ヒト 21 番染色体部分モノソミーiPS 細胞の作製に成功~ヒト染色体欠失症やダウン症の機序解明や治療標的発見への応用を期待



ポイント
・CRISPR/Cas9を介したメガベーススケールの染色体欠失により、選択培養なしに1ステップで部分モノソミーヒトiPS細胞パネルを作製する、簡便かつ効率的な方法を開発しました。
・本技術を用いて、ヒト21番染色体長腕(21q)上の全タンパク質コード遺伝子(211個)を含む21qの大部分(約3360万塩基対)の欠失に成功し、世界で初めて21qモノソミーヒトiPS細胞を樹立しました。
・21qモノソミーヒトiPS細胞のトランスクリプトームおよびプロテオーム解析の結果、モノソミー領域内の遺伝子によってコードされるmRNAおよびタンパク質の発現量は、概ね2倍体における発現レベルの半分であることが明らかとなり、転写および翻訳レベルでの遺伝子量補償が起こっていないことが示されました。
・本技術は、これまで困難とされてきた染色体欠失モデル細胞の構築を容易にすることで、染色体欠失症やダウン症などにおける多様な症状の原因遺伝子の解明や治療標的の同定に貢献すると期待されます。




 東京薬科大学生命科学部応用生命科学科 冨塚一磨教授、宇野愛海助教、鳥取大学医学部生命科学科/染色体工学研究センター 香月康宏教授、公益財団法人東京都医学総合研究所幹細胞プロジェクト 鈴木輝彦主席研究員、および東京科学大学生命理工学院 相澤康則准教授らの研究グループは、CRISPR/Cas9によるゲノム編集を用いて、2コピーあるヒト21番染色体のうち1コピーの長腕(21q)ほぼ全長(約3360万塩基対)を欠失した、21qモノソミーiPS細胞の構築に世界で初めて成功しました。
 相同染色体(注1)の一方が部分的に欠失(モノソミー(注2)化)した染色体欠失症(注3)は、さまざまな症状を伴う希少疾患ですが、適切なモデル系がないため研究が進んでいませんでした。既存の方法において、メガベース(100万塩基対)を超えるサイズの染色体欠失の効率は非常に低く、また染色体欠失細胞の単離には煩雑な工程が必要であったため、より高い効率で正確に、特定のヒト染色体領域を欠失させる簡便な技術の開発が求められていました。
 今回、CRISPR/Cas9(注4)を介したメガベーススケールの染色体欠失により、選択培養なしに1ステップで部分モノソミーヒトiPS細胞(注5)(iPSC)パネルを作製する、簡便かつ効率的な方法を開発しました。また本技術を用いて、ヒト21番染色体(注6)長腕(21q)上の全タンパク質コード遺伝子(211個)を含む21qの大部分(約3360万塩基対)の欠失に成功し、世界で初めて21qモノソミーヒトiPS細胞を樹立しました。さらに21qモノソミーヒトiPS細胞のトランスクリプトーム(注7)およびプロテオーム解析(注8)の結果、モノソミー領域内の遺伝子によってコードされるmRNAおよびタンパク質の発現量は、概ね2倍体における発現レベルの半分であることが明らかとなり、転写および翻訳レベルでの遺伝子量補償(注9)が起こっていないことが示されました。本技術は、これまで困難とされてきた染色体欠失モデル細胞の構築を容易にすることで、染色体欠失症やダウン症などにおける多様な症状の原因遺伝子の解明や治療標的の同定に貢献すると期待されます。
 本研究成果は、2024年11月4日に「Genes to Cells」誌のオンライン版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
AMED再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム(基礎応用研究課題)、AMED 革新的先端研究開発支援事業(LEAP)、AMED生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)、JST CREST、生命創成探求センター共同研究(ExCELLS)などの支援を受けて行われました。

