【ポイント】
・小頭症原因遺伝子DONSONが高等真核生物における新規のDNA複製開始制御因子であることを発見しました。
・DONSONタンパク質は、複製装置レプリソームの中心的な構成成分であるCMG複合体の形成に必須であることを明らかにしました。
・これらの成果は、DONSON変異による小頭症の原因究明、精製因子を用いたDNA複製プロセス全体の試験管内再構成系の構築に役立つことが期待できます。
【概要】
東京薬科大学生命科学部生命科学実習センターの橋本吉民助教の研究グループは、小頭症原因遺伝子として知られるDONSONが高等真核生物における新規のDNA複
製開始制御因子であることを明らかにしました。以前の研究では、DONSONはDNA複製の現場である複製フォークに存在し、正常な複製進行が妨げられた際に複製
フォークの安定性を維持する仕組みに働くと考えられていました。複製フォークでは、DNA二重らせん構造を巻き戻す必要がありますが、この役割はCMG複合体によって行われています。本研究では、DONSONは複製開始前の段階でCMG複合体構成因子と相互作用し、CMG複合体形成を促進していることが分かりました。DONSON遺伝子の異常によって生じる小頭症の病因・病態の解明にも繋がることが期待できます。これらの成果は、2023年7月17日月曜日(日本時間午後7時、中央ヨーロッパ夏時間正午)にThe EMBO Journalに掲載されました。
【研究の詳細】
■研究の背景
DONSONは、次世代型シークエンサーによるヒト小頭症患者由来ゲノムDNAの解析により同定された小頭症原因遺伝子の一つです。これまでの研究では、DONSONはDNA複製フォーク(注1)に局在して複製ストレス(注2)存在下での複製フォーク安定化(注3)に関わると考えられていました。
DNA複製は、分子生物学の黎明期から主要テーマとして扱われてきましたが、初期には原核生物である大腸菌を材料とした研究が主流であり、ヒトを含めた真核生物での仕組みは長らく不明でした。その後、真核生物モデルとして出芽酵母を用いた研究が進展したことで、複製因子の同定、複製制御機構の理解が大幅に進み、ほぼ同様の仕組みが高等真核生物でも働くことが分かりました。真核生物でのDNA複製開始は特に厳密に制御されていて、一回の細胞分裂周期において正確に一回だけゲノム全体が複製されることを保証しています。近年では、出芽酵母において、既知の精製因子のみでDNA複製開始から進行までを試験管内で再構成することが可能となっています。これら既知因子に対応する高等真核生物での複製因子は、多くが遺伝子配列やアミノ酸配列の相同性から比較的容易に発見されましたが、一部の複製開始制御因子は存在が不明でした。しかし、それらも徐々に発見され、本研究開始前の時点では、出芽酵母Sld2に対応する遺伝子のみが不明という状況になっていました。
■成果について
本研究では、当初の目的として複製ストレス存在下でのDONSONによる複製フォーク安定化の分子機構解明を目指して、アフリカツメガエル卵無細胞DNA複製系(卵無細胞系)(注4)を用いた生化学的研究に着手しました。ほ乳類以外にも、鳥類、両生類、昆虫など高等真核生物にはDONSON遺伝子が存在します。まず、DONSONに対する抗体を作製しました。これを用いて卵無細胞系からの免疫除去(抗体結合ビーズ処理によりDONSONをトラップして除く)を行う、もしくは、抗体を直接加えることによりDONSONの機能を中和阻害することができます。免疫除去の場合は、組換えタンパク質を戻すことにより表現型が戻るかどうかの検証が可能となります。得られた結果は、DONSONの機能阻害を行うと、DNA複製が開始しないという予想外のものでした(図2)。
さらに、DONSONは複製フォークで機能するCdc45-MCM-GINS(CMG)ヘリカーゼ複合体(注1)形成に必要であることが分かりました。AIによるタンパク質立体構造予測では、DONSONのN末端領域には天然変性領域が存在します(図3)。この領域を切除した組換えDONSONを免疫除去後に戻しても、野生型と異なりCMGヘリカーゼ複合体形成は復活させることが出来ませんでした。
