― 認知機能が正常な段階で、認知症の超早期変化を捉える新規手法 ―
藤田医科大学脳神経内科学の川畑和也講師、島さゆり准教授、渡辺宏久教授をはじめとする学習院大学、滋賀医科大学、量子科学技術研究開発機構(QST)、大阪公立大学、東京都立大学、名古屋大学の共同研究グループは、3D仮想現実(VR)ゴーグルを使って経路統合能※1を測定し、その成績から海馬傍回※2の菲薄化※3を高い精度で判別できること(AUC※4 0.87、感度88%、特異度86%)、および血漿中のアルツハイマー病(AD)関連バイオマーカー(p-tau181※5・GFAP※6)の上昇とも相関することを明らかにしました。また、移動中の向きのズレを示す「角度エラー」は加齢との関連が弱く、初期の病理変化をより特異的に反映する行動指標となる可能性が示されました。
本研究成果は、国際学術誌「Alzheimer's Research & Therapy」(2026年4月20日公開)に原著論文として掲載されました。
論文URL :
https://doi.org/10.1186/s13195-026-02056-x
<研究成果のポイント>
- VR課題の成績が、認知機能が正常な段階で、1年間という短期間で生じる大脳皮質の菲薄化・体積減少を予測できることを、縦断研究として世界で初めて示しました。
- 萎縮の部位は、海馬傍回・後帯状皮質※7・中側頭回など、ADの初期に変性しやすい領域と一致しました。海馬傍回では、VR課題の成績だけで、高い精度で「萎縮が進みやすい人」を見分けることができました。
- VR課題の成績は、血液中のAD関連バイオマーカー(p-tau181・GFAP)の上昇とも関連しており、脳内の分子レベルの変化を反映している可能性が示されました。
- 向きのズレを表す「角度エラー」は、単なる加齢の影響ではなく、初期の病理変化をより特異的に反映する指標となる可能性が示されました。
- APOE ε4※8保有状況や加齢の影響を統計的に除いても結果は変わらず、経路統合能の評価が独立した予測指標であることが確認されました。
<背 景>
ADは、物忘れなどの症状が現れる20年以上前から、脳の中で静かに変化が始まっていることが知られています。その最初の変化が起こる場所が「内側嗅内野※9」という脳の部位です。内側嗅内野は、「自分が今どこにいるか」「どの方向に向かっているか」を脳が自動的に計算し続けるために欠かせない場所で、この部位が傷み始めると、目印のない場所で自分の位置や向きを把握する能力が低下します。
従来のADの評価は、記憶力検査などが中心でしたが、これらの検査では内側嗅内野から海馬へと病変が広がった後でなければ異常が検出されません。VRを使って内側嗅内野の機能を直接評価することで、より早い段階の変化をとらえられると期待されます。
研究グループはこれまでに、VR経路統合課題の成績がAD関連の血液バイオマーカーと関連することを報告していました(Brain Commun 2024、Front Aging Neurosci 2025)。今回の研究では、さらに一歩進めて、VR課題の成績が将来の脳の萎縮を予測できるかどうかを1年間にわたって縦断的に検証しました。
<研究手法・研究成果>
認知機能が正常な成人71名(22〜79歳、平均56.5歳)を対象に、VRゴーグルを装着して目印のない仮想空間内でA・B地点を経由した後、出発点へ戻る課題(約10分、3試行の平均)を行いました。
課題から得られる2つの指標(経路統合エラー:戻り着いた位置と実際の出発点との距離、角度エラー:向かうべき方向と実際に向かった方向のズレ)をもとに、ベースラインと約1年後の2回にわたる高解像度MRI(3テスラ)の結果と照合し、大脳皮質の厚さや体積変化を定量解析しました。同時に、血液中のAD関連バイオマーカーも測定しました。
その結果、ベースラインの経路統合エラーが大きいほど、1年後の海馬傍回・後帯状皮質・中側頭回・中前頭回などにおける皮質の菲薄化と体積減少が大きいことが示されました。特に海馬傍回の菲薄化を識別する精度はAUC 0.87(感度88%、特異度86%)と高く、VR課題の成績だけで「萎縮が早く進む人」を高い精度で見分けられました。