<研究の背景と経緯>
 ヒト2倍体細胞は2組の染色体を維持しており、これは増殖に不可欠です。一般に、それぞれ2本ある常染色体のうち1本、またはその長腕あるいは短腕全体を欠損するヒト細胞は生存できないとされています。一方染色体の部分的な欠損によって生じる染色体欠失は、重篤な臨床症状を伴いますが、この原因は、欠損し1コピーとなった(モノソミー化した)染色体領域に含まれる遺伝子の発現量が半分に低下することと考えられています。このように、生物学的、臨床的に重要な現象であるにもかかわらず、染色体欠失に関する研究はこれまでほとんど進んでいませんでした。その背景には、染色体の喪失が細胞に与える影響を研究するための適切なモデル細胞の作製が困難という事実がありました。正常2倍体細胞で染色体欠失を誘導するため、CRISPR/Cas9を利用したゲノム編集技術をはじめ、さまざまな手法が試みられてきましたが、欠失効率は非常に低く、また薬剤耐性などで染色体欠失細胞を選抜する煩雑な工程が必要でした。そのため、より高い効率で正確に、かつ選択培養なしに特定のヒト染色体領域を欠失させる技術の開発が強く求められていました。

<研究の内容>
 本研究では、CRISPR/Cas9を介したメガベーススケールの染色体欠失により、部分モノソミーヒトiPS細胞パネルを作製する簡便かつ効率的な方法を開発しました。まず21番染色体(HSA21)をモデルとして、HSA21の長腕(21q)の大部分をカバーするさまざまな領域(4.5~33.6 Mb)を欠失させるガイドRNA(gRNA)をデザインしました。Cas9/gRNA-リボ核タンパク質(RNP)複合体をトランスフェクションした後、蛍光活性化セルソーティング(FACS)による単一細胞ソーティングを用いて、目的の欠失を持つ部分モノソミー21qiPS細胞を選択培養なしで高効率(0.6%から18.6%)に単離しました(参考図1、2)。それぞれの部分モノソミー21qiPS細胞において、倍加時間は親細胞と同等であり、核型は極めて安定で、HSA21以外の染色体は正常でした(参考図3)。さらに驚くべきことに、21q上の全タンパク質コード遺伝子(211個)を含む21qの大部分(33.6 Mb)の欠失にも成功し、世界で初めて21qモノソミーヒトiPS細胞が樹立されました(参考図4)。部分モノソミー21qiPS細胞のトランスクリプトームおよびプロテオーム解析の結果、モノソミー領域内の遺伝子によってコードされるmRNAおよびタンパク質の発現量は、概ね2倍体発現レベルの半分であることが明らかとなり、転写および翻訳レベルでの遺伝子量補償が起こっていないことが示されました(参考図5)。

<今後の展開>
本研究で開発されたシンプルかつ効率的な染色体欠失誘導技術は、正常核型バックグラウンドに部分モノソミーを持つ、同一な遺伝的背景の(アイソジェニック)モデル細胞の作製に有用であり、染色体欠失の細胞への影響に関する新たな知見を得るために広く応用可能であると期待されます。具体的には以下①~④に示す展開が期待されます。
① 染色体欠失の発生過程における影響の解明:分化多能性を有するヒトiPS細胞を親株に用いているため、特定の染色体欠損が発生過程に与える影響を試験管内分化系によって調べることができます。ヒト21番染色体部分モノソミー症は、心臓障害、発達遅延、知的障害など様々な表現型を示す希少疾患であり、21q上の欠失領域に関連する症状の原因遺伝子を同定するための貴重な研究資材となります。
② 細胞増殖に必須な配列のスクリーニング:本技術によって、細胞増殖に必須な蛋白質コード領域および非コード領域の配列を系統的にスクリーニングすることが可能となり、合成生物学(注10)の課題の一つであるヒトゲノムの最小化(注11)に向けた研究が加速すると期待されます。
③ ヒト人工染色体(HAC)の構築:再生医療や遺伝子治療への応用が期待されるHACの構築が容易になります。私たちのグループが開発したHSA21由来のHACは、1コピーでの安定維持や導入遺伝子のサイズに制限がないなど、遺伝子導入ベクターとしていくつかの利点があり、その有用性が実証されています。しかし、その構築は複雑で時間を要するプロセスです。所望の染色体領域を正確に欠失可能な本技術を用いて、臨床グレードのヒトiPS細胞でHACを構築できれば、その臨床応用が加速すると期待されます。
④ ダウン症研究および治療法の開発:本技術はHSA21の特定の染色体領域を正確に欠失させることができるため、ダウン症(21番染色体トリソミー)に伴うさまざまな症状の原因遺伝子の解明と治療標的の同定、および新規治療法の開発に貢献すると期待されます。

