― Gcm1・Gcm2遺伝子が歩んだ対照的な進化の道 ―
東京慈恵会医科大学解剖学講座の庄野孝範助教、岡部正隆教授らの研究グループは、国立遺伝学研究所との共同研究により、ヒトでは胎盤と副甲状腺という異なる器官の形成に関わる2つの遺伝子が、共通して鰓(えら)で発現していたことを明らかにしました。これは、魚類や両生類などさまざまな脊椎動物でGcm1とGcm2遺伝子(注1)を比較した結果で、進化の過程では、Gcm2が祖先的な発現の特徴を保ってきたのに対し、Gcm1では、一部の系統では遺伝子そのものが失われ、別の系統では鰓以外の組織にも発現するなど、異なる進化を遂げていたことが分かりました。
本研究の成果は、Evolution & Development 誌に2026年8月19日付けで掲載されました。
【概要】
私たちの体をつくる器官は、長い進化の中でどのように生まれてきたのでしょうか。その手がかりの一つが、器官形成に関わる遺伝子を、さまざまな動物で比較することです。
私たちヒトでは、Gcm1とGcm2という「兄弟遺伝子」が、それぞれ胎盤と副甲状腺の形成に重要な役割を果たしています。この2つの遺伝子は共通の祖先遺伝子から生じたにもかかわらず、なぜ現在では全く異なる器官で働いているのでしょうか。
Gcm2については、魚類の鰓で発現することが知られており、鰓と副甲状腺がともに咽頭領域から生じることから、進化を通じて祖先的な発現の特徴を保ってきたと考えられています。一方、Gcm1が哺乳類以外でどのように使われているのかは、ほとんど分かっていませんでした。
本研究では、Gcm1とGcm2の発現を脊椎動物の幅広い系統で比較し、2つの遺伝子の発現が進化の中でどのように保存され、変化してきたのかを調べました。ゲノム情報の比較に加え、サメ、ポリプテルス、チョウザメ、両生類などを用いて、Gcm1とGcm2がどの組織で発現しているのかを解析しました。
その結果、現在生息する魚類の大部分を占める真骨魚類(注2)では失われているGcm1が、魚類の進化の早い段階で分岐した軟骨魚類のサメや、真骨魚類よりも早く分岐したポリプテルスやチョウザメ(注3)では保持されていることが分かりました。さらに、これらの魚類や両生類でGcm1の発現を調べたところ、いずれも鰓で発現していました。Gcm2もこれらの動物の鰓で発現していたことから、Gcm1とGcm2は祖先的に鰓での発現を共有していた可能性が示されました。
一方、2つの遺伝子の発現には違いもみられました。特にポリプテルスでは、Gcm1とGcm2は同じ鰓の中でも異なる部位の細胞に発現し、Gcm1はさらに体表の細胞にも発現していました。Gcm1は哺乳類でも、胎盤に加えて腎臓や胸腺などでの発現が報告されています。これらのことから、Gcm1は脊椎動物の進化の中で、発現する組織や細胞を多様化させてきた可能性が考えられました。
遺伝子が重複して生じた2つの遺伝子は、その後それぞれ異なる進化の道をたどることがあります。今回の研究からは、Gcm2が祖先的な発現の特徴をよく保ってきた一方で、Gcm1はより多様な組織や細胞で発現するようになってきたという、2つの「兄弟遺伝子」の対照的な進化の姿が見えてきました。本論文のタイトル Two Paralogues As They Like It は、この対照的な進化を、シェイクスピアの『お気に召すまま(As You Like It)』に登場する兄弟オリヴァーとオーランドになぞらえたものです。
【研究の詳細】
1. 背景
脊椎動物は進化の過程で、それぞれの生活環境や繁殖様式に適応した多様な器官を獲得してきました。こうした器官の成り立ちを理解する手がかりの一つが、その形成に関わる遺伝子です。同じ遺伝子が異なる動物のどの器官で発現しているかを比較することで、器官の形成に関わる仕組みが進化の中でどのように変化してきたのかを探ることができます。
Gcm1とGcm2は、Gcm遺伝子ファミリーに属する2つの遺伝子です。哺乳類では、Gcm1は胎盤、Gcm2は副甲状腺という異なる器官の形成に重要な役割を果たしています。
魚類ではGcm2が鰓で発現することが知られており、鰓と副甲状腺の進化的なつながりが研究されてきました。一方、Gcm1はゼブラフィッシュなどの真骨魚類では遺伝子そのものが失われていることもあり、哺乳類以外でどのような組織に発現するのかについては、知見が限られていました。
そこで本研究では、Gcm1とGcm2を幅広い脊椎動物で比較し、その発現にみられる共通点と違いから、2つの遺伝子がたどってきた進化の一端を明らかにすることを目指しました。
2. 研究方法
本研究では、脊椎動物におけるGcm1とGcm2の進化を調べるため、まず公開されているゲノム情報を用いて、さまざまな脊椎動物がGcm1とGcm2を持つかどうかを比較しました。
