~The Lancet誌にCorrespondenceが掲載~
東京慈恵会医科大学外科学講座乳腺・内分泌外科の伏見淳助教は、全国の乳がん検診におけるマンモグラフィへの超音波検査の併用導入に関して、実社会での費用対効果など慎重に検証することが必要だとする提言を発表しました。
本提言は日本時間8月21日に国際医学誌 The Lancet にオンライン掲載されました。
【概要】
2005年度より開始された大規模試験「Japan Strategic Anti-cancer Randomized Trial(J-START)」を基に、2026年2月に40歳代女性の乳がん検診でマンモグラフィに超音波検査を併用することの有効性が発表され、全国の導入に向けた議論が始まっています。今回の提言は、発表された超音波検査併用の有効性は評価しつつも、現場での専門技師不足、偽陽性の増加に伴う追加の精密検査や一部の生検による受診者への心理的・経済的負担、全国均一な検査の質の維持が困難であることを指摘するものです。
乳がん検診におけるマンモグラフィへの超音波検査併用は、高濃度乳房を有する女性に対する有効性が注目されており、日本で実施された大規模無作為化比較試験「J-START」では、40歳代女性において進行乳がん(Stage II以上)の累積罹患率を有意に減少させる効果(ハザード比0.83、相対的には約17%減)が報告されています。
一方で、進行乳がんの累積罹患率の絶対差は15年時点で約0.06ポイント(1.14%対1.08%)にとどまり、乳がん死亡は現時点で両群21名ずつでした。この併用方式を実際の対策型検診へ導入する際には、偽陽性増加による追加検査負担や、専門技師不足、施設間での精度差など、現実的な課題も存在します。
今回、J-START長期追跡結果の臨床試験環境で示された有効性と、実社会における持続可能な運用は区別して考える必要があることを発表しました。
【ポイント】
●実社会での実装研究・費用対効果などの検証が不可欠
- 進行乳がんの減少は乳がん検診の国際的な目標の一つだが、現代では治療法の進歩により早期乳がんの予後も大きく改善しているため、政策として判断する前に実社会条件下での実装研究、費用対効果評価、乳がん死亡率に関する追跡が不可欠である。
- J-STARTでは進行乳がんのリスクが相対的に約17%低下した一方、15年時点での累積罹患率の絶対差は約0.06ポイントでした。また、乳がん死亡は現時点で両群21名ずつであり、乳がん死亡率を低下させる効果については、今後さらに長期の追跡が必要です。
●偽陽性の急増が与える心理的負担の懸念
- マンモグラフィに超音波検査を併用すると、『がんではないのに要精査』となる偽陽性が増加することが報告されています。全国規模で導入した場合には、追加の画像検査や一部の生検といった精密検査の増加に加え、受診者の心理的・経済的負担や医療資源への影響が懸念されます。
●熟練技師の不足や検査精度の地域格差の恐れ
- J-STARTの結果はあくまで管理の行き届いた条件下で達成されたもので、現状では全国どこの自治体でも同じような精度を維持することは困難。乳腺超音波の熟練技師が不足している状況で超音波の検査数を増やすことは見落としや誤診、地域間の格差を招く恐れがある。
【提言の背景と内容】
1.背景
乳がん検診におけるマンモグラフィへの超音波検査併用は、40歳代女性を対象とした日本の大規模無作為化比較試験J-STARTで進行乳がん減少効果が報告され、国際的に注目を集めています。一方、臨床試験で示された有効性が、対策型検診として全国で持続的に運用された場合にも同様に得られるかは別途検討を要します。
2.提言の内容
本Correspondenceでは、J-STARTの長期追跡結果(Lancet 2026; 407: 784–93)を踏まえ、(1)進行乳がん減少と乳がん死亡率改善の関係、(2)偽陽性増加による医療資源への負荷、(3)精度管理体制の維持と専門技師確保という3つの観点から、実社会への導入時に生じる課題を論じました。
3.提言の要点
本提言では、乳がん検診における「有効性(efficacy)」と「実装可能性(implementation)」は別問題であり、臨床試験下で成立した併用検診体制を全国規模で持続的に運用するためには、人的資源や精度管理体制を含めた慎重な制度設計が必要であることを示しました。特に、指針改訂に先立ち、実社会条件下での実装研究、費用対効果モデリング、乳がん特異的死亡率に関する継続的な追跡が不可欠であると指摘しています。
4.今後の応用、展開
今後、実社会条件下での費用対効果評価や、精度管理体制を含めた実装研究、長期的な乳がん死亡率追跡の重要性が高まると考えられます。本提言は、現在見直しが進められている日本の乳がん検診の指針に関する政策議論への貢献が期待されます。
5.脚注、用語説明
J-START(Japan Strategic Anti-cancer Randomized Trial):40歳代女性約7万2千人を対象に、マンモグラフィに超音波検査を併用した乳がん検診の有効性を検討した日本の大規模無作為化比較試験。
併用(adjunctive)方式:現行のマンモグラフィ検診に超音波検査を追加して実施する方式。超音波検査単独で行う検診とは異なる。
Correspondence:医学誌に掲載された論文や医学上の重要なテーマについて、専門家が見解、論点、提言などを提示する書簡形式の記事。
偽陽性:実際には乳がんではないにもかかわらず、検診で要精査と判定される結果。追加の画像検査や生検につながる。
高濃度乳房(dense breast):マンモグラフィ上で乳腺組織の濃度が高く、病変が見えにくい乳房。日本人を含むアジア人女性、特に若年層に多い。