植物ホルモン「オーキシン」の生合成において重要な2段階酵素反応における調節機構を解明 ―農作物の生産向上に向けた進歩―

 横浜市立大学木原生物学研究所の嶋田幸久教授、佐藤明子職員および農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)西日本農業研究センターの添野和雄上級研究員らの共同研究グループは、植物ホルモンの一種であるオーキシン生合成の主経路で働く2段階の酵素反応における調節機構を解明しました。
 オーキシンは植物の成長をあらゆる場面で制御する重要な成長制御物質ですが、その生合成の制御機構についてはほとんど解明されていませんでした。共同研究グループは初発の生合成酵素であるTAA1/TARs
*1の活性がその生成物であるインドールピルビン酸(IPyA)によって制御されており、このフィードバック制御のメカニズムが鍵となっていることを解明しました。
 本成果はオーキシン生合成の制御につながる可能性があり、植物がどのように成長を制御しているかの理解や、ひいては農作物の生産向上などにつながることが期待されます。
 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要(PNAS誌)に掲載されました。(日本時間2022年6月14日4時)

研究成果のポイント
  • オーキシンの生合成の主経路において2段階の酵素反応(TAA/TARsとYUCCAs*2)における調節機構を解明した
  • TAA/TARs酵素は生成物であるIPyAによる負のフィードバック制御を受ける
  • 酵素反応における調節機構の分子メカニズムはTAA/TARsが逆反応活性を持つと共に、IPyAがTAA/TARsの競合阻害剤として機能している
  • TAA/TARsの調節機構は幅広い高等植物で機能しており、オーキシン生合成に欠かせない調節機構である
研究背景
 オーキシンは植物が発芽して枯れるまで植物の成長を制御している重要な植物ホルモンです。植物の細胞が分裂したり伸長したり、枝分かれする器官を作ったりする際にはオーキシンが重要な制御因子となっており植物の形態形成において中心的な役割を果たしています(参考文献1)。一方、オーキシンには至適濃度があり、至適濃度よりも高くても低くても成長が阻害されるという特徴もあります。
 天然型のオーキシンの代表はインドール酢酸(IAA)です。IAAはアミノ酸のトリプトファン(Trp)から2段階の酵素反応によりIPyAを経て生合成されています。1段階目の酵素がTrpをIPyAに変換するTAA1/TARs(Trpアミノ基転移酵素)で、2段階目はIPyAをIAAに変換するYUCCAs(フラビン含有モノオキシゲナーゼ)です(図1)。



図1: オーキシン生合成経路図
TrpからIPyAを経由してIAAが2段階酵素反応(TAA1/TARsとYUCCAs)により生合成されるTAA1/TARsはIPyAをTrpに変換する逆反応活性を持ち、IPyAおよびKOK2099はTrpの競合阻害剤として機能する。本研究では赤で示す矢印および阻害部分を解明した。


 TAA1の酵素反応生成物であり、IAA生合成の中間体であるIPyAは植物体中にはごく微量にしか存在しません。IPyAは非常に不安定な物質でありIPyAが過剰に蓄積すると壊れて植物体中のIAAの量が増えてしまいます。それを防ぐためにIPyA量の蓄積を抑えていると考えられます。一方で果実や種子など活発に成長する器官では成長を促進するためにオーキシンを大量に合成しますが、その際にはIPyAが不足しないように供給する必要があります。これまでは、植物体中のIPyAの蓄積量を微量に抑えつつ、不足することをどのように防いでいるのか不明でした。また遺伝子組換え植物を使って2段目の酵素であるYUCCAを過剰発現させるとオーキシン過剰になることが知られていますが、初発酵素のTAA1を過剰発現してもオーキシン過剰にはならず、そのメカニズムも謎でした。
 本共同研究グループは世界に先駆けて、オーキシン生合成を阻害する化合物を発見し、研究を進めてきました(参考文献2,3,4)。本研究ではこれまでの知見を活用し、生合成中間体IPyAの類似化合物を開発しました。この類似化合物を活用することによりTAA1酵素活性に対するIPyAの働きとオーキシン生合成の制御機構の解明につながりました。


研究内容
 共同研究グループは、シロイヌナズナにおいて、TAA1/TARsがその生成物であるIPyA(または類似化合物)によって負のフィードバック制御を受けることを明らかにしました(図1)。その分子機構を解析したところ、TAA1はTrpからIAA生合成の中間体であるIPyAを生合成する活性に加えてIPyAをTrpに戻す逆酵素活性を持っていることも明らかにしました(図1)。これら2つの分子メカニズムによってIPyAの量を低く保ちながら、同時に不足することも防いでいることが明らかになりました。また、IPyAの類似化合物を開発してその活性を調べたところ、類似化合物はTAA1酵素の競合阻害剤であることが明らかになりました(図2)。この分子メカニズムとIPyA類似化合物による酵素阻害活性は、イネやトマトでも機能しており、多くの植物において普遍的に存在するIAA生合成調節機構であることを証明しました。