次に、サメ、ポリプテルス、チョウザメ、両生類などを対象に、Gcm1とGcm2の発現を解析しました。サメは、硬骨魚類とは早い段階で分かれた軟骨魚類に属し、ポリプテルスとチョウザメは、ゼブラフィッシュなどの真骨魚類よりも早い時期に分岐した魚類です。なかでもポリプテルスは、鰓に加えて肺を持つなど、陸上脊椎動物につながる魚類と共通する特徴を持つことから、脊椎動物の器官進化を考える上で重要な比較対象です。本研究グループではポリプテルスを継続的に飼育・繁殖しており、胚・幼生から成体まで詳しく解析しました。このように進化的位置の異なる現存の動物を比較することで、共通祖先でのGcm1とGcm2の発現を推定し、その後どのような変化が生じてきたのかを探りました。
3. 結果・成果
まず、脊椎動物のゲノム情報を用いて、Gcm1とGcm2の周辺にある遺伝子の並びを比較するシンテニー解析(注4)を行いました。その結果、Gcm1はゼブラフィッシュなどの真骨魚類では失われている一方、サメなどの軟骨魚類や、ポリプテルス、チョウザメなど、真骨魚類よりも早く分岐した魚類では保持されていることが分かりました。
そこで、これらの動物でGcm1の発現を調べたところ、胚・幼生期の鰓でGcm1が発現していることを明らかにしました。Gcm2も脊椎動物の鰓で広く発現していたことから、現在の哺乳類では胎盤と副甲状腺という異なる器官に関わるGcm1とGcm2が、祖先的には鰓での発現を共有していた可能性が示されました(図1)。
図1.脊椎動物におけるGcm1とGcm2の発現部位の比較
本研究で比較した脊椎動物のうち、代表的な系統を模式的に示しています。Gcm1とGcm2はいずれも魚類の鰓で発現するという共通点を持つ一方、その発現には違いもみられます。Gcm2(青)は魚類・両生類では鰓、哺乳類では副甲状腺に発現するのに対し、Gcm1(ピンク)は鰓や体表、哺乳類では胎盤、腎臓、胸腺など、さまざまな組織で発現します。また、Gcm1はゼブラフィッシュなどの真骨魚類では消失しています。
一方、2つの遺伝子の発現には違いもみられました。特にポリプテルスでは、Gcm1とGcm2は同じ鰓の中でも異なる部位の細胞に発現していました。また、Gcm1は鰓だけでなく体表の細胞にも発現していました。さらに、Gcm1はこれまでに腎臓や胸腺などでも発現することが報告されています。
これらの結果から、Gcm1とGcm2には鰓で発現するという祖先的な共通性が残されている一方、その後の進化では、それぞれ異なる発現パターンを獲得してきた可能性が示されました。Gcm2が鰓を中心とした発現を保ってきたのに対し、Gcm1では発現する場所が多様化し、その一つとして哺乳類では胎盤形成にも重要な役割を担っています。シェイクスピアの『お気に召すまま(As You Like It)』に登場する兄弟オリヴァーとオーランドが、同じ家族に生まれながら異なる道をたどったように、Gcm1とGcm2も共通の起源をもちながら、それぞれ異なる進化の道を歩んできたと考えられます。
4. 今後の応用、展開
本研究により、Gcm1とGcm2には鰓で発現するという共通性がある一方、その発現には異なる特徴があることが分かりました。今後、ポリプテルスの鰓や体表でGcm1がどのような機能を担っているのかを明らかにし、哺乳類での働きとの共通点や違いを調べることで、Gcm1が脊椎動物の進化の中でどのように多様化し、胎盤形成に関わるようになったのか、その進化的な背景を探っていきます。
こうした研究は、進化の過程で既存の遺伝子が異なる器官でどのように利用されてきたのかを明らかにし、私たちヒトの体を構成する器官の成り立ちを理解することにもつながります。
5. 脚注、用語説明
注1 Gcm1・Gcm2
Gcm(Glial cells missing)遺伝子ファミリーに属する遺伝子です。Gcm遺伝子は、もともとショウジョウバエで神経系のグリア細胞の形成に関わる遺伝子として発見されました。脊椎動物では、共通の祖先遺伝子から生じたパラログと呼ばれる関係にあるGcm1とGcm2の2つが存在します。哺乳類ではGcm1は胎盤、Gcm2は副甲状腺の形成に重要な役割を果たしています。
注2 真骨魚類
現在生息する魚類の大部分を占めるグループで、ゼブラフィッシュ、メダカ、フグなどが含まれます。ポリプテルスやチョウザメよりも後に分岐した系統で、本研究では複数の真骨魚類でGcm1が失われていることが示されました。
注3 ポリプテルス・チョウザメ
いずれもゼブラフィッシュなどの真骨魚類よりも早い時期に分岐した条鰭類です。そのため、真骨魚類で失われた特徴や、条鰭類の進化の初期にみられた特徴を調べる上で重要な比較対象となります。特にポリプテルスは鰓に加えて肺を持つなど、陸上脊椎動物との進化的比較に重要な特徴を備えています。
注4 シンテニー解析
異なる生物の間で、染色体上の遺伝子の並びを比較する解析です。ある遺伝子とその周辺にある遺伝子の位置関係を比較することで、その遺伝子が進化の過程で保存されてきたのか、あるいは失われたのかを調べる手がかりになります。本研究では、Gcm1とGcm2の周辺の遺伝子の並びを比較しました。