中国のハイテク銘柄への投資はゲームオーバーか?

ロビン・パーブルック
アジア(除く日本)株式オルタナティブ・インベストメンツ共同ヘッド

中国の投資環境は大きく変化しましたが、事態が落ち着きパニック的な売りが収まれば、私たちはこのセクターに再び目を向け始めるでしょう。


昨年11月にAlibaba傘下のフィンテック企業Ant GroupのIPOが土壇場で頓挫して以来、テクノロジーセクターにおける中国の規制リスクの高まりを懸念する声が聞かれるようになりました。そして、2021年7月に中国政府が教育とテクノロジーセクターを大々的に規制したことで、この懸念は更に大きく市場で取り上げられるようになり、株式市場は大きく下落しました。
規制当局の監視が厳しくなり、海外での上場が制限されている今、中国のテクノロジー銘柄や中国株式市場への投資はもう終わりなのでしょうか?
アジア株式に投資する者として、私はそうは思いません。以下に述べるように、状況が大きく変化していることは否定できませんが、その前に、なぜ国家が中国のインターネットセクターの管理・監督を強化しようとしているのか、その背景を理解する必要があります。


なぜ政府は管理・監督を強化しようとしているのか?
理由として、国家の安全保障、金融の安定、社会的安定と流動性、そして「双循環」政策の4つの理由が挙げられます。


1.国家の安全保障
このことは、おそらく中国のUberに相当する企業であるDidiの状況によく現れています。Didiは、いわゆるVIE(変動持分事業体)構造を採用して米国に上場しました。VIE構造とは、基本的には、中国企業が、ハイテク産業などの特定のセクターで外国人投資家の参入を禁じている規則を回避するための持ち株会社を設立するものです。
Didiは上場する過程で、政府職員の行き先を追跡できるなど、データの活用がいかに優れているかを強調しました。これを受けて中国当局は、米国の上場企業がそのようなデータを利用できることに警鐘を鳴らし、DidiにIPOプロセスの停止を求めました。しかしながら、DidiはIPOを続行し、株価が急落するという泥沼に陥ってしまいました。
現在、米国に上場している中国企業の監査に関する米国証券取引委員会(SEC)の規則が更新されたことにより、ほとんどの中国のインターネット銘柄は主要な上場先を香港に移すか、米国からの上場を廃止する必要があると思われます。
これにより米国に上場しているVIE銘柄が完全に消滅するとは考えていませんが、米国当局と中国当局の両方の方向性は、明らかに「機密」とみなされるデータを持つ銘柄が主要な上場先を米国とし続けられる可能性は低いことを意味しています。


2.金融の安定
これには2つの側面があります。第一に、Ant GroupのIPOが中止された後、中国当局は、インターネットやフィンテック関連銘柄が過剰な消費者負債を生み出していることを明らかに快く思っていなかったことです。不良債権のリスクを生むだけでなく、中国が経済活動を行う上で重要な動脈の一つである国営銀行のバランスシートに影響を与える可能性がありました。第二に、インターネット銘柄によるディスラプション(創造的破壊)が加速する中、特に中小企業や不動産、小売セクターなどの伝統的な経済分野にストレスが溜まっているとも言われています。不良債権のリスクが高まる中、一部インターネット企業の活発な経済活動を抑制することで、短期的な金融リスクを軽減することができるでしょう。


3.社会的安定と流動性
これにはさまざまな分野が含まれますが、本質的には、多くの中国の中産階級は、住宅ローンの返済額の増加や、(自分自身や高齢の両親のための)医療費の増加、教育に対する費用の高騰などによって圧迫されているため、現在では「レベルアップ」を促す政策にシフトしているように見えます。ここでの課題の一部は、明らかに、中国での家庭生活のコストとストレスを軽減し、中国の人口動態を考慮し、子供を育てるためのより良い環境を提供することです。
この問題は、フランスの高級ブランド大手LVMHの足元の業績にも表れています。LVMHは、中国の富裕層向けの高級ハンドバッグの販売が非常に好調だったこともあり、業績は好調でした。一方、ブランド醤油を製造する中国の調味料メーカーHaitian Flavouringは、中国の中産階級の消費者が、可処分所得の圧迫を受けてより安い商品を選好したため、業績が低迷しました。
明らかに、中国の成長の恩恵は均等に行き渡っていません。World Inequality Databaseによると、中国の国民所得に占める上位10%の割合は42%(2015年)で、これは1980年には28%しかなく、米国の45%と比較しても大きな差はありません。図表1が示すように、中国では不平等の拡大とともに、社会的流動性が低下しています。

