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高知大学自然科学系農学部門の足立真佐雄教授と海洋コア国際研究所の萩野恭子客員講師らの研究グループは、海産微細藻類の細胞内部において共生関係にあると考えられてきた窒素固定型のシアノバクテリアが細胞内小器官化(オルガネラ化)していることを明らかにし、窒素固定に関わるオルガネラとして分化の途上にある「ニトロプラスト」の存在を提唱しました。
この研究成果は、2024年4月12日(日本時間)発行のScienceに掲載され、同誌の表紙を飾りました。
<研究の要点>
海産の単細胞微細藻類であるハプト藻Braarudosphaera bigelowii(以下B. bigelowii)は、細胞内部にUCYN-Aと呼ばれる窒素固定型のシアノバクテリア由来の構造を持つことが知られています(図1)。このUCYN-AはB. bigelowii と共生関係にあると考えられてきましたが、培養が困難であったことから、これまで、その実態を十分に検証することができませんでした。
本研究では、高知県産の「ところてん」を原材料に開発された培地を用いて、UCYN-Aを維持した状態のB. bigelowii の単離培養株を確立し、その安定培養に初めて成功しました。確立した培養株を用いて、軟X線を利用した三次元構造解析を行った結果、UCYN-Aは宿主であるB. bigelowii の細胞内で、B. bigelowiiの分裂に同調して倍加・分裂したのち、B. bigelowiiの娘細胞に一つずつ受け継がれる様子が観察されました(図2)。このことは、UCYN-A の倍加・分裂が、B. bigelowii の細胞周期に組み込まれて制御されていることを示しています。さらに、プロテオーム解析※1を行った結果、B. bigelowiiの核コードタンパク質がUCYN-Aの内部から多数確認され、B. bigelowii からUCYN-Aへのタンパク質の輸送が行われていることが確認されました。以上の観察結果から、B. bigelowiiの細胞内部においてUCYN-Aの細胞内小器官化(オルガネラ化)が進行していることが明らかとなったため、窒素固定に関わるオルガネラとして分化の途上にある「ニトロプラスト※2」の存在を提唱しました。
※1 プロテオーム解析:細胞内に含まれるタンパク質を網羅的に同定する解析手法。
※2 ニトロプラスト:窒素固定を行う細胞内小器官(オルガネラ)、Nitroplast(nitro-:窒素の、-plast:構造体)
<今後の研究への応用の可能性>
1) 生物の細胞内共生進化の基礎研究への貢献
細胞内共生は生物の進化を駆動する重要なプロセスです。例えば、真核生物のエネルギー代謝を行うミトコンドリアは、真核生物の祖先であった生物が、好気性バクテリアを細胞内に取り込んだ後に、オルガネラ化することによって形成されました。また、光合成を行う葉緑体は、真核生物がシアノバクテリアを細胞内に取り込んでオルガネラ化することによって形成されました。
本研究でB. bigelowiiの培養株の長期安定培養が実現し、その解析を行った結果、B. bigelowii 細胞内のシアノバクテリア由来のUCYN-Aのオルガネラ化が進行していることが示されました。そしてこのUCYN-Aは、窒素固定に関わるオルガネラとして分化の途上にある「ニトロプラスト」であると提唱するに至りました。
今後、B. bigelowii 株の研究を進めることにより、細胞内共生進化とオルガネラ化の基礎研究に貢献することが期待できます。さらに、この「ニトロプラスト」を細胞内に安定的に保持するメカニズムが明らかになれば、農業上重要な植物への窒素固定能の付与による、窒素肥料の必要が無い食用植物の創生への道が開かれることも期待されます。
2) 海洋における窒素循環研究への貢献
植物の光合成には窒素が必要です。窒素は地球の大気の78.1%を占めるありふれた元素ですが、植物は大気中の不活性な窒素分子をそのまま光合成に使用することはできません。不活性な窒素分子は、窒素固定を行う細菌や古細菌によって反応性の高い窒素化合物に変換されることによってはじめて、植物が光合成に使用できるようになります。そのため、窒素固定細菌の生態やそれらによる窒素固定量の把握は、生態系を理解する上でも重要です。
環境DNA解析によって海水中から発見されたUCYN-Aは、窒素固定に関わる遺伝子群を保持しており、かつその現存量が多いことから、海洋における窒素循環において重要な役割を果たしていると考えられてきました。このUCYN-A は、光合成や代謝に関わる重要な遺伝子を欠損しているため、単独では生存・培養できません。そのため、実験環境下でUCYN-Aによる窒素固定に関するより詳細な研究を行うためには、その共生宿主であるB. bigelowii を含めた培養株の確立が望まれていました。
本研究でB. bigelowii(UCYN-A)の長期安定培養が実現したことにより、実験環境下におけるB. bigelowii (UCYN-A)による窒素固定量の見積もりが可能になりました。今後、本B. bigelowii (UCYN-A)培養株を用いた実験が進められることにより、全地球規模での海洋の窒素循環における、本生物の果たす役割の解明が期待されます。
3) 生物の大絶滅後の地球環境の復元研究への貢献
Braarudosphaera 属の化石記録は白亜紀の始め(約1億4400万年前)まで、B. bigelowiiの化石記録は白亜紀中期(約9000万年前)まで遡ることができます。B. bigelowii化石は、白亜紀終わりの隕石衝突による生物の大絶滅の直後や、漸新世の地球寒冷化を起因とする生物の大絶滅直後の海洋堆積物から大量に産出します。そのためB. bigelowiiは、生物の大絶滅後の貧多様性海洋における、海洋植生の回復プロセスを特徴付ける種の一つであると考えられています。今後、培養株を用いたB. bigelowii の生態学的な研究が進められることにより、生物の大絶滅後の古海洋環境の解析への貢献が期待されます。
<謝辞>
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(17K05694と20H04325)、Simons Foundation (724220と824082)、NIH NIGMS (P30GM138441)、DOE's Office of Biological and Environmental Research (DE-AC02-5CH11231)の支援を受けて行われました。
<論文情報>
【題名】Nitrogen-fixing organelle in a marine alga
(海産微細藻類における窒素固定型シアノバクテリアのオルガネラ化)
【著者名】Tyler H. Coale, Valentina Loconte, Kendra A. Turk-Kubo, Bieke Vanslembrouck, Wing Kwan Esther Mak, Shunyan Cheung, Axel Ekman, Jian-Hua Chen, Kyoko Hagino, Yoshihito Takano, Tomohiro Nishimura, Masao Adachi, Mark Le Gros, Carolyn Larabell, Jonathan P. Zehr
【掲載誌】Science
【掲載日】2024年4月12日
【DOI】
https://www.science.org/doi/10.1126/science.adk1075
<問い合わせ先>
自然科学系農学部門
教授 足立 真佐雄(あだち まさお)
電話:088-864-5216 E-mail:madachi@kochi-u.ac.jp
▼本件に関する問い合わせ先
高知大学広報・校友課
TEL:088-844-8643
FAX:088-844-8033
メール:kh13@kochi-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/