●社会的インパクト
硬膜下電極は、抗てんかん薬の有効性が認められない難治てんかんの患者に対する、てんかん発作焦点脳部位の探索のための脳表脳波記録や、脳神経の働きを調節する電気刺激電気刺激(ニューロモデレーション)に用いられている。研究チームは、この硬膜下電極の性能を上げることで、脳表脳波記録やニューロモデュレーションをより有効で安全にすることはできないかと着想した。今回開発した薄膜電極は、エラストマーのような柔らかい素材から構成されており、脳表への追従性に優れるため、てんかん手術に向けて頭蓋内電極留置が必要な患者の負担や合併症を軽減できる電極素材として期待される。本研究成果は、現在の硬膜下電極の課題を解決するだけでなく、今後の難治てんかんの診断治療デバイスの概念を大きく変える可能性があり、特段の医療的進歩と周辺学問領域に対する社会的インパクトが期待される。
●今後の展開
開発した薄膜電極は、脳表脳波記録と電気刺激を両立する電極として有用であり、難治てんかんの診断ならびに治療への応用が期待される。研究チームでは、日本医療研究開発機構(AMED)や科学技術振興機構(JST)の支援のもと、医療機器ベンチャーと連携して、今回開発したフレキシブル薄膜電極を接続可能な埋め込み型無線給電デバイスの開発にも着手しており、将来的な完全埋め込み型診断治療一体型デバイスの実現を目指している。本研究は医工連携研究によって得られた成果であり、本研究グループでは今後も医療ニーズと研究シーズをマッチングさせた医療機器の開発を目指す。
●付記
本研究は、日本医療研究開発機構(AMED) 令和4年度 「医療機器等における先進的研究開発・開発体制強靭化事業(基盤技術開発プロジェクト)」(課題番号:JP22he2202018h0001): 「フレキシブル薄膜電極およびワイヤレス給電を活用した難治てんかん診断治療一体型デバイスに関する研究開発」ならびに令和2年度 「官民による若手研究者発掘支援事業(社会実装目的型の医療機器創出支援プロジェクト)」(課題番号:JP20he0322003): 「てんかん診断治療用フレキシブル薄膜電極に関する研究開発」の支援を受けて行われた。また、科学技術振興機構(JST)創発的研究支援事業「バイオインテグレーション工学によるデジタル生体制御」(JPMJFR203Q)、および、文部科学省 科学研究費助成事業 基盤研究(B)(課題番号:21H03815): 「健康情報のデジタルトランスフォーメーション化に向けた生体貼付型デバイスの開発」などの支援を受けて行われた。
【用語説明】
(1)
硬膜下電極:脳表(硬膜の下)に直接固定して、電位を記録したり、電気刺激を与えたりするため
の電極。
(2)
難治てんかん:てんかん性発作を引き起こす慢性の脳の病気であるてんかんに対して、適切とされ
る抗てんかん薬を複数処方しても発作を抑制できない場合を難治てんかんと呼ぶ。その患者数は、
国内において約30万人と推定されている。
(3)
エラストマー:ゴムのような弾性をもつ柔らかい高分子材料。シリコーンやスチレンブタジエン共
重合体が知られる。
(4)
ナノインク:ナノ粒子を溶媒に分散させたインク。導電性を示すナノインクとして金や銀があ
り、フォトリソグラフィのようなマスクを使わずに、印刷するだけで簡単に電子回路を形成するこ
とできる。
(5)
インクジェット印刷:ノズルから微量のインクを基材に直接印刷する手法。家庭用プリンターの多
くに採用されている。導電性ナノインクをカートリッジに充填することで、マスクレスで電子回路
を印刷できる。
(6)
バレル皮質:げっ歯類の大脳の一領域。ヒゲの一本一本とバレル皮質の各部位が対応する「ヒゲ-脳
応答回路」としても知られ、ヒゲから入力された情報を処理する。
(7)
ニューロモデュレーション:電気や磁気、薬剤などを用いて神経を刺激することで、神経の機能を
調節(モデュレート)する治療法。近年では、てんかん外科領域において、迷走神経刺激療法
(VNS)、脳深部刺激療法(DBS)、発作反応型脳刺激療法(RNS)が国内外で承認されている。
(8)
ブレインマシンインターフェース:脳の活動を検出するか、脳を刺激することで、脳とコンピュー
タとを直接的に結合するインターフェースや制御する機器の総称である。
【論文情報】
掲載誌 :Advanced Materials Technologies
論文タイトル:Flexible Thin-Film Neural Electrodes with Improved Conformability for ECoG
Measurements and Electrical Stimulation
著者 :Ayano Imai, Shunta Takahashi, Sho Furubayashi, Yosuke Mizuno, Masaki Sonoda,
Tomoyuki Miyazaki, Eizo Miyashita, Toshinori Fujie
DOI :
http://doi.org/10.1002/admt.202300300