1. 発表のポイント
- 深海熱水噴出域(※1)での放電現象を再現した微生物培養を実験室で実施し、ある種の細菌がこの電気を唯一のエネルギー源にして二酸化炭素から細胞成分を合成して増殖する、いわゆる「電気合成」(※2)を行うことが確かめられた。
- この結果は、自然界の電気エネルギーを直接的にバイオマス資源に変換できることを示しており、光や有機物に乏しい環境でも微弱な電気を利用して生命活動を維持できる微生物が存在することを意味している。
- これは生命が生存可能な環境(ハビタブルゾーン)が拡大されることを強く示唆しており、地球全体の生態系や初期生命誕生の理解を助ける。さらに、電気を用いた有用物質生産などへの応用も期待される。
発表の図解要約
【用語解説】
※1 深海熱水噴出域:海底下に染み込んだ海水が地熱によって熱せられ高温の熱水となって噴き出す熱水噴出孔が存在する深海底の海域。
※2 電気合成:電気エネルギーを用いて二酸化炭素から有機物を作り出すこと。「光合成」(光エネルギーを用いて二酸化炭素から有機物を作り出すこと)の「光」を「電気」に置き換えた語句と解釈すれば理解しやすい。
2.概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 河村知彦、以下「JAMSTEC」という。)、横浜市立大学、東京大学の共同研究チームは、深海熱水噴出域に電気エネルギーを使って増殖する細菌がいることを実証しました。
JAMSTECでは、これまでに深海熱水噴出域で放電現象が発生していることを明らかにしてきました。今回、共同研究チームは、深海熱水噴出域に生息する細菌の中に海底から放出される電気を用いて電気合成を行って増殖できるものが存在していることを実験的に証明しました。また、ゲノムデータベースの解析から、電気合成を行う細菌が世界中の深海熱水噴出域に広く分布していることが示唆されました。
今回の成果は、自然環境で形成される微弱な電気を利用して生育できる微生物が存在することを示しています。電気が微生物のエネルギー源に使用されるという事実は、地球全体の微生物生態系の全貌を理解する上で非常に重要です。また、生命の起源に関する研究にも影響を与えます。さらに、電気を用いたバイオものづくりに貢献できる可能性もあり、今後の展開が期待されます。
本研究は、科学研究費助成事業(JP22K03801、JP22H05153)によって実施されました。
本成果は、英国科学誌「
The ISME Journal」に6月23日付け(現地時間)で先行記事としてオンライン公開されました。
【論文情報】
タイトル:Electrosynthetic bacterial growth under conditions simulating electric discharge in deep-sea hydrothermal fields
著者:増川日向子
1,2、小林瑠那
2,3、渡邉純子
2、谷崎明子
2、諸野祐樹
4、伊藤元雄
4、寺田武志
5、高木善弘
2、津田美和子
6、松井洋平
2、新井隆弘
5、高井研
2、亀谷将史
1,7、新井博之
1,7、山本正浩
2,3
1. 東京大学大学院 農学生命科学研究科、2. 海洋研究開発機構 生命地球科学研究部門、3. 横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科、4. 海洋研究開発機構 高知コア研究所、5. 株式会社マリン・ワーク・ジャパン、6. 海洋研究開発機構 海洋環境影響評価システム開発プロジェクトチーム、7. 東京大学 微生物科学イノベーション連携研究機構
DOI:
https://doi.org/10.1093/ismejo/wrag108
3.背景
電気活性微生物は、細胞外の固体物質と直接電子をやり取りできる微生物であり、多様な環境に広く分布し、系統的にも細菌・古細菌・真核生物にまたがる多様性を持ちます。電気活性微生物は電子の流れの方向により、電子を外部へ放出する「発電菌」と、外部から電子(電気)を取り込む「電気栄養性菌」に大別されます。後者の電気栄養性菌は細胞外の電子を細胞内膜の呼吸鎖へ供給し生体エネルギーに変換しますが、特にこの電気由来の生体エネルギーを用いて二酸化炭素から有機物の合成を行う場合は「電気合成」と呼ばれます(図1)。電気合成は電力を直接的にバイオマス生産に利用できる点で自然エネルギー由来の電力を起点にしたバイオものづくりなどの応用面でも注目されています。
微生物電気合成に関するこれまでの研究の多くは人為的に設計された電気化学条件で行われており、自然環境において微生物電気合成が成立するかという点についてはほとんど未解明でした。自然界では、さまざまな環境で微弱な電流が発生していると考えられますが、電流発生の量や空間の制約などによりその実態把握は難しいとされてきました。この点で、深海熱水系は特異な環境を提供します。JAMSTECではこれまでに深海熱水噴出域が天然の放電場として機能することを報告してきました。このような安定的な放電場は電気合成微生物にとって有利な環境と考えられます(図2)。実際に、深海熱水噴出域で行った現場微生物培養において電気合成細菌と予想される微生物が優占したことを過去に報告しました。
