玉川大学大学院農学研究科(東京都町田市/学長:小原芳明)の宇賀神篤博士(日本学術振興会特別研究員PD)、松尾晃史朗氏(修士課程2年)らは、クロマルハナバチの左右半身性モザイク個体を対象とした性フェロモンの分析や性決定遺伝子の解析等から、外見とは異なり、体内の器官の雌雄分布が必ずしも左右半々ではないことを明らかにした。本研究成果は欧州の科学雑誌“The Science of Nature -Naturwissenschaften-”(オンライン版)に2016年2月11日に掲載された。
【掲載論文名】
Expression profile of the sex determination gene doublesex in a gynandromorph of bumblebee, Bombus ignitus
【クロマルハナバチの雌雄モザイク(ジナンドロモルフ)個体における性決定遺伝子doublesexの発現特性】
生物にとって、「オスであるかメスであるか」を決める仕組みは大変重要である。哺乳類とは異なり、昆虫では性の決定が細胞単位で起こる(哺乳類の場合は発生の途中でホルモンの作用で全身的に起こる)。そのため、稀に、一匹で雌雄両性の特徴を併せ持つ「雌雄モザイク(ジナンドロモルフ)個体」が出現する。そうした雌雄モザイク個体について、外見や行動に関する報告は多数あるが、体の内部について着目した研究はほとんど行われていない。今回、研究室で飼育管理されていたクロマルハナバチのコロニーから雌雄モザイク個体を発見し、外見上の特徴と性行動の調査に加え、体内の複数の器官について化学分析と分子生物学的手法による詳細な性の解析を行った。昆虫の雌雄モザイク個体に対してこのような多角的な検討を行った例は、本研究が世界初となる。
【研究成果の概要】
1)外観上は、左半身がオス/右半身がメスの特徴をそれぞれ有していた
2)生殖関連器官はメスの特徴を有していた
3)頭部内のフェロモン合成器官は左側のみオス特有の性フェロモン成分を合成していた
4)性決定遺伝子doublesexの発現パターンから、脳は左半球がオス/右半球がメスと推定された一方、脂肪体(我々の肝臓に似た働きをもつ器官)と腸はほぼ一様にメスの特徴を示していた
【実験結果】
この雌雄モザイク個体は、色彩や体表構造といった外観上は左半身がオスで右半身がメスの特徴をそれぞれ有していた(図1)。性行動について調べるために雌雄モザイク個体に新女王蜂(生殖能力のあるメス)を提示したところ、通常のオスの場合と異なり交尾を試みることはなかった。腹部の生殖に関わる器官はメスとしての特徴を示した。一方、頭部を解剖したところ、左半身で大きく発達した下唇腺が観察された。マルハナバチでは下唇腺はオスで良く発達し、新女王蜂を誘引するフェロモン成分を合成している。そこで、左右の下唇腺に含まれる化学物質を分析したところ、左半身の発達した下唇腺からのみ、以前に共同研究者が報告したクロマルハナバチのオスに特有な2種の化学物質(Kubo and Ono, 2010)*1が検出された。つまり、下唇腺は見た目だけでなく機能面でも左右で雌雄が異なっていたことになる。
次に、形態的特徴による雌雄の判定が困難である器官について、分子生物学的手法を用い、性を決める役割を持つdoublesex遺伝子が雌雄どちらのパターンになっているのかを調べた。図2に示すように、脳では左側がオス型であるのに対し右側でメス型のパターンとなっていた。一方、脂肪体(腹部にあり、我々の肝臓に似た働きを持つ)と腸はほぼ一様にメス型のパターンとなった。外部形態が綺麗な左右半々の雌雄分布となっていたことを考えると、これは予想外の結果となった。
ハチの仲間は、一倍体がオスに、二倍体がメスになる「半倍数性決定」と呼ばれる特殊な仕組みで性が決定される。遺伝マーカーを使用した解析から、今回の雌雄モザイクにおいてもオスの特徴を示した部分は一倍体、メスの特徴を示した部分は二倍体であることが確認された。
*1: Kubo R, Ono M (2010) Comparative analysis of volatile components from labial glands of male Japanese bumblebees (Bombus spp.). Entomol Sci 13:167-173
【研究の意義】
雌雄モザイク現象そのものはさまざまな昆虫種で報告があるが、体内の器官の性構成に着目した詳細な解析を実施した例はほとんど存在しない。特に、外観上左右で異なる性の特徴を有する個体について、内部器官の性分布が必ずしも左右対称とはなっていないことを明瞭に示した点は、世界初の成果である。このような外部形態と内部器官の性の不一致が生じた正確な理由は不明であるが、今後、他の雌雄モザイク個体に対しても、今回のような性決定遺伝子のパターンを利用した性の判定を広く適用することで、一見奇妙と思える性分布を生み出す詳しい仕組みの理解が進むことと期待される。
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