横浜市立大学大学院医学研究科 循環器・腎臓・高血圧内科学の峯岸 慎太郎助教ならびに、滋賀医科大学 NCD疫学研究センター 最先端疫学部門の矢野 裕一朗教授、香川大学医学部薬理学の西山 成教授らの研究グループ(日本高血圧学会 フューチャープラン委員会・ワーキンググループ)は、「Onco-Hypertension(がん高血圧学)」という新しい診療・学術領域を世界に先駆けて提唱しています。
その研究成果として、横浜市立大学医学部 循環器・腎臓・高血圧内科学の峯岸 慎太郎助教、金口 翔助教は、「免疫チェックポイント阻害薬
*1(ICI:immune checkpoint inhibitor)に伴う高血圧のリスク」について、新たなエビデンス構築を行いました。
本研究においては、ランダム化比較試験
*2(RCT:randomized controlled trial)32件・被験者総数19,810例のがん患者を対象としたシステマティック・レビューとメタ解析を行い、免疫チェックポイント阻害薬を開始しても、短期的には血圧が上昇しないことを証明しました。
本研究成果は、高血圧学領域で最も有名なAHA journal Hypertension誌に論文が掲載されました。(2022年9月12日オンライン)
研究成果のポイント
- 免疫チェックポイント阻害薬は、がん患者における短期的な高血圧のリスクを増加させないことを証明
- がん患者には、高血圧を発症または増悪させる複数の病因があり、各分野の専門家が連携・協力して治療を進めることが必要
研究背景
がんに対する有効な治療法の開発に伴い、がん患者の予後は改善し、一部のがんでは、腫瘍の再発よりも心血管疾患などによる死亡が多くなってきています。本研究グループは、高血圧とがんに注目し、"Onco-Hypertension"という新しい概念を提唱しています。がん患者には、高血圧を発症または増悪させる複数の病因があり、がん専門医、循環器内科医、腎臓内科医らによる集学的アプローチが必要です。
「免疫チェックポイント阻害薬」は、がん治療において非常に優れた治療成績を示し、新時代を切り開く薬剤として日常臨床で広く用いられるようになりました。既存の薬剤では治療効果が不十分な様々な種類や病期のがんに対して抗腫瘍効果を発揮し、適応拡大のための多くの臨床試験が進行中です。現在、臨床応用が進んでいる主な免疫チェックポイント阻害薬には、抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体がありますが、その臨床的有用性にもかかわらず、様々な臓器症状を伴う免疫関連有害事象として知られる独特の副作用を引き起こすことがあります。
心筋炎、不整脈、伝導異常、心膜疾患、たこつぼ心筋症などの免疫チェックポイント阻害薬に関連した心毒性は、がん患者にとって深刻かつ生命を脅かす可能性のある有害事象です。免疫チェックポイント阻害薬の使用で、心血管疾患のリスクが増加することも報告されていますが、高血圧との関連については、ほとんどわかっていませんでした。がん患者の併存疾患としてもっとも多いものが高血圧であり、ある種のがん治療薬で高血圧が生じることも知られています。そこで、本研究においては、RCTのメタ解析を用いて、がん患者における免疫チェックポイント阻害薬の開始と高血圧の関連を検証しました。
研究内容
少なくとも1種類の免疫チェックポイント阻害薬と他のがん治療薬を併用し、対照群との比較を行っているRCTを選択して解析を行いました。その結果、32件のRCT(n=19,810人のがん患者)が対象となりました(図1)。
図1 免疫チェックポイント阻害薬に伴う高血圧のリスク
含まれた試験の観察期間の中央値は36ヶ月でしたが、がん患者を対象としているため、全生存期間の中央値は15ヶ月でした。免疫チェックポイント阻害薬開始は高血圧と有意な関連は認めませんでした(オッズ比:1.12、95%信頼区間:0.96-1.30)。さらに、製剤別、併用薬、試験デザインにおけるサブ解析を実施しました。抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体、抗CTLA-4抗体で、グループ間に差は見られず(図1)、抗血管内皮増殖因子製剤を含むさまざまな薬剤との免疫チェックポイント阻害薬併用療法では、高血圧リスクに有意差は認めませんでした。試験デザインに基づくサブグループ解析(”プラセボRCT”と“非プラセボRCT”)では、得られた結果に不一致があり、非プラセボRCTではプラセボRCTよりも高血圧の発症リスクが高いという結果が得られました(異質性:I
2 = 88.6%、P = 0.003)。
今後の展開
本研究成果により、免疫チェックポイント阻害薬はがん患者における短期的な高血圧のリスクを増加させないことが証明されました。高血圧とがんの関連、血圧を上昇させるがん関連因子、薬剤とがんリスクなど、複雑なメカニズムに対処していくためには、多職種による学際的な協力が重要です。本研究グループは、"Onco-Hypertension"という新しいコンセプトに基づき、多方面からエビデンスの構築を行い、がん患者の管理を最適化し、予後を改善することを目標としています。
研究費
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(20K17124)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Immune Checkpoint Inhibitors do not Increase Short-term Risk of Hypertension in Cancer Patients: A Systematic Literature Review and Meta-analysis
著者: Shintaro Minegishi, Sho Kinguchi, Nobuyuki Horita, Ho Namkoong, Alexandros Briasoulis, Tomoaki Ishigami, Kouichi Tamura, Akira Nishiyama, Yuichiro Yano, Japanese Society of Hypertension (JSH) working group “Onco-Hypertension”
掲載雑誌: AHA journal Hypertension
DOI: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.122.19865
用語説明
*1 免疫チェックポイント阻害薬:免疫細胞の働きを抑制する「免疫チェックポイント」を標的としたがん治療薬であり、免疫チェックポイント阻害薬にはいくつかの種類がある。日本においては、PD-1、PD-L1、CTLA-4の3つ免疫チェックポイントをターゲットとした薬剤が承認され、2014年に悪性黒色腫で保険適用されて以降、様々ながんの治療に用いられている。代表的な薬剤としてニボルマブ(商品名オプジーボ)、ペムブロリズマブ(商品名キートルーダ)、イピリムマブ(商品名ヤーボイ)などがある。
*2 ランダム化比較試験:研究の対象者を2つ以上のグループに分け(ランダム化)、治療法などの効果を検証することで、ランダム化により検証したい因子以外の要因がバランスよく分かれるため、公平に比較することができる。
参考文献
1. Kidoguchi S, Sugano N, Tokudome G, Yokoo T, Yano Y, Hatake K, Nishiyama A. New Concept of Onco-Hypertension and Future Perspectives. Hypertension. 2021;77(1):16–27. doi: 10.1161/HYPERTENSIONAHA.120.16044.