東京慈恵会医科大学 細菌学講座の杉本 真也 准教授(同大学プロジェクト研究部アミロイド制御研究室、室長兼任)、原 慧一郎 大学院生(研究当時)、金城 雄樹 教授らの研究グループは、東京大学 大学院医学系研究科 附属疾患生命工学センターの村上 誠 教授、武富 芳隆 講師、長崎 祐樹 助教、産業技術総合研究所の佐藤 主税 博士(現・青山学院大学)と共同で、黄色ブドウ球菌(注1)が形成するバイオフィルム(注2)において、細胞膜を構成するリン脂質リジルホスファチジルグリセロール(L-PG)(注3)が菌体外マトリクスに存在し、細菌同士を結び付ける「分子の接着剤」として機能することを見出しました。
本研究の成果は、英学術誌「npj Biofilms and Microbiomes」に2026年8月6日付けで掲載されました。
【概要】
バイオフィルムとは、細菌が表面にくっついて増殖し、菌体外マトリクスで自らを包み込むようにしてできる集合体です。この状態になると、細菌は抗菌薬や免疫の攻撃を回避できるため、感染が慢性化しやすくなります。研究グループは、抗菌薬に耐性を示し抗生物質が効きにくいことで知られる、特に入院患者で難治性感染症を起こして問題になる「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)(注4)」が作るバイオフィルムの構成成分を詳しく調べた結果、L-PGが細胞外でMRSA同士を結び付け、バイオフィルムを組み立てる「分子の接着剤」として働くことを発見しました。これは、これまであまり注目されてこなかったリン脂質が、バイオフィルムの立体構造の形成と維持に重要な働きをしていることを示す新しい発見です。今回の成果は、バイオフィルムを支える新たな分子基盤を明らかにしたものであり、難治性感染症に対する新しい抗バイオフィルム治療法や予防法の開発につながることが期待されます。
研究成果のポイント
1 難治性感染症を引き起こす黄色ブドウ球菌のバイオフィルムの構造を支える新たな菌体外マトリクス成分、L-PGを発見しました。
2 L-PGが細菌同士を結び付ける「分子の接着剤」として働き、バイオフィルム形成を促進することを明らかにしました。
3 リン脂質分解酵素ホスホリパーゼA1(PLA1)(注5)は、細胞外リン脂質を切断することで成熟したバイオフィルムを崩壊させ、新たな形成を抑制する効果がありました。
4 薬が効きにくい「難治性感染症」に対し、細菌そのものを殺すのではなく、バリアを狙い撃ちして無力化するという新たな手法が期待されます。
【研究の詳細】
1. 背景
バイオフィルムとは、微生物が表面に付着し、菌体外マトリクスに包まれて形成する集合体です。水の浄化や発酵食品の製造などに役立つ一方で、病原菌が形成すると感染症や虫歯の原因となります。特に、中心静脈カテーテルや人工関節などの医療機器に形成されたバイオフィルムは、抗菌薬や免疫が効きにくく、難治性感染症を引き起こすため大きな医療課題となっています。
バイオフィルムを形成する細菌は、「菌体外マトリクス」と呼ばれるネバネバした物質に包まれています。この菌体外マトリクスには、タンパク質、多糖、DNAやRNAなどの核酸が含まれることが知られています。特にDNAは黄色ブドウ球菌バイオフィルムの主要な構成成分であり(参考文献①)、私たちの研究グループはさらに、環境中のRNAも菌体外マトリクス成分として利用されることを報告しました(参考文献②)。
一方、細胞膜を構成するリン脂質も菌体外マトリクスに存在する可能性が示唆されていましたが、その種類や役割についてはほとんど明らかになっていませんでした。
2. 研究方法と成果
① バイオフィルムを壊す酵素「PLA1」の働きを確認した。