本研究では、深海熱水噴出域の放電条件を実験室で模擬的に再現し、微生物の培養を行いました。培養液内の微生物の種類や細胞増殖を観察することで、この放電環境で電気合成的に生育できる微生物の探索を試みました。
4.成果
中部沖縄トラフの深海熱水噴出域から採取した岩石片試料を人工海水で満たした電気化学リアクター内に設置し、熱水と同等の電位を岩石片に与えることで深海熱水噴出域での放電現象を実験室内に再現しました(図3)。この岩石片を微生物接種源として微生物の培養が行われ、その微生物叢を解析したところ、チオミクロラブダス属細菌の1種、SREC-4株の細胞が増殖し微生物群集の中で高度に優占していることが観察されました(図4)。培養の途中で放電源を岩石片からカーボンフェルトに入れ替えてもSREC-4株の増殖と優占が観察されました。この培地中には有機物は含まれておらず、エネルギー源は岩石片またはカーボンフェルトから供給される電気のみでした。また、炭素源は培地中に含まれる二酸化炭素のみでした。さらに、SREC-4株が二酸化炭素由来の炭素を細胞内に取り込んで有機物に変換していることも観察されました。加えて、SREC-4株のゲノムに電気合成能力に必要な遺伝子群が保持されていました。これらの結果により、SREC-4株が深海熱水噴出域の放電条件で電気合成的に生育できることが明確に示されました。また、チオミクロラブダス属細菌は海水環境に遍在しますが、これらのうち電気合成を行えるものは深海熱水噴出域から発見された種に限られ、その海域は世界中の熱水噴出域に及ぶという解析結果が得られました。このことは自然界における放電環境と微生物の電気合成能力が強くリンクしていることを示唆しています。
5.今後の展望
本研究により、自然環境、特に深海熱水噴出域の放電場において、微生物が電気を直接利用して生育できることが示されました。これは、太陽光や有機物だけでなく、自然界に存在する微弱な電気も生命活動を支えるエネルギー源となり得ることを意味しています。
深海熱水噴出域は生命起源の有力候補地の一つとして考えられており、本研究成果は、電気を利用した代謝機構が初期生命の誕生や進化に関与していた可能性を示唆します。また、生命が存在可能な環境(ハビタブルゾーン)の理解にも新たな視点を与えることが期待されます。
一方で、自然環境に形成される微生物群集のうち大部分は未分離であり、その機能も未解明です。今後、電気活性微生物の電子輸送機構や電気合成微生物の生育特性を明らかにすることで、地球規模の物質循環における電気エネルギー利用の理解が進むと期待されます。さらに、電力を利用したバイオものづくりなどの応用展開にもつながる可能性があります。
【研究者情報】
共同筆頭著者
増川 日向子(ますかわ ひなこ)
東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 博士課程(研究当時)
海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 研究生(研究当時)
共同筆頭著者
小林 瑠那(こばやし るな)
横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科 生命環境システム科学専攻 博士前期課程(研究当時)
海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 研究生(研究当時)
共同責任著者
新井 博之(あらい ひろゆき)
東京大学 大学院農学生命科学研究科 応用生命工学専攻 特任教授
共同責任著者
山本 正浩(やまもと まさひろ)
海洋研究開発機構 生命地球科学研究部門 副主任研究員
横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科 生命環境システム科学専攻 客員准教授
図1 電気活性微生物の概念図
電気活性微生物:細胞外の固体物質と直接電子をやり取りできる微生物。
発電菌:電気活性微生物のうち、電子を細胞外に放出する微生物。
電気栄養性菌:電気活性微生物のうち、電子を細胞内に吸収する微生物。
電気合成菌:電気栄養性菌のうち、二酸化炭素から有機物の合成を行う微生物。
図2 深海熱水噴出域の放電現象の概念図
熱水中に含まれる硫化水素や水素から放出された電子は導電性の硫化鉱物岩石を伝って海水側に運搬される。この電子をエネルギー源として二酸化炭素を固定しながら生育する電気合成微生物(図の右側)の存在が今回の研究で実証された。図の左側は、従来からよく知られる化学合成微生物で、熱水から拡散した硫化水素や水素を直接細胞内に取り込んでエネルギーを取り出す。
図3 実験室の電気化学リアクター内に再現された深海熱水系の放電場
深海熱水噴出域から採取した導電性の岩石片サンプルにポテンショスタット(定電位電解装置)で深海熱水と同程度の電位を与えた。放電量をモニターしながら、生育する微生物の解析を行った。
図4 チオミクロラブダス属細菌SREC-4株の細胞濃度と存在率の時間変化
左:培養液中のSREC-4株の細胞濃度。
右:培養液中の微生物群集中のSREC-4株の存在率(黄色)。
培養は、唯一のエネルギー源として電気、唯一の炭素源として二酸化炭素を与える条件で行われた。