米国大統領選挙:投資家への影響

金融市場は、経済成長を促す政策の実施とインフレ率の上昇を見込む形でドナルド・トランプ氏の勝利に反応しました。本レポートでは、トランプ氏の大統領復帰が米国経済や世界貿易、株式および債券市場、そしてエネルギー転換にどのような影響を持つのか、シュローダーの運用担当者の見解をご紹介いたします。


ヨハナ・カークランド:グループCIO

米国大統領選挙におけるトランプ氏の勝利を受けて、シュローダー・マルチアセット・チームでは株式に対する強気姿勢を変更する考えはなく、特に米国株式に対する選好姿勢を維持する方針です。トランプ氏は前政権時、ダウ工業株30種平均のパフォーマンスを大統領としての成功のバロメータとして着目していました。

引き続き、米国経済はソフトランディングを達成するとの見方を維持しています。財政政策は引き続き支援材料となるでしょう。

主要なリスクは貿易への影響であると考えています。トランプ氏は直に声明を発表するでしょう。短期的には、保護主義的な姿勢は米ドル高を招くほか、米国以外の経済成長を阻害する要因となる可能性があります。関税引き上げによる影響を相殺するために、中国当局は緩和的な政策を継続すると考えます。

一方、欧州株式については、米国政府による関税強化の影響に加え、政治的な観点から選好姿勢を弱めています。

債券については、インカムの源泉という伝統的な目的のために保有を維持する方針です。但し、財政悪化に対する懸念が高まったため、債券のポートフォリオにおける分散機能は再び低下する可能性がある点には留意する必要があると考えます。

より広範な視点では、ハードランディングに向かうリスクが低減したとみる一方、トランプ氏が主導する関税強化や財政政策の影響によりインフレが再燃するリスクが高まったと考えます。

最悪のシナリオは、候補者により「選挙結果は無効である」と主張されることと考えていましたが、このシナリオは免れられたことで、一連の大統領選に関する不透明感が低下しました。


経済への影響:トランプ氏の勝利は、米国経済にとってリフレ要因となるでしょう

ジョージ・ブラウン:米国シニアエコノミスト


接戦が予想された米国大統領選挙は、共和党のドナルド・トランプ氏が民主党のカマラ・ハリス氏に圧勝する結果となりました。米国政治の歴史の中で、再選に失敗した後に再び大統領に返り咲くのは史上2人目です。

残る唯一の疑問は、共和党が上院と下院の両院で過半数を獲得するかです。共和党は上院で過半数を獲得しましたが、下院はカリフォルニア州とニューヨーク州で接戦が繰り広げられており、どちらの党が多数派を獲得するかが焦点となっています。(当レポート発行時点)

しかし、下院でも共和党が過半数を獲得すると考えられます。ポリマーケット(ブロックチェーンベースの予測市場)では、上下両院とも共和党が占める、いわゆる「レッド・スイープ」の確率は90%以上となっており、東海岸各州における大統領選投票終了時の35%程度から大幅に上昇しています。

そのため、トランプ氏は政策を推進するにあたり、優位な立場にあると考えます。トランプ氏は、さらなる減税や規制緩和に加え、関税引き上げや移民規制の強化などを公約として掲げており、これらは米国経済にとってリフレ要因となると考えられます。

よって、今月末に公表する予定の最新のマクロ経済見通しにおいては、前回の公表時に市場コンセンサスを上回っていた2025年の経済成長率見通しをさらに引き上げることを検討しています。前回の経済見通しは当時の選挙動向を参照し、ハリス氏が米国大統領選挙に勝利し、上院と下院で多数派が異なる「ねじれ議会」を想定したものでした。

インフレは長期化する可能性が高まったため、シュローダー・エコノミスト・グループでは、米連邦準備制度理事会(FRB)が示唆したほどの金融緩和を実施することはないという確信を強めています。シュローダー・エコノミスト・グループでは米国の中立金利は3.50%程度と想定していますが、トランプ氏の政策により、FRBは政策金利を3.50%以上に維持する必要があると考えています。(中立金利とは、安定的で予測可能な経済成長とインフレを実現するための制約的でも緩和的でもない政策金利を示します。)



