東京都市大学(東京都世田谷区、学長:三木 千壽)理工学部 原子力安全工学科の高木 直行教授らは、悪性黒色腫や白血病等の新たな治療法として、近年注目される「α線源内用療法」の医薬品主成分であるアクチニウム225(以下、Ac-225)を効率的に生成する技術を考案しました。
わが国における死亡原因の第一位とされる「がん」の放射線治療は日々進歩しており、近年、病巣の内部からα線を照射し、がん細胞を死滅させる「α線源内用療法」の開発と普及に期待が集まっています。しかしながら、Ac-225は様々ながんへの有効性が確認されているものの、その有効な生成技術が確立しておらず、現在、全世界における供給量は年間約3千人分程度にとどまっています。
今回考案した生成技術は、ラジウムに比べ、自然界に約50倍豊富に存在するトリウム230(以下、Th-230)を原料とし、既存の発電用軽水炉で長期間中性子照射することによりトリウム229(以下、Th-229)へ変化させた後、目的のAc-225を約2ヵ月毎に分離・抽出するものです。Th-229の半減期は約8千年と長いため、半永久的な生成と量産が可能となります。
今後は、実用化に向けた研究を継続し、国内の既存設備を用いた医療物資の自給への貢献を図ります。なお、この研究は文部科学省の「国家課題対応型研究開発推進事業(原子力システム研究開発事業)JPMXD0220354346」の助成を受けて実施したもので、成果の一部は5月26日(水)に開催される核医学・核工学シンポジウム「がんを制する人工核種をつくる」にて発表の予定です。
<本研究のポイント>
○がん治療への有効性が近年確認され注目の集まるα放出核種(※1)Ac-225の効率的生成法を考案
○国内既存の軽水炉にて、発電の傍ら、効率的にAc-225を生成(原子炉の多価値化)
○自然界に比較的多く存在するTh-230の1回長期照射により、半永久的にAc-225を供給可能
<概要>
東京都市大学 理工学部 原子力安全工学科の高木 直行教授らは、悪性黒色腫、神経膠腫、白血病など多様ながんの治療法として期待されるα線源内用療法(※2)用医薬品主成分のアクチニウム225(以下、Ac-225)を効率よく生成できる新しい技術を考案しました。Ac-225は複数回のα崩壊(※3)を経て安定化する自然界に存在しない放射性核種(※4)であり、臨床研究でがん治療効果が高いことが世界中の専門家の間で確認されていますが、医療に使うほどの量を生成する技術が確立されていないことや、その原料候補であるラジウムの希少性が問題になっていました。この度、考案した新技術は、ラジウムに比べ自然界に約50倍豊富に存在するトリウム230(以下、Th-230)を商用原子炉の燃料集合体内にある空きスロットに装荷し、原子炉内での長期中性子照射によりトリウム229(以下、Th-229)へと核変換(※5)した後、使用済み燃料として取り出された集合体からトリウムペレットを回収し、その自然崩壊で生み出されるAc-225を約2ヶ月毎に分離(ミルキング※6)して放射性医薬品とするものです。Th-229の半減期は約8千年と長く、半永久的にAc-225を生成できることから、他の方式に比べ安価かつ安定的な生成法となる可能性があります。
α線源内用療法自体はすでに一部で実用化されており、我が国では2016年にラジウム223(以下、Ra-223)を含む薬剤が骨転移のある去勢抵抗性前立腺癌の骨転移治療薬として承認されています。より多様ながんへの有効性が期待されているAc-225については、現在の生産源が、かつて核兵器開発が活発に行われた時代に生成された核分裂性物質のウラン233(以下、U-233)であるため、全世界の供給量は60GBq/年程度に限られています。これは年間約3千人分の治療量に相当しますが、世界的な規模では研究用途としても十分とは言えない量です。今後の需要増へ対応するため、現在、各国の研究機関や企業はAc-225生成技術の開発にしのぎを削っています。
高木教授が考案した技術は、発電用軽水炉(現研究では例として加圧水型軽水炉[PWR])を使います。燃料ピンが束ねられた燃料集合体には炉内計装や制御棒案内用のシンブル(金属管)があります。原子炉運転中の炉内出力分布測定や制御棒挿入のために設けられていますが、それらの全ては使用されておらず空きのシンブルもあります。ここにTh-230の酸化物ペレットを挿入しておき、この燃料集合体が使用済み燃料として取出されるまで炉内に保持します。約4、5年後の燃料取出し時には中性子の重照射を受けたTh-230が1gあたり数mgのTh-229に核変換しており、取出し後一定の冷却期間をおき小規模な再処理を経て核分裂生成物等を除去するとともにトリウムを回収します。その自然崩壊により、半減期約10日のAc-225は2ヶ月弱で飽和量まで蓄積するため、これを繰り返しミルキングすることで半永久的にAc-225を生成することが可能となります。例えば、炉心に約200体ある燃料集合体の内1体の空きシンブルに100cm3程のトリウムペレット装荷を想定すると、現在の世界供給量と同程度の生成量が得られます。再稼働が進む軽水炉を複数基利用すれば、日本は事実上Ac-225輸出国にもなり得ます。
<研究の背景>
わが国において、がんは死亡原因の第1位であり、今や3人に1人ががんにより亡くなっています。こうした中、近年のがんに対する放射線治療の進歩は目覚ましく、新規治療法である「α内用療法」の開発とその普及への期待が高まっています。