研究チームは、東京慈恵会医科大学附属病院で採取された黄色ブドウ球菌の臨床分離株を使い、バイオフィルムに対するリン脂質分解酵素ホスホリパーゼA1(PLA1)の作用を調べました。実験の結果、PLA1は細菌そのものを殺すわけではありませんが、細菌が新しくバイオフィルムを作るのを防ぐことができ、いったん作られたバイオフィルムもPLA1によって壊されることを確認しました(図1)。これは、細菌の“防御バリア”を標的とする新しい抗バイオフィルム戦略として期待されます。
② バイオフィルムの菌体外マトリクス成分の中に、リン脂質が含まれていた。
独自に開発した菌体外マトリクス抽出法(参考文献③、④)を用いて黄色ブドウ球菌バイオフィルムを解析し、リピドミクス(注6)を実施しました。その結果、PG、L-PG、カルジオリピンが検出され、特にL-PGとカルジオリピンの一部が菌体外マトリクスに多く存在することが分かりました。さらに、これらのリン脂質はPLA1によって分解されることも確認しました。
③ L-PGは細菌同士を結び付ける「分子の接着剤」として働いていた。
次に研究チームは、L-PGなどのリン脂質が細菌のふるまいにどう影響するかを調べました。試験管の中でMRSAの細胞にこれらのリン脂質を加えたところ、L-PGがあると細菌同士がくっつきやすくなることが分かりました。L-PGは正の電荷を持ち、負に帯電したMRSA細胞表面と引き合うとともに、脂質どうしの疎水性相互作用によって細菌同士の凝集を促進しました。負に帯電したシリカビーズを用いた実験でも同様の現象が確認されました。
また、共焦点レーザー顕微鏡(注7)、大気圧走査型電子顕微鏡(注8)、および超高分解能電界放出形走査型電子顕微鏡(注9)を用いてMRSAの凝集塊を詳しく観察した結果、MRSAの細胞同士がくっつくときに、L-PGの微粒子が細胞同士の結合面に多く集まっていることを確認しました(図2)。
これらの結果から、L-PGは菌体外マトリクス中で細菌同士を結び付ける「分子の接着剤」として機能することが明らかになりました。
④ バイオフィルムの形成に必須な酵素の機能を独自の可視化技術で証明した。
L-PGを作るには「MprF」という酵素が必要です。研究チームは、このMprFを持たない黄色ブドウ球菌の変異株を作り、どのようにバイオフィルムの形が変わるかを観察しました。観察には、研究チームが開発した透明化イメージング技術(iCBiofilm法)(注10)(参考文献⑤)を使いました。その結果、MprF欠損株ではL-PGが失われ、バイオフィルムの厚みや立体構造が著しく低下することを確認しました(図3)。
3. 今後の応用、展開
今回の研究により、細胞膜リン脂質L-PGが菌体外マトリクス中で細菌同士を結び付ける新たな菌体外マトリクス成分であることが明らかになりました(図4)。これは、いままで見落とされてきたリン脂質が、細菌がバイオフィルムを作る上で重要な役割をしていることを示す新しい発見です。L-PGはMRSAだけでなく、他の細菌の細胞膜にも広く存在します。そのため、本研究で明らかになった仕組みは、より多くの細菌に共通する可能性があります。とはいえ、なぜこのリン脂質がバイオフィルムの菌体外マトリクスに多く集まるのか、また、なぜPLA1は細菌の細胞膜を傷つけず、菌体外マトリクス内のリン脂質だけを切断するのかなど、まだわかっていないことも残されています。今後は、L-PGが菌体外マトリクスに集積する仕組みや、PLA1が細胞膜を傷つけずに菌体外リン脂質のみを分解できる理由を解明するとともに、PLA1をはじめとする分解酵素を組み合わせた「酵素カクテル」の有効性を検証します。さらに、本研究を基盤として、さまざまな細菌のバイオフィルムを標的とする新しい制御技術を開発し、難治性感染症に対する予防法・治療法の実現を目指します。
図1.PLA1によるMRSAバイオフィルムの破壊.
