横浜市立大学学術院医学群循環器内科学の峯岸慎太郎助教、石上友章准教授は、高血圧症の原因となる、食塩感受性(食塩摂取が高血圧症を発症し、維持する病態)の分子病態を解明した。
本研究により、食塩摂取で引き起こされる食塩感受性高血圧症の発症において腎臓尿細管に局在するユビキチン化酵素Nedd4-2(Nedd4L)の一つのisoform(構造は異なるが機能を同じくするタンパク質)が中核的な役割を果たしていることを明らかにした。日本人において重要な生活習慣病である高血圧症と、基本的な食習慣である食塩摂取とを結びつける分子レベルでの病態が明らかになることで、この領域でのより良い診療が実現することが期待される。
○研究の背景
本態性高血圧症は、特に明らかな異常がないのに血圧が高くなる高血圧症で、本邦の成人の約4,000万人が罹患する代表的な成人病・生活習慣病の一つ。『沈黙の殺人者:Silent Killer』といわれるように、無症候性に疾病を発症し、急性発症の致死的心血管病(脳卒中、心筋梗塞、動脈瘤破裂など)をもたらすとして、恐れられている。
本症の治療は、血圧測定法の進歩や、降圧利尿剤をはじめとする効果的かつ安全な薬物の開発によって大きく前進している。現在では脳出血は減少し、動脈硬化性の脳梗塞が脳卒中の主体になっており、その変化は、降圧薬の登場による目に見える効果としてよくとりあげられる。
しかし、本態性高血圧症の成因は不明だった。生体の内分泌系をはじめとする、種々のシステムのネットワークに存在するという考え方があり、これまでの個々の研究成果は、成因論としての理解にとどまっているのが現状である。疫学的な研究からは、食事中の食塩の摂取量と、高血圧との間の強い相関関係が明らかになっている。腎臓は生理的には食塩摂取量と関係なくナトリウムの排泄量を調整して血圧を一定に保つ機能を持っているので、それにもかかわらず高血圧になるということは、食塩感受性という病態が基盤にあると考えられている。しかし、どのようにしてそれが起きるかは不明だった。
石上准教授の研究グループは、これまでに分子遺伝学的アプローチ、分子生物学的アプローチ、発生工学的アプローチを用いて、本態性高血圧症・食塩感受性の分子病態の解明に取り組んできた。尿細管上皮で特異的にナトリウム再吸収を行っている上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)と、そのユビキチン化を触媒するNedd4-2(Nedd4L)に着目し、遺伝学的解析による分子多様性の証明と、新規SNP(一塩基遺伝子多型)によって発現制御される、Nedd4-2(Ned4L)と構造の一部は異なるが同じ機能を持つタンパク質(isoform)による食塩感受性の分子機序の解明を行ってきた。
○研究の内容
これまでの研究から、Nedd4L遺伝子(ヒト、ラット)には分子多様性があり、N末端にC2ドメインを持つisoformは、尿細管特異的にENaCを制御している可能性が示唆されていた。
そこでこのNedd4-2 C2遺伝子(マウス)のノックアウトマウスを作製し、高食塩食で飼育したところ、尿中ナトリウム排泄の障害、尿濃縮力の障害という尿細管機能の障害がみられ、さらに飲水量、尿量の増加が観察され、マウス頚動脈から留置した植え込み式血圧測定器(telemetry device)による連続的・直接的な血圧値の測定により、食塩感受性に血圧が上昇することが明らかになった。正常食塩食での飼育下では、ノックアウトマウス、野生型マウスともに、血圧や尿の変化は認められなかった。
免疫組織学的な検討では、ENaCタンパクの発現は予想通りに亢進していたが、ENaCが特異的に発現している腎臓の部位のRNAを定量したところ、(図2)に示すように、遺伝子型、食塩摂取量に応じて、ENaC遺伝子の発現が増加することと、ENaC特異的な阻害薬であるamilorideを投与することで、この発現が正常化することを明らかにした。
以上の結果から、食塩過剰摂取による食塩感受性の病態が、ENaC自身を介するナトリウムの再吸収によって、もたらされていることが明らかになった。
※本研究は、英学会誌『Scientific Reports』に掲載されました(6月3日オンライン掲載)。
An isoform of Nedd4-2 is critically involved in the renal adaptation to high oral salt intake in mice.
Scientific Reports 6, Article Number (27137) (2016) DOI: 10.1038/srep27137
○今後の展開
本研究で食塩感受性をもたらす役割が明らかになった、ENaCというイオンチャネルを標的にした薬物治療が、こうした病態を解消することが期待される。これは、これまでの高血圧治療とは異なるアプローチである。
以上のように、本研究の成果が、高血圧症・食塩感受性の成因に基づいた治療および診断に応用され、よりよい診療を実現することが期待される。
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横浜市立大学 学術院医学群 循環器内科学 石上 友章
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