(図表1)社会的流動性のハードル:低所得の家庭に生まれた人が平均所得に近づくのにかかる世代数


中国では以前から、家族や都市部でのストレスや少子化への懸念が議論されてきましたが、一連の規制を実施してきたということは、政府がこれらの問題に対策を取ることを決めたといえます。
中国のフードデリバリー大手のMeituanが、ドライバーの健康と収入の向上を奨励することは当然のことであり、予想ができたことでした。しかしながら、子どもたちの過剰な勉強時間やストレスを軽減するために、教育塾に対する規制が行われること自体は予想はしていましたが、このセクターが事実上閉鎖され、非営利団体になってしまうことは予想外でした。
中国当局は、営利目的の家庭教師や、ゲーム、ソーシャルメディアサイト、コミュニティによる共同購入など、「ソーシャル」テクノロジーの多くが、社会にとってプラスにならないと判断していると言えます。一方で、中国での最新の発表に見られるように、スポーツや運動は今や政策の優先事項となっています。今後は、社会的目標を達成するために、不動産(価格の引き下げ)や、保険(安価な医療政策の提供)、医療費・薬剤費の引き下げなどの分野を対象とした、さらなる施策が予想されます。 そのため、これらのセクターには慎重な見方をしています。


4. 「双循環」政策
当局が中国のインターネット分野の管理を強化する理由として、3月の第14次五カ年計画で発表された中国の「双循環」戦略が関係している可能性があります。この計画では、重要な分野(バッテリー、電気自動車、IoT、AI、バイオテクノロジーなど)での自立に重点が置かれています。そのため、このような重要分野での "ハード "テクノロジーとイノベーションの促進に重点が置かれています。一方で、インターネット等の「社会的」技術は、もはや五カ年計画で「質の高い発展」を目指している分野に含まれておらず、また、習近平国家主席が表明した格差を是正して持続可能な成長を促進するというアジェンダとも一致していません。そのため政府は、巨大企業や経済の大部分をコントロールすることで、インターネット企業への投資を、双循環政策でより重要とされる分野に誘導しようと考えている可能性があります。


中国のハイテク企業は淘汰されたのか?
では、中国のインターネット銘柄への投資はどうなるのでしょうか?中国のインターネット銘柄は、本当に投資不可能なのでしょうか? このセクターは終焉を迎えたのでしょうか?

中国は依然として欧米の資本を欲しており、中国の金融市場の開放は政策上の目標でもあります。しかし、SECと中国当局の両方による規制の方向性を考慮すると、センシティブなセクターの企業について、香港に上場していない企業の米国上場の銘柄を保有することにはリスクがあると感じています。
大型のインターネット銘柄は、規制変更後に投下資本利益率(ROIC)が低下すると思われます。これは、労働者の給与上昇(Meituan)、フィンテック事業の収益低下(Alibaba、Tencent)、ゲームに対する規制(Tencent、Netease)、従来型の小売店を支援するための措置(eコマース全体)、税制優遇措置の廃止(セクター全体)、そして最も重要な理由として、双循環戦略の下で重要とされる主要セクターへの投資誘導の結果であると考えられます。
中国のインターネット銘柄を分析する際に考慮しなければならないもう一つの要因は、株式リスクプレミアムです。規制構造の不確実性が高く、投資の方向性や優先順位が変化し、必ずしも株主の利益に沿うものではないため、適正な株価を算出する際には、より高い株式リスクプレミアムを適用する必要があると考えています。

