近視や遠視の進行を対象とした縦断的大規模コホート調査を実施
~小学生年代からの近視の早期予防が非常に重要~
横浜市立大学医学部 眼科学教室の竹内正樹 助教、目黒明 特任准教授および水木信久 主任教授らの研究グループは、神奈川県内の大規模な日本人集団を対象に、近視 *1 や遠視 *2 の程度を表す屈折値 *3 の縦断的解析を行いました。これにより、小児期から高齢に至るまでの屈折値の経時的変化の全体像が明らかとなり、近視においては小学生年代からの早期予防が重要であることが確認できました。
この研究は、岡田眼科(横浜市、岡田栄一 院長)および杏林大学医学部衛生学公衆衛生学教室(吉田正雄 准教授)と共同で実施されました。
本研究成果は、英科学誌Natureの姉妹誌『Scientific Reports』に掲載されました。(2月21日オンライン)
研究成果のポイント
日本人の大規模コホート *4 を対象に、近視や遠視の程度の指標である屈折値の5年間の経時的変化を縦断的に調査した。
男女ともに、5歳以降に近視化が急速に進行し、6歳から−2.0ジオプトリ―(D)を超える屈折値の5年間変化が観察され、8歳からの5年間の変化量が最大であった。
近視化を伴う屈折値の5年間変化は、8歳をピークとして徐々に減少したが、11歳まで−2.0 Dを、14歳まで−1.0 Dを超える屈折値の5年間変化が男女ともに観察された。
小学生年代における近視の早期予防が非常に重要であることが確認された。
研究背景
目に入った光は、眼球のレンズ(角膜、水晶体)により屈折することで、網膜に像が映し出されます。目の長さ(眼軸)とレンズの屈折力のバランスが崩れることでピントがぼけてしまう屈折異常(近視や遠視)が引き起こされます(図1)。
近視とはレンズの屈折力に対して眼軸が長い状態のことであり、近視になるとピントがぼけて裸眼視力が低下します。また、眼軸長の異常な延長を示す強度近視になると裸眼視力が大きく低下するだけでなく、網膜剥離や黄斑下出血、緑内障、白内障、網膜変性症などの眼疾患を発症するリスクが高まり、重篤な視力障害を引き起こす場合があります。したがって、近視の早期予防は非常に重要で、それに先立った個人個人における将来的な近視の進行の予測に関する情報のニーズが高まっていますが、これまでに日本人集団を対象に屈折値の変化を調査した先行研究はほとんどありません。
(図1)近視と遠視における屈折異常
遠くのものを見る時に、正視では角膜や水晶体で屈折した光の焦点が網膜上に結ばれることではっきりと見ることができる。屈折力と眼軸のバランスが崩れることで屈折異常が生じ、近視では網膜の手前、遠視では網膜の後方で焦点が結ばれてしまうためにぼやけて見える。
近視や遠視の程度を表す屈折値は生後の成長に伴って変化します。新生児はたいてい遠視ですが、徐々に屈折値が正視方向に変化し、小学校入学時には軽度遠視や正視、弱度近視になる場合が多いです。一般的にはその後、屈折値は近視化方向に進み、小学生の高学年以降に近視の進行が顕著になります。近視の進行は20歳代前半まで緩やかに続き、その後まもなくして近視化方向の屈折値の変化は停止すると考えられています。一方、高齢になると、屈折値は遠視化方向に進むため、成人に比べて高齢者において遠視の頻度が高くなります。
以上のように、生後から高齢に至るまでの屈折値の変化のおおよその傾向は分かっていますが、屈折値の変化は、年齢だけでなく、その時の屈折値や性別にも影響を受けることが報告されており、同じ年齢であっても屈折値の変化は個人個人で異なります。したがって、近視の早期予防を念頭において、生後からの屈折値の変化を明確にするためには、大規模な集団を対象とした屈折値の詳細な追跡調査を行う縦断的研究が必要です。
研究内容
本研究では、神奈川県在住の大規模な日本人集団を対象に、屈折値の5年間の経時的変化を縦断的に調査しました。
神奈川県横浜市の岡田眼科に2000年1月から2012年12月の間に受診し、屈折値を5年間経過観察できた3歳から91歳の患者を解析対象としました。解析対象者は皆、横浜市またはその周辺地域に在住する日本人です。本研究では、屈折値を5年間経過観察できた患者の計593,273眼を対象に、屈折値の5年間の経時的変化を年齢別、性別および屈折値別に細分化して層別化解析を行いました。
