昭和大学などの研究グループがアルツハイマー病の新規治療薬レカネマブの作用機序の一端を解明
https://doi.org/10.1021/acs.nanolett.3c00187
【関連文献・論文・サイト】
1. Ono K. Alzheimer's disease as oligomeropathy. Neurochem Int 119: 57-70, 2018.
2. van Dyck CH, Swanson CJ, Aisen P, Bateman RJ, Chen C, Gee M, Kanekiyo M, Li D, Reyderman L, Cohen S, Froelich L, Katayama S, Sabbagh M, Vellas B, Watson D, Dhadda S, Irizarry M, Kramer LD, Iwatsubo T. N Engl J Med 388: 9-21, 2023.
3. https://www.alzforum.org/therapeutics/
4. Ono K, Tsuji M. Protofibrils of Amyloid-β are Important Targets of a Disease-Modifying Approach for Alzheimer's Disease. Int J Mol Sci 21:952, 2020.
▼研究内容に関する問い合わせ先
・昭和大学 医学部内科学講座脳神経内科学部門 客員教授
金沢大学 医薬保健研究域医学系脳神経内科学 教授
小野 賢二郎(おの けんじろう)
TEL:076-265-2292
E-mail: onoken@med.showa-u.ac.jp
・昭和大学 薬理科学研究センター 教授
辻 まゆみ(つじ まゆみ)
TEL:03-3784-8125
E-mail: tsujim@med.showa-u.ac.jp
・金沢大学 ナノ生命科学研究所 准教授
中山 隆宏(なかやま たかひろ)
TEL:076-234-4573
E-mail: tnakawata@se.kanazawa-u.ac.jp
▼報道に関する問い合わせ先
・昭和大学 総務部総務課大学広報係(本件リリース元)
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Email: press@ofc.showa-u.ac.jp
・金沢大学 ナノ生命科学研究所事務室
高島 秀彰(たかしま ひであき)
西村 公恵(にしむら きみえ)
TEL:076-234-4555
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・金沢大学 医薬保健系事務部総務課総務係
藤橋 真紀(ふじはし まき)
TEL:076-265-2109
E-mail: t-isomu@adm.kanazawa-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
昭和大学(東京都品川区/学長:久光正)の小野賢二郎客員教授(医学部内科学講座脳神経内科学部門、金沢大学医薬保健研究域医学系脳神経内科学・教授)と辻まゆみ教授(薬理科学研究センター)らは、金沢大学ナノ生命科学研究所の中山隆宏准教授らとともに、アルツハイマー病(AD)(※1)の発症原因と考えられているアミロイドβタンパク質(Aβ)の凝集体に、新規根本的治療薬である抗アミロイドβ抗体レカネマブが結合していく様子を、高速原子間力顕微鏡(高速AFM)(※2)で捉えることに世界で初めて成功しました。本研究によりレカネマブの臨床効果の機序の一端が明らかとなり、将来、ADを中心とする神経変性疾患の更なる新規根本治療薬の開発につながることが期待されます。本研究成果は、2023年5月4日(米国東部時間)に国際学術誌『Nano Letters』のオンライン版に掲載されました。
ADは認知症の中で最も多い疾患であり、その発生率は人口の高齢化とともに増大しています。ADの主な病理学的特徴には、Aβからなる老人斑とタウタンパク質(タウ)からなる神経原線維変化が挙げられます。Aβの凝集・沈着過程は、タウと共にADの病態に大きく関わっていると考えられており(アミロイド仮説)、早期あるいは中間凝集段階であるオリゴマーやプロトフィブリル(※3)がADの病因において重要な役割を果たすことが、これまでの研究により示唆されています。
しかし、アミロイド凝集過程では単量体、線維に加え、オリゴマーやプロトフィブリルのような準安定な凝集体など、さまざまな凝集体分子種が共在しており、個々の凝集体分子種の構造動態を分析することは困難でした。
本研究では高速AFMを用いてAβの構造動態を1分子レベルで観察し、Aβプロトフィブリルに多数のレカネマブが取り囲むように結合する様子を動画で捉えることに成功しました。さらに、レカネマブがAβオリゴマーにも結合することで更なる凝集過程を制御することも明らかにしました。また、神経細胞を用いた実験により、レカネマブがAβのプロトフィブリルやオリゴマーに結合することで、プロトフィブリルの神経細胞への毒性、特に細胞膜への直接毒性が軽減することを明らかにしました。
本研究により、レカネマブの臨床効果の機序の一端を解明することができました。これらの知見は将来、ADを中心とする神経変性疾患の更なる新規根本治療薬の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、2023年5月4日(米国東部時間)に国際学術誌『Nano Letters』のオンライン版に掲載されました。
【研究の背景・目的】
ADは認知症の中で最も多い疾患であり、その発生率は人口の高齢化とともに増大しています。ADの主な病理学的特徴には、 Aβからなる老人斑とタウからなる神経原線維変化が挙げられ、Aβの凝集・沈着過程は、タウと共にADの病態に大きく関わっていると考えられています(アミロイド仮説)。一量体であるAβモノマーは凝集して、オリゴマー、そしてプロトフィブリル、最終的に成熟線維を形成し(図1)、AD患者の脳において神経機能障害を引き起こしますが、特に早期あるいは中間凝集段階であるオリゴマーが、ADの病因において重要な役割を果たすことが示唆されています(図1)(関連文献1)。