以上


<参考図>
(図2)
CRISPR/Cas9メガベース欠失による21q部分モノソミーiPS細胞パネル作製の方法概略。 (上左)21q領域全体(約34 Mb)を欠失させるために設計されたガイドRNA(gRNA)ペアの位置が示されている。
(下)Cas9タンパク質とgRNAペアからなるRNP複合体を、エレクトロポレーションにより正常ヒトiPS細胞に導入する。処理したヒトiPS細胞を、非選択条件で標準的なフィーダーフリー条件下で培養する。細胞クローンをFACSにより単離し、その後、目的の欠失の存在を確認するために、欠失部位の配列に特異的なプライマーペア(F-プライマーおよびR-プライマー)を用いたPCR分析を行う(上右)。

(図3)
21q部分モノソミーiPS細胞の作製に使用された 9 つのgRNA配列のHSA21上の位置。
構築される 21q部分モノソミーiPSC細における欠失した染色体領域の長さと、その中に存在する遺伝子の数も示されている。

(図4)
21qのほぼ全長が欠失した21qモノソミーiPS細胞の作製。
(上)2種の 21qモノソミーiPS細胞株(Δ21qE11、Δ21qD11A10)のGバンド解析の結果得られた核型が示されている。また各iPS細胞株におけるHSA21の拡大図において、短縮したHSA21が矢印によって示されている。(下)比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)解析の全ゲノム、および21番染色体染色体(HSA21)の結果をそれぞれ示す。

(図5)
モノソミー領域に存在する単一コピー遺伝子のmRNA量は、21q部分モノソミーiPS細胞において約50%減少している。
ヒートマップは、HSA21上の85遺伝子のmRNA量の倍率変化(底2の対数で表示)を、染色体上の位置(上:セントロメア、下:テロメア)に従って示している。値は右側のカラーのスケールバーを参照。左側の黒いバーは、各21q部分モノソミーiPS細胞株において欠失する遺伝子を示す。さまざまな21q領域が欠失した14種の21q部分モノソミーiPS細胞株のトランスクリプトーム解析の結果が示されている。


<用語解説>
注1:相同染色体
ヒト正常2倍体細胞は常染色体(1番染色体から22番染色体)を22セット(44本)と性染色体を1セット (X染色体を2本、もしくはX染色体とY染色体を各1本)保持し、全体で46本の染色体をもつ。各セット染色体の一方は母方から,もう一方は父方から受け継いだもので,この対になる染色体を相同染色体という。

注2:モノソミー、部分モノソミー
モノソミーは、2倍体細胞において通常2本あるべき染色体のうち1本が欠けている状態を意味する。また欠けているのが染色体全体ではなく、部分的である場合、部分モノソミーと呼ばれる。

注3:染色体欠失症、部分モノソミー症
染色体の一部が欠失することによって、さまざまな身体的・精神的な問題が引き起こされる遺伝的な疾患群の総称。例えば、部分モノソミー21は、21番染色体長腕の様々な部位の欠失によって先天異常、発達遅滞、および知的障害をきたす。

注4:CRISPR/Cas9
バクテリアの獲得免疫機構を応用したゲノム編集技術。任意のDNAを特異的に認識するガイドRNA(gRNA)と、DNA2本鎖切断活性を持つCas9タンパク質の複合体によって、人為的に特定のDNA配列を切断できる。切断後は細胞が持つDNA修復機構によって、切断されたDNA2本鎖同士の結合が起こるが、その際に塩基配列の欠失や挿入が生じることが多い。
本研究においては、染色体上で遠く離れた位置にある2つの部位を同時に切断すると、切断部位同士の結合によって、その間の配列が一定の頻度で欠失する現象を利用して大規模な染色体欠失を誘導している。

