-
-
-
法政大学自然科学センター/国際文化学部(島野智之 教授)と京都大学大学院農学研究科(刑部正博 准教授)の研究グループは、このたびカベアナタカラダニが真っ赤な体色なのは、春先の紫外線から体を守る抗酸化物質を大量に蓄積しているためであったことを解明しました。天敵に見つかりやすいのではないかと人間は心配になりますが、天敵となる昆虫(アリなど)の多くは可視光のうち赤色光は見えていないため、派手に赤い色をしているからといって天敵に見つかりやすい訳ではないと考えられます。
【発表のポイント】
(1)春先のコンクリート壁でみつかるカベアナタカラダニBalaustium murorum (Hermann)は、アナタカラダニ属に所属し、いずれの発育ステージでも花粉を主な食料とする。本種は北半球(主にユーラシア大陸)に広く分布しているが、なぜ赤い目立つ色なのか、世界中で疑問を持つ人が多いにもかかわらず、科学的に調べられたことがなかった。
(2)3月に孵化し活動を始め、梅雨の時期に卵を産んで、次の春まで卵で休眠する。生存活動の中心である春先の強い紫外線と、輻射熱で40度以上になる生活環境に耐えることが、最も重要な生存への課題のひとつである。
(3)カベアナタカラダニの赤色の色素をHPLCで測定したところ、抗酸化作用をもつケトカロテノイドであるアスタキサンチンと3-ヒドロキシエキネノン(主要カロテノイドのそれぞれ60%と38%)と、少量のβ-カロテン(2%)から構成されていた。ミカンハダニは、知られているダニのうちで、アスタキサンチンの量が、かなり多い種であるが、カベアナタカラダニのアスタキサンチン濃度はミカンハダニの127倍もの量であった。このため体色が赤であった。
(4)アリや捕食性カメムシなど、カベアナタカラダニを捕食する昆虫は通常、赤に対する視細胞を持たないため、人間が心配するほど、カベアナタカラダニの派手な赤色は、捕食者の採食行動に影響を与えてはいないと考えられる。
カベアナタカラダニ Balaustium murorum (Hermann)は、派手な赤い体色を持つ花粉食性の自由生活型ダニで、本種や類似種は北半球(主にユーラシア大陸)に広く分布しているが、なぜ赤い目立つ色をしているのか、世界中で疑問を持つ人が多いにもかかわらず、これまで科学的に調べられたことがなかった。
本種の所属するアナタカラダニ属Balaustiumは、他のタカラダニ科Erythraeidaeのダニ類とは大きく異なり、(1)和名のもとになっている、ウルヌラという特徴的な分泌器官(穴)をもち、(2)幼虫の時代に昆虫に寄生することはなく全ての世代で、主に花粉を餌とするという特徴を持っている。本種カベアナタカラダニは春先(東京では3月半ば)に発生し、文字通りコンクリート壁など人造構造物の日当たりの良い場所に生息し、梅雨の頃に卵を産んで、次の春まで卵で休眠する。このため、カベアナタカラダニは、春先の強い紫外線(UV-B)や輻射熱などの過酷な環境において、活性酸素の生成による酸化ストレスにさらされる。
例えば同じダニでは、植物の葉上に生息し、強い日光にさらされるミカンハダニPanonychus citriは、抗酸化作用のあるアスタキサンチンを合成・蓄積し、酸化ストレスから身を守る事が知られている。そこで、カベアナタカラダニの色素中のカロテノイド組成を測定した。主要なカロテノイドを同定するために、カベアナタカラダニの雌の生体内の色素と、それを脱エステル化した色素を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で分析した。
その結果、カベアナタカラダニの派手な赤色の色素は、抗酸化作用をもつケトカロテノイドであるアスタキサンチンと3-ヒドロキシエキネノン(主要カロテノイドのそれぞれ60%と38%)と、少量のβ-カロテン(2%)から構成されていた。ミカンハダニは、知られているダニのうちで、アスタキサンチンの量(タンパク質あたり)が、かなり多い種であるが、カベアナタカラダニのアスタキサンチン濃度(334.8 ng/μg protein)はミカンハダニ(2.63 ng/μg protein)の127倍もの量であった。この量は報告のある甲殻類などの微小節足動物中でも最も高いレベルの値であった。
餌となる花粉からカベアナタカラダニが合成・蓄積するケトカロテノイドは高い抗酸化活性を持つため、コンクリート壁など生息環境における太陽紫外線や放射熱による厳しい環境下で、カベアナタカラダニの生存を助けているものと思われる。抗酸化活性をもつケトカロテノイドを高濃度で蓄積していたため、本ダニ種は体が派手な赤色であった。アリや捕食性カメムシなど、カベアナタカラダニを捕食する昆虫は通常、赤に対する視細胞を持たないため(赤を識別できないため)、人間が心配するほどカベアナタカラダニの派手な赤色は、これらの捕食者の採食行動に影響を与えてはいないと考えられる。
・発表雑誌:Experimental and Applied Acarology(エクスペリメンタル・アンド・アプライド・アカロロジー)誌 2022年12月13日(火)に公開
・論文タイトル:The flashy red color of the red velvet mite Balaustium murorum (Prostigmata: Erythraeidae) is caused by high abundance of the keto-carotenoids, astaxanthin and 3-hydroxyechinenone(英文)
・著者:Masahiro Osakabe & Satoshi Shimano* (*責任著者)
https://doi.org/10.1007/s10493-022-00766-z
▼本件に関する問い合わせ先
法政大学自然科学センター・国際文化学部
教授 島野 智之
メール:sim@hosei.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/