神奈川大学理学部 堀久男教授らが執筆したフッ素樹脂のリサイクルや廃棄物処理、環境影響に関する総説が英国王立化学会(RSC)発行のChemical Society Reviews *1) に掲載されました



【本件のポイント】
●フッ素樹脂とは炭素・フッ素結合から構成される高分子化合物(ポリマー)。耐熱性、耐薬品性、耐候性、電気絶縁性等に優れ、カーボンニュートラルの社会を実現するためにも必要不可欠な材料である。
●フッ素樹脂は有機フッ素化合物の一種であり、いわゆるPFAS(per- and polyfluoroalkyl substances)の範疇に入るが、近年、地下水や土壌中で検出されて生体影響が懸念されているペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)やペルフルオロオクタン酸(PFOA)、ペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)等とは性質がかなり異なる。それにもかかわらずPFASに属するため、PFOS、PFOA等としばしば混同されている。
●フッ素樹脂は熱的、化学的に安定であるという特徴の裏返しで、分解することが難しい。焼却は可能であるが、フッ化水素ガスが発生し焼却炉が損傷するため、廃棄物の大半は埋め立て処分されている。このため、有害物質を発生させずに適切に分解し、リサイクルすることが求められている。
●この総説はこのようなフッ素樹脂について、世界におけるリサイクルや廃棄物処理技術の研究状況、人間や生態系への影響、さらには今後の見通しについて報告している(図1)。




*1) Chemical Society Reviews:英国王立化学会(Royal Society of Chemistry, RSC)が発行
 化学の最前線のトピックを扱う査読付き総説誌。最新(2021年)のインパクトファクターは60.615。



▼原文は下記 英国王立化学会(RSC)サイト(電子版、6月7日発行)を参照▼
Recycling and the end of life assessment of fluoropolymers: recent developments, challenges and future trends
 https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2023/cs/d2cs00763k



【本総説に関する説明】
 フッ素樹脂は耐熱性、耐薬品性、耐紫外線、電気絶縁性等の特異的に優れた性質を「同時に持つ」ため、様々な産業で使用されてきた。我々の生活で直接目にするものはフライパンの表面コーティング程度かもしれないが、化学プラント用の配管や電線被覆、パッキン、燃料ホース、リチウムイオン電池のバインダー、太陽光発電パネルのバックシート、燃料電池用の電解質膜、光ファイバー等にも使用されている。一方でその堅牢性のためにリサイクル技術が確立されていない。現在実施されているリサイクル技術は、製造工程で発生する切りくずを粉砕して他の材料に混ぜるという程度(機械的リサイクル)で、しかもそのリサイクル率も、樹脂のリサイクルに最も熱心と思われる欧州でさえ3.4%と見積もられており、非常に低い。
 フッ素樹脂は炭素・フッ素結合から構成される有機フッ素化合物で、いわゆるPFAS(per- and polyfluoroalkyl substances)の範疇に入る *2) 。近年PFOSやPFOA、PFHxS等の環境汚染が懸念され、ストックホルム条約 *3) により製造や使用に関する規制も進行しているが、同時にPFOS、PFOA等とフッ素樹脂を同一視して誤解されかねない傾向が出てきた。フッ素樹脂はPFOSやPFOA等と異なり、水にも溶けず、生体にも取り込まれないため、生体影響は無視できると考えられる(炭化水素骨格から成る樹脂の表面近くの部分だけフッ素加工したようなものは本総説で述べるフッ素樹脂ではない。また、以前はPFOAあるいはその代替品である類似物質がフッ素樹脂の製造の際に使用されていたが、現在は使用されていない。それらの状況についても本総説で記述している)。しかしながらフッ素樹脂は難分解性なので環境残留性は高く、不用意に分解させるとPFOAに類似した化合物を生成する懸念はある。また、原料である高純度蛍石(フッ化カルシウムの鉱物)の産出は数ヵ国に限定され、入手難な状況が続いている。このため、フッ素樹脂を有害な物質を発生させずに無害なものまで分解し、循環利用(ケミカルリサイクル)する必要がある。
 そこでこの総説では、世界でフッ素樹脂が機械的リサイクルも含めてどのようにかつどの程度リサイクルされているのか、加熱や亜臨界水、電子線、ガンマ線照射等による分解技術の研究状況、廃棄物の最終処分(end of life)の状況等について紹介し、最後に、フッ素樹脂が健康リスク上問題がない「低懸念ポリマー(Polymer of Low Concern, PLC)」 *4) の条件を満たしていることを明らかにしている。

 本総説は、フランスのInstitut Charles Gerhardt, Univ Montpellier, CNRS, ENSCMのBruno Ameduri博士と共同執筆したものである。また、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)の支援を受けたものである。

*2) PFAS (per- and polyfluoroalkyl substances):
 PFASは10年くらい前から文献に現れた用語で、その定義は国や組織により、また時期により変遷している。本来の英文の意味はペルフルオロアルキル基(CnF2n+1-, n:1以上の整数)を持つ物質(C:炭素原子、F:フッ素原子)のうち、nが大きい場合である(polyは「沢山」を意味する)。ところが、2021年のOECD(経済協力開発機構)の定義では、ペルフルオロメチル基(CF3-)あるいはペルフルオロメチレン基(-CF2-)を有する物質をPFASとしており、もはやFの数が2個でも「沢山」と呼ばれる奇妙な状況にある。この定義は米国環境保護庁(EPA)の定義とも異なっている。定義の変遷については米国化学会発行のChemical & Engineering News, 2022, July 4, pp. 18-19に詳しく紹介されている。
 最近、有機フッ素化合物=PFASと誤解する向きがあるが、PFASは有機フッ素化合物の一部であり、全てではない。また、PFASは数千種類あると言われており、実際にOECDの報告では4730種、EPAの報告では9252種がリストにあげられている。しかし、これもしばしば誤解されているが、これら数千の物質は合成されたという記録があるもので、必ずしも全てが商業的に使用されてきたわけではない。商業上の実績があるものはOECDがリストアップした4730種のうち256種であり、全体の5%にすぎないと指摘されている(A. R. Bock, B. E. Laird, PFAS regulations: past and present and their impact on fluoropolymers, in Perfluoroalkyl Substances, B. Ameduri ed. RSC, 2022, pp.14-15)。

*3) ストックホルム条約:
 正式な名称は「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」。環境中での残留性、生物蓄積性、人や生物への毒性が高く、長距離移動性が懸念される化学物質を「残留性有機汚染物質」(POPs:persistent organic pollutants)と定義し、その製造や使用の廃絶・制限、排出の削減、これらの物質を含む廃棄物等の適正処理等を規定している条約で、POPs条約とも呼ばれている。

*4) 低懸念ポリマー(Polymer of Low Concern, PLC):
 欧州をはじめとして世界的に用いられている樹脂(ポリマー、高分子化合物)の安全性に関する概念で、分子量や溶解性、反応性に関するいくつかの条件があり、これらの条件を満たす場合、人間や生態系への影響が極めて小さい「低懸念ポリマー」と判断される。



【本件に関するお問い合わせ】
 堀 久男(神奈川大学 理学部 教授)
 TEL: 045-481-5661(代)
 E-mail : h-hori@kanagawa-u.ac.jp

【PR発信元】
 神奈川大学企画政策部広報課
 TEL: 045-481-5661(代)
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