小胞体における亜鉛とレドックスのクロストークを発見 〜亜鉛の制御破綻による疾患発症機構の理解に新たな視点〜

ポイント
亜鉛は生体必須微量ミネラルですが、その制御破綻がどのような分子メカニズムで細胞毒性につながるのかはほとんど不明でした。
本研究で、小胞体(※1)に存在する亜鉛トランスポーター(※2)ZIP7を阻害すると、小胞体中に亜鉛イオンが劇的に蓄積することを発見しました。この過剰亜鉛が小胞体内酸化酵素の機能を阻害し、その結果、NotchやEGF受容体といった細胞増殖や癌発生に重要な働きを持つ膜タンパク質のジスルフィド結合形成(※3)を伴う生合成が阻害されることを突き止めました。
亜鉛イオン自体は2価で安定な金属イオンであるため酸化還元活性を持ちませんが、酸化酵素の働きを調節することで小胞体の酸化還元(レドックス)制御に重要であることを明らかにしました。今後の研究が進むことで、亜鉛の制御破綻による病態発生のメカニズムを、亜鉛とレドックスのクロストークの観点から解明できることが期待されます。


概要

亜鉛は必須微量元素の一つで、様々なタンパク質と結合・解離し多様な生命現象を支えています。そのため、亜鉛の不足や過剰は免疫機能、創傷治癒、味覚嗅覚障害といった病態を引き起こします。細胞膜や細胞内小器官(オルガネラ)の膜上で亜鉛トランスポータータンパク質が生体膜を隔てた亜鉛輸送を行うことで、細胞内の亜鉛濃度調節がなされています。ヒトには10種類のZnT、14種類のZIP亜鉛トランスポーター遺伝子がそれぞれ発見されており、それらの欠損が遺伝性疾患と関連することが多く報告されています。しかしながら、亜鉛イオン濃度制御の破綻が細胞機能の破綻につながる詳細な分子機構はほとんど未解明でした。
九州大学生体防御医学研究所の天貝佑太助教、渡部聡准教授、稲葉謙次主幹教授らの研究グループは、新潟大学の松本雅記教授、東北大学多元物質科学研究所の水上進教授、小和田俊行准教授、京都先端科学大学の寳関淳教授、およびサン・ラファエル研究所(イタリア)のロベルト シティア教授らと共同で、ZIP7の機能阻害が小胞体中の亜鉛イオン濃度を定常状態の1,000,000倍まで増加させることを発見し、この亜鉛が小胞体酸化酵素Ero1αを直接阻害することを解明しました。その結果、小胞体が本来の酸化的な環境から還元的な環境に変化し、生体内の重要な膜タンパク質であるNotchやEGF受容体のジスルフィド結合形成が阻害され、正しい立体構造が形成されなくなることを解明しました。
今回の成果は、小胞体中の亜鉛制御破綻がレドックス制御破綻につながることで細胞毒性を生み出す具体的な分子機構を解明したものになります。本研究成果をもとに、亜鉛制御異常が引き起こす病態発生メカニズムが解明されていくものと期待されます。
本研究成果は英国の国際誌「Nature Communications」に2026年4月22日(水曜日)(日本時間)に掲載されました。

【研究の背景と経緯】

亜鉛は必須微量元素の一つであり、ヒトの体で働くタンパク質の10%以上は亜鉛と結合することが知られており、亜鉛イオンはこれら多くのタンパク質の天然型立体構造形成を促進し、また酵素の活性中心に配位することで活性を付与します。また、細胞内シグナル伝達の主要なセカンドメッセンジャーとして働くことも知られています。このように亜鉛は多様な働きを持つため、その不足や過剰摂取、さらには濃度調節機構の破綻は、成長遅延、神経機能不全、糖尿病、味覚嗅覚障害、創傷治癒遅延、免疫機能不全といった様々な病態と関連します。さらに、いくつかのがん細胞種では亜鉛の取り込み量が変化していることも知られています。
亜鉛は細胞膜に存在するZIPファミリー亜鉛トランスポーターによって細胞中に取り込まれた後、ZnTファミリー亜鉛トランスポーターによって様々なオルガネラへと輸送されます。さらにオルガネラ膜上のZIPファミリーがオルガネラから細胞質へ亜鉛イオンを輸送することで、各区画の亜鉛イオン濃度が適切に調節されます。
小胞体膜上にはZIP7が局在しますが、その欠損や機能阻害は細胞レベルで小胞体ストレス(※4)を引き起こし、そのコンディショナルノックアウトマウスでコラーゲン層形成不全を引き起こすことが報告されています。小胞体は、新規合成された分泌タンパク質が天然型立体構造を獲得する場であり、ZIP7と亜鉛が小胞体中のタンパク質品質管理機構に何らかの影響を与えると考えられてきましたが、その具体的な分子機構は未解明でした。

【研究の内容と成果】

ZIP7の機能阻害が小胞体亜鉛濃度に与える影響を解明するために、指定のオルガネラに局在可能な蛍光性亜鉛プローブZnDA-1HおよびZnDA-3Hを用いて亜鉛濃度定量を行いました。定常状態の小胞体亜鉛イオン濃度は10 pM程度と極めて低く保たれていますが、ZIP7に特異的な阻害剤を処理すると1時間以内に最大1,000,000倍に相当するµMオーダーにまで上昇しました。また、ZIP7の発現抑制は小胞体亜鉛イオン濃度を270 nM程度にまで上昇させました。
小胞体中のタンパク質フォールディングでは、新規に合成される分泌タンパク質にジスルフィド結合を導入することが重要です。この反応において、小胞体酸化酵素Ero1αとPDIが中心的な役割を果たします(図1)。