プロトフィブリルを標的にしたレカネマブは、プラセボ対照の第2相臨床試験において脳内アミロイド蓄積の減少とともに認知機能の一部に改善が認められたことが報告されました。2022年11月末に実施された1,795人の軽度認知障害(MCI)(※4)および軽度AD患者を対象とした第3相試験において、投与18カ月時点での臨床認知症評価尺度(CDR-SBスコア)(※5)の平均変化量は、レカネマブ投与群がプラセボ投与群と比較して27%の悪化抑制を示し、主要評価項目を達成したことが発表されました(関連文献2)。2023年1月にはアメリカ食品医薬品局(FDA)はレカネマブを迅速承認し、日本、欧州でも承認申請が行われています(関連サイト3)。
このようにレカネマブの臨床試験での有効な効果が相次いで報告されてきましたが、その作用機序に関しては依然不明な点が多く残されていました。
【研究成果の概要】
今回の研究では、高速AFMを用いてレカネマブ投与後のプロトフィブリルの様子を観察しました。その結果、Aβプロトフィブリルに多数のレカネマブが取り囲むように結合する様子を動画で捉えることに成功しました(図2)。加えて、レカネマブがオリゴマーにも結合することでさらなる凝集過程を制御することも明らかにしました(図3)。
実際に神経細胞を用いた実験によって、レカネマブがAβプロトフィブリルやオリゴマーに結合することにより、プロトフィブリルの神経細胞への毒性、特に細胞膜への直接毒性が軽減することを明らかにしました(図4)。
これまで、抗Aβ抗体の作用機序として、主にAβ凝集体に結合した抗体を認識した免疫細胞による貪食作用が考えられていましたが、今回の研究ではそれに加える新たな機序として、レカネマブがAβプロトフィブリル表面に結合することによりプロトフィブリル自身の直接の細胞毒性(特に膜障害)を軽減させること、プロトフィブリルより前の段階のAβオリゴマーにレカネマブが結合してより大きな凝集体形成を阻害することにより細胞毒性を軽減させることを発見しました。
【今後の展開】
レカネマブが、Aβのプロトフィブリルやオリゴマーに直接結合することにより、神経細胞への直接毒性を軽減させることを明らかにした本研究(図5)によって、上述のレカネマブの臨床効果の機序の一端が明らかになり、ADの病態により迫れた可能性があると考えられます。本研究成果はADを中心とする神経変性疾患のさらなる新規根本治療薬の開発に役立つものと期待されます。
本研究は、 日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究(C)、26461266、19K07965)、文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)、金沢大学超然プロジェクト、エーザイ株式会社の支援を受けて実施されました。
【用語解説】
※1:アルツハイマー病(AD)(Alzheimer's disease)
認知症をきたす疾患の中で一番患者数が多いと言われています。脳の神経細胞が減って脳が萎縮してしまうために、症状が現れ、徐々に進行していきます。
※2:高速原子間力顕微鏡(高速AFM)
原子間力顕微鏡は、レコードプレーヤーの針がレコード盤の表面の形状をなぞるように、探針(プローブ)と試料間の相互作用を2次元に走査し、試料の起伏の画像を取得する顕微鏡です。ナノメートル(10のマイナス9乗メートル)の空間分解能を持つことに加え、試料は真空中のみならず、空気中、液中と環境を選びません。金沢大学の安藤敏夫特任教授の研究グループはこの原子間力顕微鏡の高速化に成功し、液中でのナノメートル空間分解ビデオ撮影を実現させ、蛍光などの標識無しでタンパク質などの生体分子の構造と動き(動態)を同時に観察することができるようになりました。
※3:プロトフィブリル
75-500Kdの可溶性Aβ凝集体で、Aβの凝集過程(モノマー→線維)における中間段階で高分子オリゴマーの範疇に含まれます(関連論文4)。
※4:軽度認知障害 (MCI)(Mild Cognitive Impairment)
正常老化過程で予想されるよりも認知機能が低下しているが、認知症とはいえない状態。認知症の前段階にあたりますが、日常生活能力はほぼ保たれます。
※5:臨床認知症評価尺度(CDR)(Clinical Dementia Rating Sum of Boxes)
記憶、見当識、判断力と問題解決、地域社会活動、家庭生活および趣味・関心、介護状況の6項目について評価し、総合判定を行います。6項目のスコアの合計点がCDR-SBのスコアとなり、早期のステージのADを対象とした治療薬の適切な有効性評価としても使用されます。
【掲載論文】
・雑誌名:Nano Letters
・論文名:Structural dynamics of amyloid-β protofibrils and actions of anti-amyloid-β antibodies as observed by high-speed atomic force microscopy
(高速原子間力顕微鏡で観察したアミロイドβプロトフィブリルの構造ダイナミクスと抗アミロイドβ抗体の作用)
・著者名:Takahiro Watanabe-Nakayama, Mayumi Tsuji, Kenichi Umeda, Tatsunori Oguchi, Hiroki Konno, Moeko Noguchi-Shinohara, Yuji Kiuchi, Noriyuki Kodera, David B. Teplow, Kenjiro Ono
(中山隆宏、辻まゆみ、梅田健一、小口達敬、紺野宏記、篠原もえ子、木内祐二、古寺哲幸、デービッド・ビー・テプロフ、 小野賢二郎)
・掲載日時:2023年5月4日(米国東部時間)に国際学術誌『Nano Letters』のオンライン版に掲載
・DOI:10.1021/acs.nanolett.3c00187