイエン ティストのデラニー博士を迎えました。現在はサミュエル・H. クレス財団からの資金援助により、最先端イメージング法に関する人材育成なども行われています。

NGAにおけるピカソ作品の調査史
NGAのシニア・ペインティング・コンサーヴェーターのアン・ヘーニグスベルト氏は、NGAが1980年に開催した「ピカソ:サルタンバンク」展開催準備のため調査を行い、《サルタンバンクの家族》(1905年、NGA蔵) の下には少なくとも5つの異なる構図の作品があることを発見しました。1997年にNGAが開催した「ピカソ 初期時代1892-1906」展の際には、ピカソの多数の初期作品についてX線及び赤外線反射画像分析、断面分析を行いました。この展覧会に出品された《海辺の母子像》についても、X線及び赤外線リフレクトグラフィーによる調査を実施しました。
新たな画像分析法により、ピカソの絵画作品の下層に隠れた作品に関する研究が広く実施されるようになり、今後もさらなる研究調査の進展が期待されます。デラニー博士と調査メンバーは、これらの新しい技法を用いて、NGAの「青の時代」の2作品《食いしんぼう》(1901年)と《不幸な人びと》(1903年)、そしてフィリップス・コレクションの《浴槽(青い部屋)》(1901年)、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館の《アイロンをかける女》(1904年)についてさらなる調査を実施し、1990年以前の調査結果に加えて情報を充実させていく予定です。

※パブロ・ピカソは著作権有効作家です。《海辺の母子像》の作品画像の使用については、今回の発表のタイミングでの報道で、かつ以下著作権法41条「時事の事件の報道のための利用」条件を満たした場合にのみ著作権が免除されます。なお、以下の条件を満たさない場合は許諾申請が必要となり、著作権料が別途発生します。この点にご留意いただけず、著作権者との間にトラブルが生じた場合、当館では一切責任を負いかねますので、あらかじめご了承ください。
【適用条件】
□ 記事に事件性がある(※今回の発表の内容については該当)
□ 記事の性質が、客観的な事実の報道である
□ 作品の画像写真が時事の事件の報道に伴った利用である
作品画像をご使用の場合は、以上の著作権法41条にあたるかどうかを発行前にご自身にてご確認ください。あたらないと判断した場合には株式会社フランス著作権事務所(TEL: 03-3815-8558 FAX: 03-5840-8872 Email :mn.picasso@bcf-tokyo.com)まで許諾の申請をお願いいたします。その他調査画像についてもご使用の際にクレジットをご併記ください。

本件に関するお問合わせ先
<報道関係者お問合わせ先>
ポーラ美術館 広報担当:中西、藤田 TEL:0460-84-2111/ FAX:0460-84-3108
ポーラ美術館広報事務局:屋木、名取
TEL:03-4570-3172/ FAX:03-4580-9155/ MAIL:polamuseum.pr@prap.co.jp

ワシントン・ナショナル・ギャラリー
問い合わせ先:Isabella Bulkeley i-bulkeley@nga.gov

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組織名
ポーラ美術館
ホームページ
http:www.polamuseum.or.jp
代表者
木島 俊介
上場
非上場
所在地
〒250-0631 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
連絡先
0460-84-2111

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