私たちが適正な株価を算出する際に考慮しているもう一つの検討事項は、変わりやすい状況を考慮したシナリオ分析です。
では、中国のインターネット銘柄が大きく下落しましたが、ROICの低下や株式リスクプレミアムの上昇は株価に反映されているのでしょうか?株式市場は新しい現実に適応したのでしょうか?私たちは、それが完全に達成されたとは考えていません。
2021年7月30日の時点で、中国の4大インターネット銘柄(Alibaba、Meituan、JD.COM、Tencent)に対するアナリストの推奨は、「買い」が229件、「中立」が13件、「売り」はゼロでした。従って市場参加者は新しい現実に完全に適応しているとは思えません。また、「中国のインターネット株は、米国の同業他社に比べて本当に安いのではないか」という質問をよく受けることも気になります。一見すると、これは正しいです。しかし、これはリンゴと梨(あるいは中国建設銀行とJPモルガン)を比較するようなものだと考えています。
現在の中国のインターネット銘柄は、政策が大幅に変更されない限り、米国の同業他社とは全く異なる規制環境で運営されており、政策目標も全く異なるため、直接比較することはできません。
「共同の繁栄」と「より大きな利益」が優先されるようになると、中国のインターネット銘柄は国営企業のようになるかもしれません。これは、中国の国営銀行や通信企業がどのように運営されているかに似ています。政策目標によって株主への還元は抑制されていますが、中国の消費者や経済にとっては明らかに良いことです。

では、もう中国のインターネット銘柄へは投資できないのでしょうか?いいえ、そんなことはありません。これらの企業は、素晴らしいプラットフォームと革新的な経営陣を持ち、場合によっては極めて強力なキャッシュフロー創出力を有しているのです。足元進んでいる事態が落ち着き、パニック的な売りが収まれば、私たちはこのセクターに再度目を向け始めるでしょう。

当社は現在、中国のインターネット関連銘柄に追加投資するのではなく、新しい政策の方向性に直接影響される可能性が低い一方、売られて株価が下がっている銘柄に注目しています。
中国のインターネットセクターについて最悪のケースは、それほど悪いものではないかもしれません。想定される最悪のケースとして、中国のインターネット企業が新たな中国の銀行になるような場合を仮定しましょう。中国の銀行は、完全な商業銀行として運営されるのではなく、ハイブリッドな国営銀行として運営されると市場参加者が考えたため、過去12年間で価値が大きく低下しました。
中国の優れた国営銀行の1つである中国建設銀行のチャート(図表2)が示すように、2009年から2021年にかけて、株価純資産倍率が約3倍から0.5倍に下落しました。しかし、5年前の2016年に中国建設銀行の株式を購入して5年間保有していた場合、トータルリターンは34%(年率6%)でした(図表3)。これは、ハンセン中国企業株指数のリターン21.7%(年率4%)を大幅に上回っています。このように、現時点ではインターネット銘柄を購入しませんが、購入するにあたって魅力的と考える株価水準があります。


(図表2)中国建設銀行の株価純資産倍率

(図表3)直近5年間中国建設銀行の株式を保有していた場合のトータルリターン

結局のところ、アジアへの投資家として、中国は重要な地域であることに変わりはありませんが、これまで以上に慎重に行動することになるでしょう。中国の強力なマクロ経済は引き続き投資において魅力的な要素ですが、ミクロの世界は変化しています。中国には依然として素晴らしい企業があり、規制リスクにさらされていないエリアにおいて、株価が割安な銘柄に注目していきたいと考えています。



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組織名
シュローダー・インベストメント・マネジメント株式会社
ホームページ
https://www.schroders.com/ja-jp/jp/asset-management/
代表者
黒瀬 憲昭
資本金
49,000 万円
上場
非上場
所在地
〒100-0005 東京都千代田区丸の内一丁目8番3号丸の内トラストタワー本館21 階
連絡先
03-5293-1500

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