昭和大学などの研究グループが、ラマン分光法を応用した消化管(食道、胃)生組織のがん病変の迅速評価技術を開発 -- 生体のリアルタイム診断実現に向け前進
https://www.wjgnet.com/1007-9327/full/v29/i20/3145.htm
▼研究内容に関する問い合わせ先
昭和大学 先端がん治療研究所 准教授
伊藤 寛晃(いとう ひろあき)
TEL:03-3784-8145
E-mail:h.ito@med.showa-u.ac.jp
▼本件リリース元
学校法人 昭和大学 総務部 総務課 大学広報係
TEL:03-3784-8059
E-mail:press@ofc.showa-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
昭和大学(東京都品川区/学長:久光正)の伊藤寛晃准教授(先端がん治療研究所)を中心とした研究グループは、JSR株式会社、BaySpec Inc.、株式会社富士テクニカルリサーチ、埼玉県立がんセンターと共同で、ラマン分光法(※1)を応用した食道・胃生組織のがん病変の迅速評価技術を開発しました。本技術は、内視鏡検査や手術などにおける生体のリアルタイム診断を実現するための重要な基礎技術になりえると期待されます。本研究成果は、2023年5月28日(米国東部時間)に国際学術誌『World Journal of Gastroenterology』のオンライン版に掲載されました。
【研究の背景】
がんは、正確な診断に基づく適切な治療により治療成績が向上します。食道がん、胃がん、大腸がんなど消化管のがんは内視鏡検査(胃カメラ、大腸カメラなど)で診断されますが、診断を確定するためには粘膜の一部を採取(組織生検(※2))して病理組織診断を行う必要があるため、内視鏡検査から確定診断までは約1週間から2週間程度の時間を要します。確定診断が得られた後、CT検査結果など内視鏡以外の検査を含めた総合的な診断によって最も適切と考えられる治療法が選択されますが、実際に内視鏡的治療や外科的治療(手術)などが行われる際は、治療施行医の臨床的判断を加えながら適切な治療になるように調整します。そして、切除組織に対して再び病理組織診断を行うことで、治療が充分であったか(根治度)が判明します。この根治度によっては、再手術等の追加治療が必要となる場合があります。このように、がんの治療においては、検査から診断確定まで、さらに治療から根治度確定まで一定の時間を要します。
わたしたちは、先端技術を医療に応用し、形態学的評価に質的評価を取り入れることで、検査から確定診断までの時間を短縮し、また治療中にがんの病状をより正確に把握して過不足のない最適な治療を行うことができるのではないかと考えました。
【本研究の目的と方法】
前述の通り、わたしたちの大きな目的は、迅速かつ正確に消化管のがんの病状を把握すること、そしてがんの病状に応じた過不足のない適正な治療を実現することです。そのための技術の一つとして、ラマン分光法を選択しました。
ラマン分光法とは、物質から反射する光には照射した光のほかにわずかに波長がずれた光(ラマン散乱光)が含まれる現象を利用した技術であり、ラマン散乱光の波形を詳しく調べることで物質に含まれる成分や分子構造を推定することができます。評価対象は固体、液体、気体などどのような状態でもよく、特別な前処理を必要としません。このような利点から、ラマン分光法は非破壊検査法として活用されていますが、自家蛍光に大きな影響を受ける等の欠点があり、これまで生体への応用は困難でした。
本研究では、自家蛍光の影響を受けづらく、かつ生体組織をいためないように設計した独自の顕微ラマン装置(図1)を使用して、内視鏡的治療により摘出された食道組織(食道扁平上皮がん(※3)6病変)と胃組織(胃腺がん(※4)10病変、胃腺腫1病変、胃間葉系腫瘍1病変)の計18組織を試料として、摘出後すぐにラマン散乱光波形(ラマンスペクトル)(※5)を記録しました。その後、通常行われる通りにホルマリンで組織を固定して病理組織診断を行いました。
【研究成果】
18組織すべてからラマン散乱光波形を記録することができました(図2、3)。そして、18組織すべてにおいて熱損傷等は発生せず、問題なく病理組織検査を行うことができました。ラマン散乱光波形と病理組織診断を比較すると、食道、胃それぞれのラマン散乱光波形パターンの特定の部位に適切な条件を設定することで、病理組織検査とほぼ同等の精度でがんの範囲を特定することができました(図4、5)。
【今後の展望】
本研究では、人体から摘出されたばかりの組織におけるがんの状態を迅速かつ正確に把握できる可能性を示すことができました。この成果は、身体の中にあるがんも評価できる可能性があることを示しています。測定に使用している近赤外線レーザーは、焦点を調整することで表面だけでなく深部の評価も行うことができます。そして重要なことは、生体毒性が極めて低いためすでにがん以外の分野で医療応用され人体に使用されているということです。レーザーを照射してラマン散乱光を検出する部分は、光ファイバーを使って内視鏡の鉗子孔を通る形状にすることができますので、理論上はすぐに人体に適用することができます。本技術は、検査中に「リアルタイム診断」を行い、可能ならば同時に適切な治療を遂行する「がんのワンストップオペレーション」を実現するための重要な技術要素の一つと考えられます。今後は、評価対象を食道、胃以外の臓器に広げ、解析精度と生体毒性の有無を確認しながら研究を推進し、生体のリアルタイム診断技術の完成を目指します。
【用語解説】
※1 ラマン分光法:反射される光の波長を細かく調べることで物質の成分や構造を推定する非破壊検査法の一種。
※2 組織生検:疾患の確定診断を得るために、組織の一部を採取して病理組織検査を行うこと。
※3 扁平上皮がん:食道がんの中で、日本で最も多い組織型。欧米では腺がんの割合が多い。
※4 腺がん:胃がんの中で、最も多い組織型。
※5 ラマン散乱光波形(ラマンスペクトル):ラマン分光法で検出される散乱光の波形。横軸が波長のずれを表し、縦軸が散乱光の強さを表す。波形パターンを解析することで、物質に含まれる成分の量や構造を推定することができる。
【掲載論文】
・雑誌名:World Journal of Gastroenterology
・論文名:Determination of esophageal squamous cell carcinoma and gastric adenocarcinoma on raw tissue using Raman spectroscopy
・著者名:Hiroaki Ito, Naoyuki Uragami, Tomokazu Miyazaki, Yuto Shimamura, Haruo Ikeda, Yohei Nishikawa, Manabu Onimaru, Kai Matsuo, Masayuki Isozaki, William Yang, Kenji Issha, Satoshi Kimura, Machiko Kawamura, Noboru Yokoyama, Miki Kushima, Haruhiro Inoue
・掲載日時:2023年5月28日(米国東部時間)オンライン版
・DOI: 10.3748/wjg.v29.i20.3145