つまり、この天然変性領域には複製開始に必要なアミノ酸配列が存在することを示しています。ヒト、ニワトリ、カエルのDONSONのアミノ酸配列比較により重要と思われる部分を推測し、その部分へ変異を導入して検証した結果、CMG構成因子であるGINSとの相互作用に必要であることが分かりました(図1)。DONSONの働きは、出芽酵母におけるSld2のものと非常に類似しており、高等真核生物で長らく未同定であったSld2に対応する複製開始因子であると考えられます。また、卵無細胞系において、アフリカツメガエルDONSONを取り除いてヒトDONSONに置き換えた場合でも、CMGヘリカーゼ複合体が形成されたことから、カエルとヒトのDONSONがDNA複製において同じ役割を果すことが分かりました。これらの結果は、DONSONが高等真核生物における普遍的な複製開始制御因子であることを示しています。
■今後の展望
DNA複製開始効率が低下した場合、見かけ上は複製フォーク安定化の異常と同じ表現型を示すことが考えられます。したがって、過去に報告された研究結果については、今回我々の発見したDONSONの新たな機能を考慮して再検討する必要があると考えられます。今後は、DONSONは複製開始にのみ機能するのか、複製開始後の複製フォーク安定化における第二の機能を持っているのか(その場合、具体的な役割は何か)について明らかにする必要があります。これにより、DONSON変異による小頭症の発症理由が明確になると期待できます。
一方で、DNA複製研究の一つの到達点として、複製プロセス全体をヒトの精製因子のみで試験管内再構成する取り組みがあります。本研究成果は、その試みに対しても不可欠な要素を明らかにしたという意義があります。
【用語解説】
注1.複製フォーク
DNA複製の際に二重らせんが巻き戻されて、生じる三つ又構造を複製フォークと呼びます。複製フォークの現場には、二重らせんの巻き戻しを行うヘリカーゼ複合体や鋳型DNA鎖の情報を写し取る新生鎖を合成するDNAポリメラーゼなどの多数のタンパク質因子が存在し、これらの集合体をレプリソームと呼びます。ヘリカーゼやポリメラーゼには多くの種類が存在しますが、通常の真核生物のDNA複製では、Cdc45-MCM-GINS(CMG)ヘリカーゼ複合体、DNAポリメラーゼα/δ/εが複製フォークで働きます。
注2.複製ストレス
DNA複製の正常な進行を妨げる種々の内的・外的要因を総称して複製ストレスと呼びます。内的要因として酸素呼吸により生じる活性酸素、外的要因としては、紫外線やDNA損傷を誘導する薬剤(複製ストレスを生じることにより作用を発揮する抗がん剤は数多く存在します)などの例が挙げられます。
注3.複製フォーク安定化
複製ストレスの種類によっては、停止した複製フォークが再開可能な状態で安定に維持される場合があります。乳がんの原因遺伝子として有名なBRCA1やBRCA2などは複製フォーク安定化に関与していて、これらの機能が破綻すると複製フォークは崩壊しやすくなります。このことが、抗がん剤によってがん細胞だけを殺傷する原理に繋がっています。
注4.アフリカツメガエル卵無細胞DNA複製系(卵無細胞系)
PCRによるDNA合成・増幅などとは異なり、実際の真核細胞核内の染色体上で起きるDNA複製をほぼ生理的な条件のまま試験管内で再現できる実験系です。アフリカツメガエル未受精卵を遠心分画して得られる抽出液を利用します。ヒトのDNA複製関連遺伝子産物のほとんどは、卵無細胞系においてもアフリカツメガエルの相同遺伝子産物と同等の働きをします。
【原著論文】
雑誌名 The EMBO Journal
論文名 Novel role of DONSON in CMG helicase assembly during vertebrate DNA replication initiation
著者 橋本吉民(責任著者)、定野孝太、宮田寧々、伊藤晴香、田中弘文
DOI
https://www.embopress.org/doi/10.15252/embj.2023114131
【研究支援】
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C)19K06617 (代表者:橋本吉民)
【取材に関するお問い合わせ先】
東京薬科大学 総務部広報課
TEL:042-676-6711 mail:kouhouka@toyaku.ac.jp
【研究に関するお問い合わせ先】
東京薬科大学 生命科学部生命科学実習センター 助教 橋本吉民
TEL:042-676-1579 mail:hashimo@toyaku.ac.jp
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