A.共焦点レーザー顕微鏡(CLSM)像.B.FE-SEM像.PLA1処理後にバイオフィルムが菲薄化し、MRSAの細胞表層の微粒子が消失している。
図2.L-PGによって誘導されるMRSAの細胞凝集塊の顕微鏡像.
CLSM観察ではリン脂質に結合するFM1-43で染色しており、L-PG添加時はその局在が強調されている(右上図中の白い部分).
図3. MRSAのバイオフィルム形成におけるL-PG生合成酵素MprFの重要性.
MRSAのバイオフィルムをFM1-43で染色し、iCBiofilm法で透明化後、THUNDER Imaging System(ライカマイクロシステム社)を用いて観察した.色はバイオフィルムの高さを示しており、野生株に比べてmprF欠損株ではバイオフィルムが菲薄化している.
図4. L-PGによって誘導される黄色ブドウ球菌の凝集メカニズム.
4. 脚注、用語説明
(注1)黄色ブドウ球菌:
皮膚や鼻腔などに常在する細菌ですが、様々な毒素や病原因子を保有し、毛嚢炎、皮膚膿瘍、蜂窩織炎などの皮膚感染症に加えて、肺炎、骨髄炎や敗血症などの重篤な感染症を引き起こします。また、食中毒の原因菌としても知られています。
(注2)バイオフィルム:
細菌が固体表面に付着し、自ら産生する菌体外マトリクスに包まれて形成する集合体。抗菌薬や免疫の作用を受けにくく、慢性感染症の原因となります。河川や海洋などの自然環境をはじめ、台所や浴室などの生活環境、歯垢や皮膚、植物の根など、地球上のさまざまな環境に広く存在しています。
(注3)Lysyl-phosphatidylglycerol(L-PG):
黄色ブドウ球菌の主要な細胞膜リン脂質の一つ。ホスファチジルグリセロール(PG)にアミノ酸のリジンが結合した構造を持ちます。本研究では、細胞外で細菌同士を接着し、バイオフィルム形成を支える新たな機能を持つことを明らかにしました。
(注4)メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA):
近年、抗菌薬が効かない薬剤耐性菌の増加が世界的に大きな問題になっています。薬剤耐性菌は有効な抗菌薬が限定されることから、ひとたび感染症を起こすと難治性になります。MRSAは薬剤耐性菌の代表的な菌で、特に入院患者において難治性感染症を引き起こしますが、最近では市中感染も問題になっています。
(注5)ホスホリパーゼA1(PLA1):
リン脂質を分解する酵素。細胞外リン脂質を標的としてバイオフィルムを分散させる作用を示した。
(注6)リピドミクス
生体内に存在する脂質を網羅的に解析し、その種類や量を調べる手法。一般に、高速液体クロマトグラフィー(LC)と質量分析計(MS/MS)を組み合わせた「LC-MS/MS」を用いて解析します。
(注7)共焦点レーザー顕微鏡
レーザー光を用いて試料の断面像を取得し、高解像度な三次元画像を構築できる顕微鏡。バイオフィルム内部の立体構造を観察するために広く用いられています。
(注8)大気圧走査電子顕微鏡
試料を液中かつ大気圧下で観察できる電子顕微鏡。生体試料を乾燥させることなく微細構造を観察できることが特徴です。日本電子株式会社と、本研究の共著者である佐藤主税博士らによって開発されました。
(注9)超高分解能電界放出形走査電子顕微鏡
電界放出型電子銃を備えた走査電子顕微鏡。試料表面の微細構造をナノメートルレベルの高い分解能で観察できます。
(注10)iCBiofilm(アイ・シー・バイオフィルム)法:
Instantaneous Clearing of Biofilm(瞬時バイオフィルム透明化法)の略称で、「I see biofilm(バイオフィルムが見える)」にも由来します。光の散乱を抑えてバイオフィルムを透明化することで、従来は表面から約20 µm程度までしか観察できなかった厚いバイオフィルム内部を、500 µmを超える深さまで三次元的に観察できます。本手法は、本研究の責任著者である杉本真也によって開発されました。
5. 引用文献
1 Broad impact of extracellular DNA on biofilm formation by clinically isolated Methicillin-resistant and -sensitive strains of Staphylococcus aureus.