男女ともに、5歳以降に近視化が急速に進行し、年齢が上がるにつれて近視化方向の屈折値変化(近視進行の程度)が大きくなりました。6歳から−2.0 Dを超える屈折値の5年間変化が観察され、8歳で最大の5年間変化(男:−2.654±0.048 D、女:−3.110±0.038 D)が認められました。近視化方向の屈折値の5年間変化の大きさは、8歳をピークとして徐々に減少しましたが、11歳まで−2.0 Dを、14歳まで−1.0 Dを超える屈折値の5年間変化が男女ともに観察されました(図2)。屈折値別に見ますと、小中学生年代では、遠視や強度近視の目に比べて、正視や弱度・中等度近視の目の方がより大きな近視化方向の屈折値変化を示しました。
屈折値の変化を男女間で比較した結果、小学生年代の近視の進行は、男子よりも女子の方が大きい傾向にありました(図2)。小学生年代では一般的に、近視の危険因子とされる読書や宿題などの近業に費やす時間は女子の方が多いのに対し、近視の予防因子とされる野外活動の時間は男子の方が多くとる傾向にあることから、小学生年代の男女間の生活スタイルの違いが近視進行の性差の要因の一つとして考えられます。
近視の進行は20歳以降も緩やかに続きましたが、男性では27歳で、女性では26歳で近視化方向の屈折値の5年間変化の大きさが眼鏡補正の最小値と考えられる−0.25 Dを下回りました。その後、男女ともに、屈折値の5年間変化は、51歳で遠視化方向の変化にシフトしました(図2)。屈折値別に見ますと、遠視の程度が強い目では、遠視の進行の程度が大きい傾向にありました。屈折値の変化を男女間で比較した結果、高齢者における遠視の進行は、女性よりも男性の方が大きい傾向にありました。
(図2)各年齢における屈折値の5年間の経時的変化
横軸が年齢を、縦軸が各年齢における屈折値の5年間変化の大きさを示す。屈折値の5年間変化は、0.0より下(マイナス方向)に位置するほど、近視化方向の屈折値変化が大きく、0.0より上(プラス方向)に位置するほど、遠視化方向の屈折値変化が大きい。
今後の展開
本研究は、大規模な日本人集団を対象に屈折値の経時的変化を調査した縦断的研究です。本研究において、小児期から高齢に至るまでの屈折値の経時的変化の全体像を明らかにすることが出来ました。小学生の年代において顕著な近視の進行が観察されたことから、小学生の年代からの近視の早期予防が非常に重要であることが確認されました。
本研究の調査結果は、将来的な近視の進行の程度を予測するための基礎情報となり、個人個人において近視進行の程度を予測することができれば、近視の早期予防の積極的な取り組みにつながることが期待されます。
研究費
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費補助金(15K20272)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Longitudinal analysis of 5-year refractive changes in a large Japanese population
著者: Masaki Takeuchi, Akira Meguro, Masao Yoshida, Takahiro Yamane, Keisuke Yatsu, Eiichi Okada, Nobuhisa Mizuki
掲載雑誌: Scientific Reports
DOI: 10.1038/s41598-022-06898-x
用語説明
*1 近視:
近視とは、角膜や水晶体により屈折した光が網膜の手前で焦点が結ばれる状態。屈折力が強すぎたり、眼軸が長すぎたりすることで生じる。遠くのものを見ると焦点があわずにぼけて見える。
*2 遠視:
遠視では、角膜や水晶体により屈折した光が網膜の後方で焦点が結ばれている。屈折力が弱すぎたり、眼軸が短すぎたりすることで生じる。ものをはっきりと見るには調節力が必要となり眼がつかれやすい。
*3 屈折値:
光を網膜で結像させるために角膜や水晶体がレンズとして光を屈折させる。
屈折値はその程度を表したもので、ジオプトリー(D)という単位を用いる。
*4 コホート:
コホート(cohort)とは、集団のことであり、コホート研究では、特定の地域や集団に属する人々の健康状態などを一定期間にわたって観察し、健康状態の変化や、変化の要因などを調査する。
本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学 広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp