横浜市立大学大学院生命医科学研究科博士研究員 朴在鉉さん、博士後期課程3年 石本直偉士さん、朴三用教授らの研究グループは、同大学院生命医科学研究科 池口満徳教授、浴本亨助教、東北大学大学院薬学研究科 井上飛鳥教授らとの共同研究により、脂質代謝異常症や炎症性疾患の薬として用いられるニコチン酸(ナイアシン)を含む3種の既存薬剤とその作用標的となるヒドロキシカルボン酸受容体2(HCAR2)とGiタンパク質三量体*1の複合体の立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析*2により明らかにしました。
本研究成果は、体内での脂質代謝や炎症反応の知見を深めるとともに、既存薬の副作用として問題となっている顔面紅潮*3の原因の理解と、副作用の少ない新しい治療薬の開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は、「Nature Communications」に掲載されました。(2023年11月6日)
研究成果のポイント
- 脂質代謝や炎症反応に関わるタンパク質であるHCAR2の立体構造の解明。
- 既存薬剤とHCAR2の結合を原子レベルで解明したことで、新規治療薬の開発へ貢献が期待。
- 顔面紅潮の副作用を起こしにくい治験薬GSK256073とHCAR2の複合体の構造解明と活性測定から、副作用の少ない新規薬剤の開発への貢献が期待。
研究背景
ヒドロキシカルボン酸受容体(Hydroxy-carboxylic acid receptor: HCAR)ファミリーはGタンパク質共役受容体(GPCR)
*4の一つであり、3つのサブタイプHCAR1-3からなります。HCARファミリーは生体内で脂質代謝や炎症反応で重要な役割を担っており、薬剤の標的としても注目されています。このうち、HCAR2は動脈硬化や炎症性疾患の治療薬のニコチン酸(別名、ナイアシン)に結合し、血中コレステロールを低下する作用や抗炎症作用を誘導します。しかし、薬剤として投与されるニコチン酸は、顔面の紅潮や、痒み、火照りなどの副作用(ナイアシンフラッシュ)が問題とされ、新規薬剤の開発が求められています。これまでに、HCAR2に作用する薬剤の開発が行われており、中でも治験薬であるGSK256073はβアレスチンが関与する 顔面紅潮の副作用が起こりにくいことが知られていました。しかし、各薬剤の結合様式やHCAR2の活性化メカニズムなどに関する原子レベルでの解明には至っていませんでした。
研究内容
本研究グループは、クライオ電子顕微鏡単粒子解析により、脂質代謝異常症の治療薬として用いられるニコチン酸を含む3種類の薬剤(うち2種類が承認薬) と、その標的タンパク質であるHCAR2、Giタンパク質三量体の複合体の立体構造を明らかにすることに成功しました。HCAR2はGPCRに特有の7本の膜貫通型ヘリックスからなり、薬剤はそれぞれHCAR2内に形成されたポケットに入り込んで結合していることが明らかとなりました(図1)。
図1 (a)3種類の薬剤の構造とHCAR2の細胞内での情報伝達の概略図。(b)クライオ電子顕微鏡により明らかとなったHCAR2、Gタンパク質三量体と薬剤の複合体の全体構造。
●HCAR2と既存薬剤の結合様式の解明
HCAR2と3種類の薬剤の結合様式の詳細を調べたところ、全ての薬剤はHCAR2の111番目のアルギニン(R111)と相互作用しており、HCAR2内でポケットを形成するアミノ酸残基と相互作用しながら空間内に収まっていることが明らかとなりました(図2a)。GSK256073に関しては他の薬剤よりも分子サイズが大きいものの、周辺のアミノ酸残基の位置が少しずつずれることで広い空間が形成され、ポケット内で結合していることを明らかにしました。さらに、明らかとなった立体構造を基にHCAR2の1アミノ酸変異体を作製し、NanoBiTアッセイ
*5によるシグナル活性測定を行いました。作製した10種類の変異体(N86Y、Y87A、W91S、L107F、N110A、R111A、S178A、F277A、F180A、Y284A)では、程度の差はありますが、いずれもGタンパク質活性と、βアレスチン活性
*6が減少することがわかりました(図2b)。これにより、クライオ電顕構造で観察された薬剤とアミノ酸残基が、確かに薬剤の認識に関わり、HCAR2の活性化に重要であることが確認されました。また、いくつかの変異体では薬剤に応じた活性の変化が見られました。この変化から各々の薬剤認識から引き起こされるHCAR2の構造変化や活性化メカニズムが異なることが示唆されました。
図2 HCAR2の薬剤結合様式と変異体を用いた活性測定の結果。(a)HCAR2内に結合した薬剤と周辺アミノ酸の構造。(b)NanoBiTアッセイによるGタンパク質活性(左)とβアレスチン活性(右)の測定結果。破線は野生型(変異導入前)のHCAR2の応答を示す。
●分子動力学シミュレーション*7による薬剤結合経路の解明
