―オートファジーを支える脂質分解酵素Atg15の活性化と膜曲率認識―
横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の境祐二特任准教授、東京科学大学 総合研究院 細胞制御工学研究センター 堀江(川俣)朋子准教授らの研究グループは、北海道大学の野田展生教授、東京科学大学の大隅良典特任教授らと共同で、脂質分解酵素Atg15が必要な場所でのみ働く分子機構を明らかにしました。
分⼦動⼒学シミュレーション、酵⺟細胞を⽤いた実験、試験管内で酵素活性を測る実験を組み合わせた結果、Atg15は普段は活性中⼼を閉じた状態にあり、脂質分解活性が低く抑えられていること、酵素の一部が切断され、膜に結合することで活性中心が開き脂質分解活性が上昇すること、平らな膜よりも⼩さく強く湾曲した膜に結合しやすいことが分かりました。これは、細胞自身の重要な膜を損傷し得る危険な酵素が分解すべき膜だけを安全に壊すための仕組みの⼀端を示します。
本研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」に掲載されました(2026年7月23日)。
研究成果のポイント
- Atg15のC末端領域が「安全装置」として活性中心を閉じ、液胞内でタンパク質分解酵素による切断と、分解基質である膜への結合によって解除される仕組みを提示しました。
- 切断後にAtg15表面に露出した3つの疎水性領域(HR1〜HR3)が、構造の開閉、膜への結合、脂質基質の取り込みを協調して担うことを示しました。
- Atg15は小さく湾曲した膜への結合嗜好性を示し、正の曲率をもつ基質膜を選択的に分解する一方、負の曲率をもつ液胞膜を分解しない選択性があることを示唆しました。
図1 液胞内におけるAtg15の活性化モデル。Atg15は不活性な前駆体として液胞へ運ばれ (I)、N末端側 (II)、続いてC末端側が切断された後 (III)、膜への結合によって活性中心が開き (IV)、脂質を分解する。
研究背景
オートファジー
*1は、細胞内の不要な成分を膜で包み、酵母では液胞
*2、動物ではリソソームへ運んで分解・再利用する仕組みです。酵母では、二重膜でできたオートファゴソームの外膜が液胞膜と融合すると、内膜に囲まれたオートファジックボディが液胞内部へ放出されます。その内容物を分解するには、まずこの膜を壊す必要があります。
Atg15は、この液胞内部の膜分解に必須のホスホリパーゼB
*3です。しかし、強い脂質分解活性をもつAtg15が、液胞の内側に運ばれた膜を分解できる一方、なぜ液胞膜はほとんど分解できないのかは分かっていませんでした。また、Atg15の立体構造は実験的に決定されておらず、活性中心が閉じた状態からどのように開くのかも未解明でした。
研究内容
1. タンパク質の切断と膜結合で活性中心が開く
研究グループは、AlphaFold
*4による構造予測を出発点に、全原子分子動力学シミュレーション
*5を行いました。その結果、C末端が切断されていないAtg15では、タンパク質表面に露出した疎水性領域HR1〜HR4が互いにかみ合い、酵素反応を担う活性中心が閉じた状態に固定されることが示されました。一方、液胞内のタンパク質分解酵素によってC末端が切断され、HR4が取り除かれると、この固定が弱まり、Atg15は開いた状態をとることができるようになりました。さらに膜へ結合すると、HR1が移動して活性中心が開いた状態が安定化し、HR1とHR3の間にできた疎水性ポケットを通って、膜中の脂質が活性中心へアクセスすることが分かりました(図2)。
図2 C末端切断と膜結合によるAtg15の活性化。C末端が切断されていないAtg15ではHR4が活性中心を閉じた状態に保つ。C末端切断によりHR4が取り除かれると開いた状態をとれるようになり、膜結合後、脂質がHR1とHR3の間の疎水性ポケットを通って活性中心へアクセスする。
2. ジスルフィド結合がAtg15を活性化可能な状態に保つ
Atg15内部のジスルフィド結合
*6を還元剤で切断すると、脂質分解活性は大きく低下しました。シミュレーションでも、ジスルフィド結合を除くとHR1とHR3が過剰に近づき、活性中心は閉じたままになりました。ジスルフィド結合は構造を固めるのではなく、HR1とHR3の過剰な結合を防ぎ、Atg15が開口可能な立体構造を保つ役割をもつと考えられます。
3. 3つの疎水性領域が膜結合と脂質の取り込みを担う
膜表面に露出したHR1〜HR3をそれぞれ親水性の高い配列へ置換したところ、HR2またはHR3を改変したAtg15は酵母内で機能を失い、シミュレーションでも膜から離れて活性中心を開くことができませんでした。HR1の改変では膜結合と開口は保たれましたが、脂質分解活性が低下しました。これらの結果から、HR2とHR3は膜への結合と脂質認識に不可欠であり、HR1は脂質基質の取り込みを助けることでAtg15の活性を支え、3領域が協調してAtg15を働かせることが分かりました。