Shinya Sugimoto, Fumiya Sato, Reina Miyakawa, Akio Chiba, Shoichi Onodera, Seiji Hori, and Yoshimitsu Mizunoe
Scientific Reports 2018; 8 (1): 2254. doi: 10.1038/s41598-018-20485-z.
2 Staphylococcus aureus utilizes environmental RNA as a building material in specific polysaccharide-dependent biofilms.
Akio Chiba, Masahide Seki, Yutaka Suzuki, Yuki Kinjo, Yoshimitsu Mizunoe, and Shinya Sugimoto
npj Biofilms and Microbiomes 2022; 8 (1): 17. doi: 10.1038/s41522-022-00278-z.
3 Staphylococcus epidermidis Esp degrades specific proteins associated with Staphylococcus aureus biofilm formation and host-pathogen interaction.
Shinya Sugimoto, Takeo Iwamoto, Koji Takada, Ken-ichi Okuda, Akiko Tajima, Tadayuki Iwase, and Yoshimitsu Mizunoe
Journal of Bacteriology 2013; 195 (8): 1645-55. doi: 10.1128/JB.01672-12.
4 Staphylococcus epidermidis Esp degrades specific proteins associated with Staphylococcus aureus biofilm formation and host-pathogen interaction.
Akio Chiba, Shinya Sugimoto, Fumiya Sato, Seiji Hori, and Yoshimitsu Mizunoe
Microbial Biotechnology 2015; 8 (3): 392-403. doi: 10.1111/1751-7915.12155.
5 Instantaneous Clearing of Biofilm (iCBiofilm): an optical approach to revisit bacterial and fungal biofilm imaging.
Shinya Sugimoto and Yuki Kinjo
Communications Biology 2023; 6 (1): 38. doi: 10.1038/s42003-022-04396-4.
【メンバー】
・東京慈恵会医科大学 医学部 医学科 細菌学講座
准教授 杉本 真也(プロジェクト研究部 アミロイド制御研究室 室長兼任)
大学院生 原 慧一郎(現神奈川リハビリテーション病院 医師)
教授 金城 雄樹(バイオフィルム研究センター センター長兼任)
・東京大学 大学院医学系研究科 疾患生命工学センター 健康環境医工学部門
講師 武富 芳隆
助教 長崎 祐樹
教授 村上 誠
・産業技術総合研究所 生命工学領域
上級主任研究員 佐藤 主税(現日本大学 医学部 客員研究員)
【論文情報】
タイトル:Lysyl-phosphatidylglycerol promotes cell-to-cell contacts and biofilm formation of Staphylococcus aureus as a biofilm matrix component
著者名:Shinya Sugimoto, Keiichiro Hara, Yoshitaka Taketomi, Yuki Nagasaki, Chikara Sato, Makoto Murakami, Yuki Kinjo
掲載誌:npj Biofilms and Microbiomes
DOI: 10.1038/s41522-026-01105-5
URL:
https://www.nature.com/npjbiofilms/journal-impact
【研究支援】
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 若手研究(A)(JP15H05619)、基盤研究(B)(20H02904、JP24K01671)、戦略的創造研究推進事業(ERATO)「野村集団微生物制御プロジェクト」(JPMJER1502)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR2209)、AMED-CREST(JP23gm1210013, JP25gm2110005)、PRIME (JP25gm6910026)などの助成を受けて行われました。
【お問合せ先】
(本研究に関するお問い合わせ)
東京慈恵会医科大学 細菌学講座 杉本 真也
電話 03-3433-1111(代)
メール ssugimoto@jikei.ac.jp
(取材・報道に関するお問い合わせ)
学校法人慈恵大学 経営企画部 広報課
電話 03-5400-1280
メール koho@jikei.ac.jp
東京大学大学院医学系研究科 総務チーム
電話03-5841-3304
メール ishomu@m.u-tokyo.ac.jp
以上