今回明らかとした構造を基に分子動力学(MD)シミュレーションから薬剤の結合経路を調べました。予測される結合経路として、HCAR2の細胞外側にある15,16,165,166番目のリジン(K15、K16、K165、K166)から形成される入り口と、9番目のヒスチジン、22番目のアルギニン(H9、R22)付近で形成される入り口の2箇所が考えられました(図3a)。MDシミュレーション解析からニコチン酸はH9、R22の方向から入ることが示唆されたため(図3b)、変異体を作製し、NanoBiTアッセイによるシグナル活性測定を行いました。その結果、R22の1アミノ酸変異体においてGタンパク質活性が顕著に低下し、MDの結果と実験の結果が一致し、薬剤のHCAR2ポケットへの結合経路を実験的にも解明することに成功しました(図3c)。
図3 (a)HCAR2表面の親水性(黄色:疎水性、緑:親水性)。(b)MDシミュレーションにより示唆された各薬剤の結合経路。(c)MDシミュレーションの結果を基にしたHCAR2変異体による活性測定。
今後の展開
本研究により明らかとなったHCAR2と薬剤、およびGiタンパク質三量体の複合体構造は新規薬剤の開発や既存薬の改良から、薬剤からの副作用の軽減につながる知見となることが期待されます。また、HCAR2のGタンパク質およびβアレスチンを介した細胞内での複雑なシグナル伝達経路の解明につながることが期待されます。
研究費
本研究は、文部科学省・新学術領域研究「高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用」の計画研究(朴三用)、JSPS科研費(基盤B JP21H024449:朴三用;JP21H04791、JP21H05113:井上飛鳥)、日本医療研究開発機構(AMED)「肝炎等克服実用化研究事業」(朴三用)、JST創発的研究支援事業(井上飛鳥)等の支援の支援を受け遂行しました。
論文情報
タイトル: Structural basis for ligand recognition and signaling of hydroxy- carboxylic acid receptor 2
著者: Jae-Hyun Park†, Kouki Kawakami†, Naito Ishimoto, Tatsuya Ikuta, Mio Ohki, Toru Ekimoto, Mitsunori Ikeguchi, Dong-Sun Lee, Young-Ho Lee, Jeremy R.H. Tame, Asuka Inoue, Sam-Yong Park(† contributed equally)
掲載雑誌: Nature Communications
DOI:
https://doi.org/10.1038/s41467-023-42764-8
用語説明
*1 Giタンパク質三量体:Gタンパク質三量体はαβγの3つのサブユニットから構成されている。中でもGαサブユニットは複数(i, s, q, 12/13)の種類が存在しており、Gαサブユニットの種類によって細胞内で起こる反応が異なる。Gαiサブユニットはアデニル酸シクラーゼを抑制することで細胞内のセカンドメッセンジャーであるcAMPの濃度を低下させる。
*2 クライオ電子顕微鏡単粒子解析:タンパク質の立体構造を明らかにする手法の一つ。生体分子をマイナス180 ºC近い極低温状態の氷の中に包埋し、その状態で電子顕微鏡により観測する。観測した生体分子の粒子像を大量に撮影し、得られた数十万の粒子像から3次元に再構成することで立体構造を明らかにする手法のこと。
*3顔面紅潮(がんめんこうちょう):様々な要因により顔の血管が拡張し、顔面が赤くなる症状を示す。
*4 Gタンパク質共役受容体(G-protein-coupled receptor : GPCR):ヒトゲノム中に約800種類存在している7回膜貫通型の膜タンパク質。視覚、味覚をはじめ、様々な生理活動に関与しており、細胞外の分子情報であるリガンドと結合し、Gタンパク質を介して細胞内へと情報を伝達する。生体内の恒常性維持に関わっていることから薬剤標的としても重要であり、上市されている医薬品の約3割はGPCRを標的とすることが知られる。
*5 NanoBiTアッセイ:NanoBiT Gタンパク質乖離アッセイは、Large BiT(LgBiT、約18kDa)とSmall BiT(SmBiT、11残基)の2つのルシフェラーゼの分割断片は結合することで発光する。この仕組みを利用して、三量体Gタンパク質のGαサブユニットにLgBiT、GγサブユニットにSmBiTを融合した改変体を評価対象のGPCRと共に培養細胞に発現させる。Gタンパク質の活性化によって両者が乖離するため、減光を検出することで、リガンドに応じた活性を測定することができる手法。
図. NanoBiT Gタンパク質乖離アッセイの原理
*6 βアレスチン活性:GPCRは活性化された後、GPCRキナーゼによりリン酸化される。βアレスチンはリン酸化されたGPCRを認識し、脱感作や内在化を担うとともに、Gタンパク質とは異なるシグナル伝達の起点としても機能する。HCAR2においては、βアレスチンが副作用応答に関わることが報告されており、βアレスチン経路を選択的に減弱させた作動薬が副作用を低減させた薬剤になると期待されている。
*7 分子動力学シミュレーション:原子、分子の動きを周辺環境との相互作用を考慮しながら計算科学的に明らかにする手法の一つ。実験情報からは観測が困難な化合物やタンパク質の結合の過程や構造の変化を捉えることができる。