4. Atg15は小さく強く湾曲した膜を好む
同じ脂質組成で大きさの異なる人工膜小胞(リポソーム)を基質にした実験では、Atg15は大きなリポソームより小さなリポソームに対して高い脂質分解活性を示しました。さらに、粗視化分子動力学シミュレーションでは、Atg15は小胞の外側のように外向きに曲がった膜に安定して結合した一方、液胞膜の内側のように内向きに曲がった膜からは離れる傾向を示しました(図3)。この膜曲率
*7認識は、Atg15が液胞内部の小胞を優先的に認識する一因と考えられます。ただし、液胞膜の保護を曲率だけで完全に説明できるわけではなく、Atg15の局在や活性化を制限する別の仕組みも存在すると考えられます。
図3 Atg15の膜認識。Atg15は正の曲率をもつ膜に安定して結合した一方、負の曲率をもつ膜からは解離した。膜の曲がり方の違いが、Atg15による基質膜の選択に関わることが示唆される。
今後の展開
本研究は、細胞内で膜を分解する酵素Atg15が、分解すべき膜を安全に壊すための仕組みを明らかにしました。Atg15は、複数の「安全装置」によって活性化の場所とタイミングが制御されており、細胞が「自らの膜を壊しながらも自身は傷つけない」ための巧妙な仕組みを備えていることが示されました。今後は、このような安全な膜分解の仕組みが、より生理的な膜環境や、動物細胞のリソソームにおける膜分解にも共通する原理であるかを明らかにすることが重要です。
細胞内の膜は、脂質組成や形状が大きく異なります。膜分解酵素がどのようにして「分解すべき膜」を選び出し、不要な膜だけを安全に壊すのかを理解することで、オートファジー、脂質代謝、オルガネラの品質管理の理解がさらに進むと期待されます。また、この研究は、生命システムの精緻さや基礎研究の面白さを伝える題材にもなります。
さらに、本研究ではAIによる構造予測、大規模分子シミュレーション、実験生物学を組み合わせることで、実験だけでは捉えにくい分子の動きを可視化しました。今後、このような計算科学と実験を融合した研究を発展させることで、細胞内で膜が作られ、運ばれ、壊される仕組みをより深く理解できると期待されます。
研究費
JSPS科学研究費助成事業(JP19H05707、JP22H04640、JP23K05715、JP23K06667、JP23K20044、JP24H00060、JP24K01980、JP25H00966、JP25H01320、JP25H01321、JP25K09559、JP26H01640)、JST CREST(JPMJCR20E3)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR214X)、武田科学振興財団の支援を受けて実施されました。数値計算には、理化学研究所のスーパーコンピュータ「富岳」(hp230252、hp250019、hp260048)およびHOKUSAI、東京大学Wisteria/BDEC-01を利用しました。
論文情報
タイトル:Structural and mechanistic basis for membrane recognition and activation of the vacuolar lipase Atg15
著者:Tomoko Kawamata, Nobuo N. Noda, Michiko Sasaki, Yoshinori Ohsumi, Yuji Sakai
掲載雑誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
DOI:
https://doi.org/10.1073/pnas.2601290123
用語説明
*1 オートファジー:細胞が不要または損傷した成分を膜で包み、リソソームや液胞へ運んで分解・再利用する仕組み。酵母では、液胞内に放出された内側の膜構造をオートファジックボディと呼び、Atg15はこの膜の分解に関わる。
*2 液胞:酵母や植物の細胞内にある分解・貯蔵を担うオルガネラ。動物細胞のリソソームに相当する働きをもつ。
*3 ホスホリパーゼB:膜の主要成分であるリン脂質の2本の脂肪酸鎖を切断できる酵素。Atg15はこの活性をもつ。
*4 AlphaFold:アミノ酸配列をもとにタンパク質の立体構造を予測するAI。
*5 分子動力学シミュレーション:原子や分子に働く力を計算し、その動きをコンピュータ上で再現する手法。本研究では、タンパク質の細かな構造変化を調べる全原子シミュレーションと、複数の原子をまとめて扱い、膜全体のふるまいを調べる粗視化シミュレーションの両方を用いた。
*6 ジスルフィド結合:タンパク質中の2つのシステイン残基間に形成される共有結合で、立体構造の安定化に寄与する。
*7 膜曲率:膜の曲がり具合。小さな小胞の外側は強い正の曲率をもち、平坦な膜や小胞の内側とは脂質の詰まり方が異なる。