子どもの多様性を尊重し共に学び合い、成長できる居場所づくりを実践<東洋大学SDGs NewsLetter Vol.33>
Summary ・統合保育から始まった「インクルーシブ教育」の考え方は社会全体に広まっている ・保育者だけに過剰な負担がかからないようにするために、園の垣根を越えた連携が必要 ・NPOをはじめとする支援団体を巻き込んだ体制づくりが適切なサポートにつながる |
インクルーシブ教育の進展と保育現場での実践
インクルーシブ教育の始まりは、1970年代から広まった「統合保育」に遡ります。障がいのある子どもとない子どもを一緒に保育する仕組みであり、障がいのある子どもを自主的に受け入れる保育園が増加したことで浸透していきました。当初は「一緒にいる」こと、地域で育つ権利の保障から始まりました。そして保育者たちは単に同じ空間を共有するだけでなく、本当の仲間として共に学び行動するための教育を模索するようになりました。車椅子を初めて見た時に病院を連想してしまい、「怖い」と感じた子どもの事例があります。それはただ車椅子のことを知らなかったためにおきたことでした。車椅子を使う子どもと日常的に一緒に過ごす時間を増やせば、当たり前のものとして認識でき、個性が多様であることが自然と感じられるようになります。このように、すべての子どもが共に過ごせる居場所づくりが発展し、統合保育は次第に「インクルーシブ教育」と表現されるようになりました。現代社会において、インクルーシブ教育は決して特別な考え方ではなくなり、社会全体がその実現に向けて動き出しています。
園同士の連携、地域や保護者との結びつきが教育の浸透を促す
──保育現場における課題はありますか。
先生が大勢いれば多様なノウハウが集まって、創意工夫の幅が広がります。そのため、家庭的保育などの小規模施設の方が、先生方の負担感は大きくなるリスクが高くなります。よりよい保育を実現しながら負担を軽減していくために必要なのは、「園同士の連携」です。公立園では、ノウハウを地域の他の園に伝える公開保育を実施したり、研修の場を提供したりする取り組みが多く見られます。しかし、民間の園は各園が独立しているため、知識やスキルを共有できていない地域がある状況です。また、自治体の規模によっても進展の差があり、東京都内の23区のように大規模な地域では特に連携が容易ではありません。
こうした状況は保育全体の課題であり、養成学校の先生や研究者、行政関係者も解決に向けて努力を重ねているところです。本学でも北区の保育関係者に対して子ども支援学科の教員がオンライン公開保育研修会を実施するなど、園同士の連携強化に向けた取り組みを進めています。
また、保護者理解も大切です。特別な支援が必要な子どもへの対応が進む中で、「自分の子どもはどうなるのか」と不安を感じる保護者もいるでしょう。したがって、インクルーシブな環境はどの子どもにもメリットがあることをいかに保護者に伝えていくのかが、地域や保護者との結びつきを強める上で求められています。多様な仲間とのかかわりは、将来さまざまな人と協力しながら過ごしていく力につながります。実際、多くの園ではさまざまな方法での働きかけが工夫されており、注意深く見ると掲示物やお便りに込められたメッセージに気付けるかもしれません。さらに理想を述べるならば、こうしたアプローチは管理職が主導し、現場の先生方は子どもたちとの関わりに専念できるような環境を整えることが望ましいですね。
適切な支援を行き届かせるための体制整備
──インクルーシブ教育のさらなる進展に向けて、注力すべきポイントを教えてください。
一見均質だと思っていても、家族との過ごし方から経済事情まで子どもたちの背景は全く異なります。障がいがあることや外国にルーツを持つことなど、インクルーシブ教育の対象とされる子どもたちの属性も、個性の延長線上にあるものです。大切にすべきなのは、「一人ひとりと向き合った保育」。良い保育をしている園では、先生たちの創意工夫が巧みに実践されています。アドバイスする立場にある私が、先生方から学ぶケースも珍しくありません。
一方で、外国にルーツを持つ子どもやその保護者への支援に関しては、まだノウハウが不足しているのが現状です。課題解決に向けて、最近では国が主導してパンフレットや研修ビデオの作成に取り組んでいます。私も過去にインクルーシブ教育の研修キットの作成に参加しました。今後はクラスづくりなど、インクルーシブ教育の実践を手助けできる教材をつくりたいと考えています。国の補助を活用すれば対応可能な範囲も広がるので、外国にルーツを持つ子どもたちへの基本的な支援策がさらに広がっていくことを期待しています。
──研究に関する今後の展望についてお聞かせください。
外国にルーツをもつ家族への支援に関しては、保育者以外にも頑張っているNPOがあります。そうしたNPOや行政、保健機関などと保育現場が連携することが求められます。外国籍の方々は病院や検診など日本の制度を活用する意思はあるものの、どうしても情報弱者になってしまうケースが多いのです。たとえICTやAIで翻訳ができたとしても、どこに情報があるかを知らなければサポートは受けられません。だからこそ、私たち保育関係者や各団体が手を取り合って支援の輪を広げることで、必要な時に適切な対応を取れるようになるはずです。そうした体制を整えている地域も既に存在するので、実践事例を拾い上げて研究し、得た知識・成果を社会に還元していきたいと考えています。
東洋大学福祉社会デザイン学部子ども支援学科教授/博士(教育)
専門分野:保育学/教育学/発達心理学
研究キーワード:保育の質と専門性/インクルージョン/外国につながる子どもと家族への支援/異文化間教育
著書・論文等:保育者養成課程の21世紀初頭の変化と課題-グローバル化の影響と養成教員の責務-[日本教師教育学会年報 31, 54-62, 2022年]、就学前教育・保育の視点から教育格差を考える-言語文化的に多様な子どもたちと接続期の支援-[異文化間教育54、19-38,2021年]