藤田医科大学(愛知県豊明市)産婦人科の佐古悠輔医師、稲垣秀人講師、木須伊織教授、倉橋浩樹教授(現・関西医科大学病院 臨床遺伝センター)らの研究グループは、全国34カ所の不妊治療施設と共同で、体外受精を繰り返しても卵子の成熟、受精、あるいは初期胚の発育が繰り返し停止する不妊女性50名を対象に、全エクソーム解析※1を用いた網羅的な遺伝学的解析を実施しました。
その結果、10名(20%)に「病的」または「病的可能性が高い」と判定された遺伝子配列の変化(遺伝子バリアント※2)を同定しました。さらに「採卵を繰り返しても受精後3日目の胚(Day3胚※3)がひとつも得られない」という臨床所見が、遺伝学的検査を検討する上で実用的な手がかりとなる可能性を示しました。
本研究成果は、Nature Portfolioが刊行する国際学術誌「Scientific Reports」に、2026年7月6日付でオンライン公開されました。
論文URL:
https://www.nature.com/articles/s41598-026-60724-2
<研究成果のポイント>
- 体外受精を繰り返しても卵子や胚が育たない体質(OZEMA※4)の日本人患者50名に不妊ゲノム検査を実施し、20%(10名)に病的または病的可能性が高いバリアント※5を同定。
- 最も多い原因遺伝子はTUBB8※6(6名)で、次いでPATL2・ZP2・ZP3・CHEK1(各1名)。
- 「採卵を繰り返してもDay 3胚(受精後3日目の胚)が一つも得られない」ことが、遺伝学的検査を早期に検討するうえで実用的な指標となる可能性を示した。
<背 景>
現在、日本では約9人に1人の児が、体外受精・顕微授精を含む生殖補助医療によって誕生しています。近年、体外受精・顕微授精の技術が大きく進歩する一方で、採卵を繰り返しても卵子が成熟しない、受精しない、あるいは受精後の胚が早期に発育を停止し、胚移植まで到達できない患者さんがおられます。
このような病態は、OZEMA(Oocyte/zygote/embryo maturation arrest)として注目されており、その一部では、卵子成熟、受精、初期胚発生に重要な単一遺伝子のバリアントが原因となることが報告されています。しかし、日本人患者における遺伝的背景や、どのような患者に遺伝子検査を優先的に検討すべきかについては、十分に分かっていませんでした。
<研究手法・研究成果>
本研究では、2020年3月から2025年9月までに、藤田医科大学および日本PGTコンソーシアム(JAPCO)参加34施設から、複数回の採卵を行い、卵子の成熟、受精、または胚盤胞形成のいずれかに繰り返し重度の障害を認めた日本人女性50名を登録しました。具体的には、過去の治療周期における卵子成熟率、受精率、または胚盤胞形成率のいずれかが平均30%未満である患者を対象としました。全エクソーム解析を実施し、そのデータからOZEMAに関連する24遺伝子を解析するとともに、国際的な基準に基づいて遺伝子バリアントの病的意義を判定しました。
その結果、10名(20%)に病的または病的可能性が高いバリアントを同定しました。原因遺伝子の内訳は
TUBB8が6名と最も多く、
PATL2・ZP2・ZP3・CHEK1が各1名でした(図1)。
さらに、病的または病的可能性が高いバリアントをもつ患者さんは、全例でDay3胚(受精後3日目の胚)を一度も得られていませんでした。
図1.卵子の成熟から胚盤胞形成までの発生過程と、各段階に関与するOZEMA関連遺伝子
<今後の展開>
本研究により、採卵を繰り返してもDay 3胚が得られない患者では、OZEMA関連遺伝子の解析を優先的に検討することが、遺伝的原因を早期に明らかにするための実用的な手がかりとなる可能性が示されました。遺伝学的検査によって原因を早期に明らかにすることで、今後の治療方針の検討や開発、患者・家族への適切な遺伝カウンセリングにつながることが期待されます。
今後は、より大規模な患者集団で本研究結果を検証するとともに、今回の解析で原因を特定できなかった症例について、新たな原因遺伝子やその他の病態メカニズムを明らかにしていくことが課題です。
<用語解説>
※1 全エクソーム解析(WES:Whole-Exome Sequencing):
DNAのうち、主にタンパク質の設計図となる領域(エクソン)を網羅的に解析し、病気の原因となりうる遺伝子バリアントを探索する手法。
※2 遺伝子バリアント:
DNAの塩基配列にみられる違いや変化のこと。多くのバリアントは健康に影響を与えませんが、一部には遺伝子の働きを変化させ、病気や特定の病態の原因となるものがあります。
※3 Day 3胚(受精後3日目の胚):
受精後3日目の初期胚で、通常は細胞分裂が進んでいる段階の胚。本研究では、病的または病的可能性が高いバリアントをもつ患者さんは、全例でDay 3胚が一度も得られませんでした。Day 3胚が得られないことが、遺伝子検査を優先的に検討するための実用的な手がかりとなる可能性が示されました。
※4 OZEMA(卵子・接合子・胚成熟停止/Oocyte/Zygote/Embryo Maturation Arrest):
体外受精において、卵子の成熟、受精、または初期胚の発育が繰り返し停止する病態の総称。
加齢に伴う染色体数異常とは異なり、若年患者にも生じることがあります。
※5 病的/病的可能性が高いバリアント:
国際的なガイドラインに基づき、病気や病態の原因となることが確立している、またはその可能性が高いと判定された遺伝子バリアント。本研究では、米国臨床遺伝・ゲノム学会(ACMG)および分子病理学会(AMP)のガイドラインに基づいて評価しました。
※6 TUBB8:
卵子の成熟や受精後の初期発生に重要な、微小管を構成するタンパク質の遺伝子。特に卵子の減数分裂に必要な紡錘体の形成に関与し、病的なバリアントによって卵子成熟停止、受精障害、初期胚発育停止などを引き起こすことがあります。OZEMA関連遺伝子の中で最も頻繁に報告されている遺伝子の一つです。
本演題は、第44回日本受精着床学会において世界体外受精会議記念賞を受賞しました。
<文献情報>
論文タイトル:
Gene panel analysis for oocyte/zygote/embryo maturation arrest in female infertility: a multicenter study in Japan
著者:
佐古悠輔、稲垣秀人、西澤春紀、木須伊織、倉橋浩樹
所属:
藤田医科大学 産婦人科
DOI:
10.1038/s41598-026-60724-2