図1:小胞体における、分泌タンパク質の天然型立体構造形成に関わるレドックス反応経路。新規に合成された分泌タンパク質はリボソームから小胞体内に挿入され、適切なシステイン残基間でジスルフィド結合が導入(酸化)されることで天然型の立体構造を獲得する。Ero1αとPDIは、この一連の酸化還元反応(レドックス反応)を触媒する中心的な酵素である。

そこで、精製タンパク質を用いてEro1αの活性を測定したところ、亜鉛イオンがこの反応を直接阻害することが分かりました(50%阻害濃度(IC50): 38 nM)。この結果と矛盾なく、ZIP7が阻害された細胞中では複数のPDIファミリーメンバーが還元型で蓄積しました。そこで、新規に合成されるNotchやEGF受容体タンパク質を解析したところ、ZIP7発現抑制細胞ではジスルフィド結合の導入が顕著に低下していました。さらに、ZIP7発現抑制細胞に亜鉛キレート剤であるTPENを処理し、細胞中の亜鉛を強制的に枯渇させると、これらのタンパク質のジスルフィド結合形成が回復しました。以上の結果から、小胞体に過剰に蓄積した亜鉛イオンは、分泌タンパク質へのジスルフィド結合導入を阻害することで、不良タンパク質の蓄積と小胞体ストレスを引き起こすことが明らかとなりました(図2)。

図2:本研究成果の概要。小胞体膜に局在するZIP7を阻害すると小胞体内に亜鉛イオン(Zn2+)が蓄積する。この過剰な亜鉛はEro1αの働きを直接阻害し、PDIの再酸化が妨げられる。その結果、新規合成された分泌タンパク質にジスルフィド結合が導入されず、ミスフォールドタンパク質(※5)が蓄積することで小胞体ストレスが生じることが明らかとなった。

【今後の展開】

亜鉛イオン自体は2価イオンで安定であり電子の授受をしないため、一見レドックス反応に直接影響することはないように考えられますが、小胞体中では、酸化酵素の阻害を介してレドックス制御に重要な働きを持つことを発見しました。亜鉛イオンは特にシステイン残基を介して様々なタンパク質と結合する性質を有するために、今回の発見が端緒となり亜鉛がシステイン残基を介したレドックス調節に関わる例が相次いで解明されると期待されます。ヒトで24種類知られる亜鉛トランスポーターは様々な遺伝性疾患と深く関わります。これらの疾患発症機構の解明や治療法開発に、本研究成果は亜鉛を介したオルガネラ内レドックス制御という視点を与え、今後の研究を加速するものと期待されます。

【用語解説】

(※1) 小胞体
説明 細胞内小器官の一つ。細胞中で新規に合成された分泌タンパク質や膜タンパク質は小胞体中に挿入される。これらのタンパク質は正しいシステイン残基間でジスルフィド結合が形成されることで天然型の立体構造を獲得するため、小胞体内にはジスルフィド結合形成を促す一連のレドックス酵素が備えられている。

(※2) 亜鉛トランスポーター
説明 生体膜を隔てて亜鉛イオンの輸送を行う膜内在性のタンパク質。細胞外やオルガネラ内腔から細胞質方向へ亜鉛イオンを輸送するZIPファミリー、その反対方向へ輸送するZnTファミリーの2種類が知られる。

(※3) ジスルフィド結合
説明 近接する二つのシステインと呼ばれるアミノ酸残基の硫黄原子間で、酸化反応より形成される共有結合。タンパク質の立体構造形成や活性の調節に寄与する。

(※4) 小胞体ストレス
説明 小胞体中に異常タンパク質が蓄積した際に生じる細胞ストレス。この時、小胞体ストレス応答が誘導され、分泌タンパク質の新規合成の抑制やタンパク質の構造形成を促すシャペロンタンパク質の発現上昇が引き起こされる。

(※5) ミスフォールドタンパク質
説明 正しい立体構造を形成できず、構造や機能が異常な状態で細胞内に存在するタンパク質。これが過剰に蓄積すると、細胞ストレスを引き起こし、細胞死に至ることもある。

【謝辞】

本研究はJSPS科研費 (JP21H04758, JP21H05253, JP21K06060)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構 AMED(CREST JP21gm1410006h0001)、武田科学振興財団、旭硝子財団の助成を受けたものです。

【論文情報】

掲載誌: Nature Communications

タイトル:Zinc-redox crosstalk regulates proteostasis in the endoplasmic reticulum

著者名:Yuta Amagai, Chihiro Arai, Wakana Yamamoto, Satoshi Watanabe, Toshiyuki Kowada, Roberto Sitia, Jun Hoseki, Shin Mizukami, Masaki Matsumoto, and Kenji Inaba*

(*: correspondence)

DOI:10.1038/s41467-026-72250-w

【お問合せ先】

<研究に関すること>
九州大学 生体防御医学研究所 主幹教授 稲葉謙次(イナバケンジ)
TEL:092-642-6968 
Mail:kenji.inaba@bioreg.kyushu-u.ac.jp

<報道に関すること>
九州大学 広報課
TEL:092-802-2130 FAX:092-802-2139
Mail:koho@jimu.kyushu-u.ac.jp

新潟大学 広報事務室
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【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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