債券:米大統領選挙は利回り上昇とドル高継続の可能性

ジェームス・ビルソン:債券ストラテジスト


共和党が上下両院および大統領のポジションを奪取し、「レッド・スイープ(上下両院ともに共和党が占めること)」となる可能性が高まりました。今後市場では、財政緩和とトランプ流の通商政策の影響がさらに織り込まれると予想します。

一方で、今回の大統領選挙の結果に関わらず、米国経済成長を示すマクロ経済指標は直近すでに非常に堅調であることは重要なポイントと考えます。この点を考慮すると、トランプ政権で想定される財政緩和政策が実行された場合、FRBが掲げる物価安定に向けた政策運営が更に困難となり、経済は「ノーランディング・シナリオ(インフレが粘着性を維持し、金利水準がより長期的に高位となる状況)」に向かうリスクが高まると考えます。

したがって、今回の選挙結果は、利回りの上昇、中でも米国債のその他地域対比での相対的な利回り上昇、また通貨市場の米ドル高の継続につながると見ており、直近はすでに市場は織り込みが進んでいます。

通商政策に関しては、中期的には不確実性が高いものの、短期的には世界的な貿易サイクルに対する懸念が、欧州を始めとするその他地域への影響に繋がることが考えられ、通貨市場においてユーロ安ドル高が発生すると予想します。

リサ・ホーンビー:米国債券チームヘッド

今回の選挙結果を受けた最初の市場の反応として、国債利回りは直ちに上昇し、利回りカーブはスティープ化(短期金利と長期金利の差が拡大)しました。米国の景気後退がない限り、米国10年債利回りが、再び3.50%を下回るという可能性は低いと考えます。

同様に、これまで歴史が示しているように、一党が全政権を掌握すると、利回りカーブはスティープ化するのが一般的であり、この傾向は続くと予想されます。クレジット・スプレッドは選挙結果を受けて大幅に縮小しました。これは、市場が企業にとってより好ましい背景(法人税の引き下げや規制緩和の可能性)を十分に織り込もうとしたためです。

今後、トランプ大統領が政権人事を固め始めるにつれて、特定のセクターへの影響がより明確になると予想されます。

他の債券市場への影響はまちまちになると考えられます。エマージング債券市場では、投資適格債とハイ・イールド債のスプレッドは好調に推移しています。米国の成長見通しが高まることは、エマージング諸国の成長にとってプラス要素となります。一方で、エマージング通貨には圧力が掛かると考えます。

トランプ大統領の経済成長促進政策の下で、FRBのニュートラル・レート(中立金利)は上昇しているように見え、短期的には米ドルの上昇が見込めます。とはいえ、財政問題を含む米国の長期的な不均衡は、最終的に、長期において米ドルの重荷になるかも知れません。

選挙は時事的な話題ではあるものの、ポジショニングにとっては主要な要因ではありません。足元、投資家が直面している重要な課題は、リスクとリターンのトレードオフが大きく変化していることといえます。具体的には、投資家が求める、あるいは受け入れるリスク対比のリターンは、過去の標準と比べて急激に低下が見られています。企業のファンダメンタルズは十分に下支えされている(おそらく共和党が政権を奪取すればさらに下支えが予想される)ものの、クレジット・スプレッドは過去のレンジにおける最下位10分の1にあります。これは、リスクとリターンが非対称な状況になっており、価格上昇局面よりも下降局面の確率が非常に高いことを示唆しています。共和党が政権を奪取する可能性があるということは、不確実性の柱が1本増えることを意味するということです。本来であれば、これがクレジット・スプレッドに織り込まれているはずですが、足元では織り込まれておらず割高な水準で推移していると考えます。


エマージング株式市場:関税がリスクとなる

トム・ウィルソン:エマージング株式ヘッド


トランプ氏が大統領に返り咲くことはエマージング株式では、注意深く状況を見守る必要があると考えています。その中で、米国への輸出品に広範な関税が適用される可能性があり、特に中国への関税が大幅に引き上げられる可能性が、新興国にとって最も注目すべきリスクであると考えています。関税が適用される国は、通貨の下落につながる可能性が高く、特に人民元安になる可能性を考えています。一方、高い関税が課せられることについて、成長への影響を防ぐために中国の政策対応がより大規模になる可能性もあります。

特に中国については、高関税のリスクがどの程度交渉プロセスの始まりとなるのか、また、高関税が課せられるとしてもどの程度まで段階的に導入されるのか等、実際の動向について不透明感も残されていると考えており、今後の状況を注視する必要があります。