α内用療法とは、α線を放出する非密封線源を含んだ薬剤を病巣(がん、あるいは良性疾患)に選択的に取り込ませ、病巣の内部からα線を照射しがん細胞を死滅させる治療法です。これまで用いられてきたβ線源に比べて飛程が短く線エネルギー付与が大きいことや、体外から中性子や重イオンを照射する方式と異なり体内から照射を行うことから、正常細胞の損傷を最小限に抑えつつ、近傍の腫瘍細胞のみへの効率的照射が可能であり、全身へ転移した複数のがん細胞の大半を約半年で死滅させるなど、その有効性が報告されています。
現在のAc-225の供給は、かつて核兵器開発が活発に行われていた時代、米露にて生成された核分裂性物質U-233の崩壊によるもので、全世界で60GBq/year程度の供給量に限られ、研究に必要な量にも足らない状況にあります。
<研究の社会的貢献および今後の展開>
がん治療へのAc-225の有効性は広く認められつつあり、IAEA(国際原子力機関)は「Ac-225の生成法」のみをテーマとしたワークショップを開催したり、各国で過去の医療廃棄物として保管されていたラジウム(Ac-225を生成する原料物質)が調達困難になるなど、世界的に活発な動きがあります。欧米各国においては、メラノーマ、グリオーマ、白血病等への応用を視野に臨床試験が実施されており、今後Ac-225の需要量は爆発的に増加すると予想されています。
エネルギー資源と同様、希少な医療物質を国内の既存設備を用いて自給する技術を確立することは、国民の健康と福祉に大きく貢献するものと考えられます。また、商業用原子炉は現在、電気を生成する装置としてのみ活用されていますが、本技術は商業炉での核反応をエネルギー生産以外の、医学・医療分野に活用する発展的な技術です。
<用語解説>
※1 α放出核種:
α線を放出する放射性核種。ほとんどが、ウラン及びそれ以上の重さを持つ核種、又はそれらが順次壊れることによってできた核種であり、半減期が長いものが多い。
※2 α線源内用療法:
α線を放出する非密封線源を含んだ薬剤を病巣(がん、あるいは良性疾患)に選択的に取り込ませ、病巣の内部からα線を照射しがん細胞を死滅させる治療法。これまで用いられてきたβ線源に比べて飛程が短く線エネルギー付与が大きいことや、体外から中性子や重イオンを照射する方式と異なり体内から照射を行うことから、正常細胞の損傷を最小限に抑えつつ、近傍の腫瘍細胞のみへの効率的照射が可能であり、全身へ転移した複数のがん細胞の大半を約半年で死滅させるなど、その有効性が報告されている。
※3 α崩壊:
原子核の放射性崩壊の一つ。原子核がα 粒子を放出して他種の原子核に変わる過程。主に原子番号83(ビスマス)以上の原子核にみられる。α崩壊によって原子核の原子番号は2、質量数は4 減少する。
※4 放射性核種:
原子核が不安定で壊変により放射線を放出する核種。ラジオアイソトープともいう。自然放射能として天然に存在するものと、加速器や原子炉で人工的につくられるものがあり、物理学、化学、生物学、医学、工学、農学、および産業の各分野で広く利用されている。放射性同位元素は安定な同位元素と化学的性質が同じであり、放射線を出す特徴を生かしてトレーサーとして用いられる。生体内の微量な元素の行動や、化学反応における原子の置換の研究はその例である。コバルト 60 などから放出される強いγ線は物体内部の検査をはじめ工業的に広く用いられる。またγ線による医療、殺菌、品種改良なども行われている。他方、不用意な使用は人体に放射線障害を引き起こす。
※5 核変換:
ある原子核に中性子等の放射線を照射し、核反応によって別の原子核に変えるプロセス。例えば、自然界に存在する安定同位体に中性子等の放射線を照射して医療診断や治療に用いる放射性同位体を生成したり、使用済み燃料に含まれる放射性毒性が強くかつ半減期の長い放射性核種に中性子等の放射線を照射し、安定あるいは半減期の短い核種に変換し廃棄物問題を緩和する研究等が行われている。
※6 ミルキング:
長半減期の放射性核種の崩壊から短半減期核種を繰り返し分離・抽出する操作。放射平衡が成立している場合、長い半減期をもつ親核種から短寿命の娘核種を分離しても、しばらくすれば再び娘核種が生成・蓄積するので、適当な時間(普通娘核種の半減期の数倍に時間)をへだてて何回でも繰り返し娘核種を分離・抽出できる。この操作は、乳牛から時間を経てミルクを搾り取るのと同様な操作であるところから、ミルキングと呼ばれている。
<補足>
・5月26日(水)開催
核医学・核工学シンポジウム「がんを制する人工核種をつくる」~内用療法向けα放出核生成技術の最前線~
詳細:
http://www.nuc.tcu.ac.jp/18545/
※オンライン(ZOOM)開催、参加無料
・文部科学省国家課題対応型研究開発推進事業(原子力システム研究開発事業)「ボトルネック課題解決型」(国内の原子力インフラを活用した医用RIの自給技術 確立に向けた研究開発)に採択
詳細:
https://www.tcu.ac.jp/news/all/20201126-33360/
<共同研究者>
本学 総合理工学研究科 博士後期課程5年 共同原子力専攻 岩橋 大希
本学 総合理工学研究科 博士前期課程1年 共同原子力専攻 佐々木 悠人
本学 総合理工学研究科 修士課程2年 共同原子力専攻 川本 航大 (研究当時、2020年3月修了)
▼本件に関する問い合わせ先
企画・広報室
住所:東京都世田谷区玉堤1-28-1
メール:toshidai-pr@tcu.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
https://www.u-presscenter.jp/