また、VR課題の成績は血液中のp-tau181・GFAPの上昇とも関連しており(相関係数r = 0.38)、行動レベルで観察される変化が脳内の分子レベルの変化を反映する可能性が示されました。さらに、APOE ε4保有状況や年齢の影響を統計的に除いても結果は変わりませんでした。
<今後の展開>
- アミロイド・タウPET検査との組み合わせにより、VR課題の成績の意義をさらに明確にする研究を進めています。
- より大規模で多様な参加者を対象とした検証を進め、結果の再現性を確認します。
- これらの結果をもとに、誰でも気軽に受けられる非侵襲的な脳のスクリーニング検査の実現を目指します。
※本研究はあくまで観察研究であり、現時点でアルツハイマー病の診断ツールとして臨床応用できるものではありません。今後のさらなる検証が必要です。
<用語解説>
※1 経路統合能:自分の移動した距離や方向を記憶し、出発地点や目的地点へ戻る能力。目印に頼らず、歩行中の視覚・前庭・体の動きの感覚を脳が自動的に統合することで実現される。内側嗅内野の格子細胞が中心的な役割を担う。
※2 海馬傍回:記憶・空間認知に重要な脳部位。ADの初期から変性しやすく、経路統合能にも深く関わる。
※3 菲薄化:組織や構造の厚みが薄くなること。脳画像解析では、主に大脳皮質などの厚み、すなわち皮質厚が低下している状態または変化を指す。
※4 AUC(ROC曲線下面積):検査や指標が対象をどの程度識別できるかを示す指標。1.0は完全な識別、0.5は偶然と同程度の識別を意味する。AUC 0.87は、比較的高い識別能を示す。
※5 p-tau181(リン酸化タウたんぱく):ADでは脳内でタウたんぱくが異常にリン酸化・蓄積する。p-tau181は血液中で測定でき、アルツハイマー病の早期指標として注目されている。
※6 GFAP(グリア線維性酸性たんぱく質):脳の神経細胞を支えるアストロサイトが傷ついたときに血液中に放出されるたんぱく質。神経変性の早期指標として注目されている。
※7 後帯状皮質:デフォルトモードネットワークの中心的ハブ。前臨床期ADにおいても早期から萎縮・代謝低下が報告されている。
※8 APOE ε4:ADの主要な遺伝的リスク因子。この遺伝子を持つ人はアルツハイマー病を発症するリスクが高いことが知られている。
※9 内側嗅内野:海馬の近くに位置する脳の部位で、経路統合能を担う格子細胞が存在する。ADにおいて、最初期にタウたんぱくが蓄積する部位として知られている。
本研究はAMED脳とこころの研究推進プログラム・脳神経科学統合プログラム「最初期アルツハイマー病を検出する脳ナビゲーションタスクの開発とその神経回路基盤解明に関する研究開発」(JP21wm0425016)、医学系研究支援プログラム「がん・神経・感染症における横断的研究推進による研究力向上計画」(JP256f0137005、JP266f0137005、JP276f0137005)、および認知症研究開発事業「多施設連携プラットフォーム(MABB)を基盤にした各種認知症性疾患に対する日本発の包括的な診断・層別化バイオマーカーシステムの確立」(JP22dk0207055)の支援を受けて行われました。
<文献情報>
論文タイトル:
VR-based path integration predicts individual risk of rapid cortical decline: a one-year longitudinal study in cognitively unimpaired adults
著者:
川畑和也1,2、島さゆり1,2、大嶽れい子1,2、Epifanio Bagarinao3(エピファニオ バガリナオ)、水谷泰彰1,2、建部陽嗣4、小池力4,5、笠井淳史6、植田晃広1、伊藤瑞規1,2、畑純一7、石垣診祐8、外山宏9、徳田隆彦4,10、高島明彦5、渡辺宏久1,2
所属:
- 藤田医科大学 医学部脳神経内科学
- 藤田医科大学 精神・神経病態解明センター
- 名古屋大学 脳とこころの研究センター
- 量子科学技術研究開発機構
- 学習院大学 理学部生命科学科
- MIG株式会社
- 東京都立大学大学院 人間健康科学研究科
- 滋賀医科大学 神経難病研究センター
- 藤田医科大学岡崎医療センター 放射線科
- 大阪公立大学大学院医学研究科 健康長寿医科学講座
DOI:10.1186/s13195-026-02056-x