図2:IPyA類似化合物の構造と阻害作用
IPyAはケト形とエノール形の間の互変異性体である。エノール形IPyAの類似化合物(KOK2099とKOK2052BP)をシロイヌナズナに与えると根の伸長阻害などの成長阻害がみられる。この阻害はIAAの同時投与により回復すること等から類似化合物は植物体内でオーキシン生合成を強く阻害することが示された。


 つまり、IPyAによる負のフィードバック制御は、Trpアミノ基転移酵素活性の可逆性とIPyAによるTAA1/TARs酵素活性の競合的阻害の両方によって達成されていると考えられました(図3)。TAA1酵素に対するIPyAのKm値は0.7 µM、TrpのKm値は43.6 µMであり、酵素の生化学的な特徴もIPyAを低いレベルに維持するために優れた特性を持っていることが明らかとなりました。これらの分子メカニズムにより、2つの生合成酵素、TAA1/TARsによるIPyA合成とYUCCAsによるIPyA消費のバランスが変化してもTAA1/TARsはIPyAの過剰蓄積や過小蓄積を防ぐ重要な調節機能を担っていることがわかりました。

図3:TAA1のアミノ基転移反応模式図
アミノ基転移酵素はアミノ酸のアミノ基を取り除き2-オキソ酸に変換する反応と、2-オキソ酸にアミノ基を転移してアミノ酸に変換する反応の2つの反応を行う。TAA1(PLP型)はTrpのアミノ基を取り除きIPyAに変換するとともにTAA1(PMP型)になる。TAA1(PMP型)はピルビン酸(Pyr)にアミノ基を転移しアラニン(Ala)に変換するとともにTAA1(PLP型)に戻る。この反応は可逆的であり、酵素分子の共通の部位で行われるため、IPyAおよびその類似化合物はTrpに対する競合阻害剤として機能する。



今後の展開
 オーキシンは植物の成長制御や、果実や種子の大きさを決めるためにも重要な因子です。今後は今回明らかとした知見をさらに発展させ、植物がいつ、どのようにオーキシン量を的確に調節して作り、自身の体作りを制御しているのか、その仕組みの解明に発展することが期待されます。また、今回開発したIPyAの類似化合物よりも効果の高い生合成阻害剤の開発や、ゲノム編集技術などにより、オーキシン生合成の制御が可能となれば、農作物やバイオ燃料などの資源となるバイオマスの生産向上などに向けた新たな技術開発につながることが期待されます。

研究費
 本研究は、科学研究費補助金・基盤B、および横浜市立大学学長裁量事業費の支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル: Indole-3-pyruvic acid regulates TAA1 activity, which plays a key role in coordinating the two steps of auxin biosynthesis
著者: Akiko Sato, Kazuo Soeno, Rie Kikuchi, Megumi Narukawa-Nara, Chiaki Yamazaki, Yusuke Kakei, Ayako Nakamura, Yukihisa Shimada
掲載雑誌: PNAS
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2203633119

[参考]
用語説明

*1 TAA1/TARs:シロイヌナズナの変異体から見いだされたトリプトファンアミノ基転移酵素TAA1(TRYPTOPHAN AMINOTRANSFERASE of ARABIDOPSIS 1)とその同族酵素群TARs(TRYPTOPHAN AMINOTRANSFERASE RELATEDs)の総称。

*2 YUCCAs:シロイヌナズナの変異体から見いだされたフラビン含有モノオキシゲナーゼ(YUCCA)の同族酵素群の総称。

参考文献
1)植物の体の中では何か起こっているのか(ベレ出版)、嶋田幸久、萱原正嗣著
2)添野和雄、嶋田幸久 (2019)
 インドール-3-ピルビン酸を経由するオーキシン生合成経路の阻害剤
 -生合成機構の解明や植物調節剤開発に向けたケミカルツールとしての可能性-
 日本農薬学会誌 44: 67-68
3)佐藤明子、添野和雄、立木美保、嶋田幸久(2019)
 オーキシンを利用した果実の成熟制御 ~モモを題材として
 アグリバイオ 3:20-24
4)添野和雄、立木美保、嶋田幸久(2017)
 植物ホルモン「オーキシン」の生合成阻害剤の開発と植物成長調節剤としての応用
 植調 50(11):17-24





本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学 広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp

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