注5:ヒトiPS細胞
ヒト体細胞に4種類の初期化誘導因子を導入することよって誘導される多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)。未分化な状態で無限に増殖可能であり、また試験管内で様々な種類の組織に分化する能力を持つ。山中伸弥博士らにより、2007年に初めて報告された。

注6:ヒト21番染色体(HSA21)
ヒト21番染色体は、ヒトにおける最小の常染色体であり、全長約4500万塩基対、212のタンパク質コード遺伝子を含む。通常2本ある染色体が3本存在することによって生じるトリソミー症候群のうち、最も発生頻度の高いダウン症候群患者は、主に21番染色体を3本保持する。

注7:トランスクリプトーム解析
細胞内で発現している全てのRNA(トランスクリプトーム)を網羅的に解析する手法

注8:プロテオーム解析
細胞や組織、臓器、あるいは生物全体における全てのタンパク質(プロテオーム)を同定し、解析するための技術。

注9:遺伝子量補償
遺伝子が発現する量が性別や染色体構成によって異なる場合、そのバランスを保つ仕組み。この現象の例としては、性別による遺伝子発現の不均衡の解消が挙げられる。

注10:合成生物学
生物の遺伝子、細胞や、より高次の生物システムを人工的に合成したり、改変したりすることを目指す研究領域。特定の生物の最小ゲノムを設計し、そのゲノムを人工的に合成する研究が進んでいる。

注11:ヒトゲノムの最小化
ヒトゲノムにおける、最小限の遺伝子セットや遺伝子構成を明らかにしようとする研究。ヒトにとって必要不可欠な遺伝子や機能的に重要な領域を特定し、それ以外の不要な部分を削減することが含まれる。生命の基本的な理解を深めるとともに、医療やバイオテクノロジーの分野での応用にもつながると期待される。

注12:ヒト人工染色体(HAC)
ヒト21 番染色体から全ての遺伝子領域を削除し作製された改変染色体。21番染色体由来セントロメアおよび人工テロメア、および外来遺伝子挿入部位で構成される。ヒト細胞において宿主ゲノムとは独立して安定的に維持されるベクターである。

<論文タイトル>
"Generation of Monosomy 21q Human iPS Cells by CRISPR/Cas9-Mediated Interstitial Megabase Deletion"
(CRISPR/Cas9を介したメガベース欠失によるモノソミー21qヒトiPS細胞の作製)
DOI: 10.1111/gtc.13184

<論文著者名>
Masaya Egawa, Narumi Uno, Rina Komazaki, Yusuke Ohkame, Kyotaro Yamazaki, Chihiro Yoshimatsu, Yuki Ishizu, Yusaku Okano, Hitomaru Miyamoto, Mitsuhiko Osaki, Teruhiko Suzuki, Kazuyoshi Hosomichi, Yasunori Aizawa, Yasuhiro Kazuki*, Kazuma Tomizuka*
*責任著者



<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
冨塚 一磨(トミヅカ カズマ)
東京薬科大学 生命科学部 応用生命科学科 生物工学研究室 教授
〒192-0392 東京都八王子市堀之内1432-1
Tel:042-676-7139 
E-mail:tomizuka@toyaku.ac.jp 

香月 康宏(カヅキ ヤスヒロ)
鳥取大学 医学部生命科学科/染色体工学研究センター 教授
〒683-8503 鳥取県米子市西町86番地
Tel:0859-38-6219 Fax:0859-38-6210
E-mail:kazuki@tottori-u.ac.jp 

鈴木 輝彦 (スズキ テルヒコ)
公益財団法人 東京都医学総合研究所 幹細胞プロジェクト 主席研究員
Tel: 03-5316-3100 (内線3550)
E-mail: suzuki-tr@igakuken.or.jp

<報道担当>
東京薬科大学 入試・広報センター
〒192-0392 東京都八王子市堀之内1432-1
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鳥取大学 米子地区事務部 総務課広報係
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公益財団法人 東京都医学総合研究所
事務局研究推進課
Tel:03-5316-3109


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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組織名
東京薬科大学
ホームページ
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代表者
三巻 祥浩
資本金
0 万円
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非上場
所在地
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