貿易関税をはじめとするトランプ次期政権の政策は、米国にとってインフレをもたらす可能性があります。予想される結果としては、米ドル高、インフレ率の上昇、米連邦準備理事会(FRB)による金融緩和の縮小、米国のイールドカーブの上昇等が挙げられます。これらは新興国通貨の重しとなり、新興国の中央銀行の金融政策の制約となる可能性が考えられます。

もう一つの疑問は、米国の外交政策であり、トランプ大統領の下で米国がどの程度孤立主義を強めるかです。これにより、特定の市場ではリスク・プレミアムが上昇する可能性があります。アジアでは、テクノロジー・サプライ・チェーンにおいて米国の利益にとって台湾は極めて重要であることから、米国の台湾に対するコミットメントが著しく変化することはないと考えています。しかし、米中関係がリスクを悪化させないよう注意深く管理されることが重要です。

ウクライナ情勢については、トランプ次期政権が早期解決を促す可能性があります。これは、ウクライナの復興の可能性がある一方、和解が長続きしない可能性もあることから、プラスにもマイナスにもなり得るとみています。一つの影響は、欧州の防衛費の継続的な増加が求められると考えます。

直後の市場の反応としては、中国株式市場が軟調となった一方、インド株式市場は堅調に推移しました。これは予想通りです。インドは他の新興国市場よりもトランプ政策の影響を受けにくいため、当面はポジティブな展開となる可能性があります。中国では現在、市場にはより強力な政策の後ろ盾があります。貿易の不確実性はあるものの、さらなる政策支援等を考慮し、中国については現在の中立的な見方から大きく逸脱する可能性は低いと考えています。


グローバル株式市場:法人税減税と規制緩和が米国株の下支えとなる可能性

サイモン・ウェバー グローバル株式ヘッド

イールドカーブの上昇が続けば、株価水準に影響を及ぼし始めると考えていますが、小幅な業績成長を背景に米国株式についてはポジティブにみています。

一方で、トランプ氏の勝利が企業の利益率のマイナス要因となるリスクもあります。中国からの輸入品に依存している一部のセクターでは、関税が利益率に逆風となる可能性があるためです。また、移民規制の強化が予想されますが、これは特に消費財や建設部門における賃金上昇につながる可能性があります。

これらはインフレにつながる可能性があり、このような環境下では、需要を減退させることなく価格を引き上げる価格決定力を有する企業が有利となり得ますが、一方で需要が破壊されるというシナリオもあり得ます。

米国企業にとっては、トランプ氏が提案した法人税の減税は追い風となることは明らかです。規制緩和は米国株式にもプラスに働くと考えており、特に大手銀行や、大型ハイテク企業以外の人工知能(AI)等のテクノロジー分野にとってプラスに寄与するとみています。実際に、米国の技術的リーダーシップを維持するための規制緩和によってイノベーションが下支えされる可能性が高いトランプ次期政権下で、構造的な投資テーマはさらに前進する可能性があります。

トランプ政権下における反トラスト法は、ハリス政権と比べ、より自由放任主義的な競争政策に戻る可能性が高いと思われます。例外として考えられるのは、大手テクノロジー企業やソーシャルメディアプラットフォーム企業です。副大統領候補であるJ・D・ヴァンス氏は、一部の企業は分割されるべきであり、他の大手テクノロジープラットフォームは明らかにリベラル・バイアスがあると考えており、これに対処する必要があると明言しています。

トランプ大統領の関税に関するスタンスは深刻ですが、交渉戦術でもあります。関税の実際の実施については慎重に見極める必要があります。すべての輸入品、あるいはすべての中国からの輸入品に大規模な一律関税が適用されれば、インフレ率はほぼ間違いなく上昇し、個人消費は影響を受けるでしょう。

エネルギーおよび気候政策は、両候補の間で最も明暗が分かれた問題のひとつです。トランプ大統領の下で、米国が気候変動に対する世界的な取り組みから外れることは間違いないとみています。主要な気候変動テクノロジーをめぐる米国のバリューチェーンへの企業投資は後退する可能性が高く、エネルギー転換が引き続き加速する世界の他の地域に焦点が向けられるでしょう。

