研究背景
心臓や腎臓は非常に密接な関係にあり、一方の臓器障害がもう一方の臓器にも悪影響を及ぼします。これは、心腎連関や心腎症候群と呼ばれており、この心腎連関病態に対して効果が期待されている薬剤として、アンジオテンシン受容体/ネプリライシン阻害薬(ARNI)が挙げられます。ARNIは、世界規模の大規模臨床試験において、心不全患者の新たな心血管イベントの発生を抑制するなど優れた心臓の保護効果が示されています。また、日本においては優れた高血圧の薬としても使用されています。ARNIは心不全患者の腎機能の保持にも効果的である可能性が示唆されていますが、一方でアルブミン尿を増加させることも報告されており、腎臓への保護効果については十分に解明されていない状況です[1]。特に、アルブミン尿が多量に出ているような腎臓病や心腎連関病態では、どのような効果があるかは分かっていませんでした。今回、アルブミン尿を伴う心腎連関症候群の病態を模倣したANSマウス*4というモデルマウスを用いることで、ARNIの心臓と腎臓への保護効果を検証しました。
研究内容
作製した病態モデルマウスであるANSマウスは、高血圧、心不全および多量のアルブミン尿を伴っていました。また、心臓と腎臓の線維化や腎糸球体の肥大を認めました。このANSマウスにARNIとARB(バルサルタン)による治療を行ったところ、ARNIとARBはどちらもANSマウスの血圧上昇を有意に抑制しました。ARNIはさらにANSマウスの心不全(左室収縮力の低下)や心線維化をARBよりも改善していました。一方、腎臓については、ARNIよりもARBの方が、ANSマウスのアルブミン尿抑制や腎線維化・糸球体肥大の抑制効果において優れていました。そこで、さらに腎臓を詳細に解析したところ、ARNIによる治療ではANSマウスで亢進していたホスファチジルイノシトール3-キナーゼ(PI3K)-Aktシグナリングパスウェイという分子伝達経路の抑制が、ARBと比べて不十分であることがわかりました。また、このPI3K-Aktパスウェイを阻害する薬剤をARNI治療に併用することで、ARBと同程度までARNIの腎保護効果が発揮されることがわかりました。
今後の展開
ARNIの心臓への治療効果はすでに確立されていますが、本研究結果はARNIが持つ腎臓への作用メカニズムや腎保護効果の可能性の解明につながることが期待されます。また、どのような病態や患者さんにおいてARNIがより効果的に使用できるかなど、より良い治療選択肢の提供につながることが期待されます。
研究費
本研究は、上原記念生命科学財団、横浜総合医学振興財団、日本学術振興会、日本腎臓学会・日本ベーリンガーインゲルハイム共同研究プログラム、日本透析医会、横浜市立大学戦略的研究推進事業、守谷奨学財団などの助成を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:
Combination of Sacubitril/Valsartan and Blockade of the PI3K Pathway Enhanced Kidney Protection in a Mouse Model of Cardiorenal Syndrome
著者: Shunichiro Tsukamoto, Hiromichi Wakui, Tatsuki Uehara, Yuka Shiba, Kengo Azushima, Eriko Abe, Shohei Tanaka, Shinya Taguchi, Keigo Hirota, Shingo Urate, Toru Suzuki, Takayuki Yamada, Sho Kinguchi, Akio Yamashita, and Kouichi Tamura
掲載雑誌:
European Heart Journal Open
DOI:
https://doi.org/10.1093/ehjopen/oead098