2016年は、トランプ氏が勝利するとはだれも予測していなかったため、市場は意表を突かれる形となりました。しかし、今回は、投資家は数ヶ月前からトランプ大統領の政策の影響を織り込んでいました。さらに、2016年の最初の動きは必ずしも持続的なものではありませんでした。その最たる例がクリーンエネルギー・セクターです。インフレ抑制法が成立したにもかかわらず、2020年から2024年にかけてのバイデン政権下でのパフォーマンスは、2016年から2020年にかけてのトランプ政権下でのパフォーマンスよりもはるかに良いものでした。

ここでのポイントは、政治や政府だけが市場を動かす要因ではないということです。中期的に一般的に市場を動かす要因となるのは、株価水準、景気等のサイクル、競争、の組み合わせです。


エネルギー転換:グリーン・インセンティブは失われる可能性があるが、再生可能
エネルギーのコストは維持されるだろう


デビッド・ボイス:シュローダー・グリーンコートCEO、北米担当

過去15年間で、風力発電と太陽光発電の発電コストは大幅に低下し、現在では化石燃料から電力を生産する際の変動コストと真っ向から競合しています。コストの観点から、電力会社にとって再生可能エネルギーは、当然の選択となっています。

ドナルド・トランプ次期米大統領は、クリーンエネルギー産業への経済支援の打ち切りを示唆していますが、インフレ抑制法(IRA)を一方的に廃止するのは難しいと思われます。グリーン税制優遇措置の撤廃には米国議会の支持が必要ですが、IRAがもたらしてきた広範な景気刺激策を考えると、新大統領は支持を得られない可能性があります。

グリーン・エネルギー・プロジェクトに関する私たちのデータ分析によれば、IRAの成立以降、共和党支持者が多い州では50%以上の新規雇用と設備投資を創出したのに対し、民主党支持者が多い州では20%であることがわかりました。

それにも関わらず、トランプ大統領は、税額控除を受けるための資格に関する規則を厳格化したり、グリーン・エネルギー・プロジェクトに対する助成金や融資の実施を凍結したりするなど、大統領令を通じて気候変動関連法案を妨害する可能性があるため、クリーンエネルギーへの移行が減速する可能性が考えられます。

トランプ大統領は、何千人もの連邦職員の役割を再分類するスケジュールFを復活させる可能性もあります。そうすることで、トランプ大統領は米環境保護局(EPA)などの主要政策機関の人事に対して大きな影響力を持つ可能性があります。第1次トランプ政権ではEPAの予算を削減し、規制活動を制限しました。政府のこうした分野は、さらなる削減の影響を特に受けやすいでしょう。

アレックス・モンク グローバル・リソース株式 ファンドマネジャー

トランプ政権の政策は、よりインフレにつながる可能性が高いとみています。資本コストは、持続可能なエネルギー・プロジェクト開発とクリーン・エネルギー商品に対する消費者需要の重要な原動力です。したがって、投資の減少、プロジェクトの継続的な遅延、消費者の電気自動車や屋上ソーラー、ヒートポンプのような主要技術への乗り換えが期待よりも遅れる可能性があることは、多少なりともリスクがあるのは間違いないと考えています。

共和党が政権を掌握するかどうかは、政策の観点からは短期的な不確実性をもたらしますが、インフレ抑制法などの主要なイニシアチブが全面的に廃止されるリスクは低いとみています。

さらに、エネルギー転換の原動力は政策だけではなく、この分野の企業にとっての市場は米国だけではありません。世界的なエネルギー転換の長期的な原動力は、1. コストと技術の改善、2. 持続可能なエネルギー商品とサービスに対する消費者と企業の需要の拡大、3. 長期的な政策支援、の3つあると考えています。この観点から、米国の政策情勢の変化がポジティブではないことは間違いないものの、この分野への投資を促す他の力の強さを過小評価してはならないとみています。

最後に、エネルギー転換関連のセクターの株価水準は、混乱や変化をすでに織り込み済みであるとみています。


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組織名
シュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社
ホームページ
https://www.schroders.com/ja-jp/jp/asset-management/
代表者
黒瀬 憲昭
資本金
49,000 万円
上場
非上場
所在地
〒100-0005 東京都千代田区丸の内一丁目8番3号丸の内トラストタワー本館21 階
連絡先
03-5293-1500

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