【昭和大学・国立科学博物館】太平洋のハゲナマコから4新種候補を含む10種を発見! 〜世界各国の博物館標本の遺伝子解析から多様性を明らかに~



昭和大学(東京都品川区/学長:久光正)の蛭田眞平准教授(富士山麓自然・生物研究所)、国立科学博物館の小川晟人特定非常勤研究員(分子生物多様性研究資料センター)、藤田敏彦動物研究部長(動物研究部)らによる共同研究チームが、ロシア シルショフ海洋学研究所、ニュージーランド国立水大気研究所、オーストラリア ヴィクトリア博物館研究所、国立研究開発法人海洋研究開発機構の研究者らと共同で、世界各国の6カ所の博物館に収蔵される標本を網羅的に比較することで、太平洋の深海底に広く分布するハゲナマコ属の種多様性を見直しました。太平洋全域に分布するとされてきたムラサキハゲナマコが実際には遺伝的、形態的特徴が異なる10種を包含する複合種であり、4種の未記載種を含むことを明らかにしました。




1.研究の背景
 深海底の環境はこれまで生物の種分化を促進する遺伝的交流を制限する障壁や環境勾配が少ない環境と考えられていたため、極めて広い分布域を持つ種が多く存在すると考えられてきました。
 棘皮動物の仲間のナマコ類は深海の海底環境に生息する代表的な大型生物で、形態的特徴から同定された種が太平洋全域のような広範な海域から見つかる例が多く知られてきました。
 ハゲナマコ属 Pannychia は太平洋の漸深海底では一般的なナマコ類であり、約半世紀に渡って太平洋のハゲナマコ属は全てムラサキハゲナマコ Pannychia moseleyi に同定され、ムラサキハゲナマコ1種が太平洋全域に分布すると考えられてきました。一方で、近年、太平洋各地や南インド洋から採取されたハゲナマコ属を扱った研究から形態的差異や遺伝的な隔たりが相次いで報告されたことで、6種に再編する分類が提示されていました。しかし、ハゲナマコ属の真の多様性の解明には、分布域全体を網羅する標本の比較に基づく再検討が必要な状況にありました。


2.研究の成果
 本研究では、南北太平洋、インド洋、南極海で1986~2019年に採集され、 国立科学博物館に加えて日本、オーストラリア、ニュージーランド、ロシア、アメリカの6つの博物館及び研究機関に収蔵されていた178個体のハゲナマコ属の標本を調べました。各国から集めた標本について2つの遺伝子解析手法(COI遺伝子を用いたDNAバーコーディングとゲノム全体の一塩基多型情報を比較するMIG-seq法)と形態的特徴による比較を行うことで、ハゲナマコ属の種多様性を再検討し、その種境界(種の定義)を見直しました。
 COI遺伝子と全ゲノム一塩基多型情報を用いた系統解析ではそれぞれハゲナマコ属内に10系統群を識別し、それは2つの遺伝子解析手法の結果と一致しました。これら識別された10系統群は互いの遺伝的な差異が十分に大きく、また、その系統群と一致する形態的特徴の違いが確認できたことから、これら10系統群をそれぞれ異なる種として扱うことが妥当と結論づけられました。
 10種のうち5種は、形態学的特徴から、ムラサキハゲナマコ P. moseleyi、ハゲナマコ P. virgulifera、 シンカイハゲナマコ P. henrici、ナガサキハゲナマコ P. nagasakimaruae、ミサキハゲナマコ P. rinkaimaruae に、それぞれに同定できました。さらに、もう1種はムラサキハゲナマコの新参異名の一つ Laetmophasma fecundum に同定され、ハゲナマコ属の独立した種 P. fecundum として再設立されました。残りの4系統群は未記載種(新種候補)と考えられました。


 今回識別されたハゲナマコ属の10種は、2種がそれぞれ東太平洋と南極海太平洋区に孤立した分布域をもつ一方、北西太平洋では5種が、南西太平洋では3種がそれぞれ互いに重なり合う分布域をもちました。そのことから、形態的特徴が似た複数種が互いに重なり合う分布域をもつことで種境界の見落としに繋がり、種多様性の過小評価と単一種が太平洋全域に分布するという誤った認識を引き起こしていたと考えられました。


3.今後の展開
 今回発見された未記載種(新種候補)の4種については、ハゲナマコ属の既知の種とより詳細な形態比較を進め、新種記載の準備を進めていく予定です。また、今回使用できた標本数が少なかった地域(東太平洋、インド洋、南極海など)においても同様の比較を継続し、本属の全球的な種多様性とその分布域の解明を進めていきたいと考えています。

 今後、他の深海性種の種多様性の再評価が進むことで、陸上や沿岸の生態系に比べて研究が遅れてきた深海生態系の多様性の理解が進むとともに、地球規模での分布範囲や種分化を経験してきた深海生物の多様化メカニズムの解明につながることが期待できます。
 また、従来型の手法である形態比較やDNAバーコーディングに加えて、全ゲノム一塩基多型情報の比較が深海生物の種多様性の再評価における有効な手法となるとともに、博物館に収蔵される標本と組み合わせて使用することで深海生物などの希少生物の多様性の解明に有効な手法となると考えられます。


4.用語解説
・漸深海底: 水深200~3000mの深海底。深海底生環境の水深による区分のなかでも最も沿岸に近く、浅い水深帯です。深海の中でも最も生物多様性が高い水深帯と考えられています。



・ハゲナマコ属: 太平洋の漸深海底に広く生息する体長5~30cm程のナマコ類の仲間です。体の表面が柔らかく傷つきやすく、底曳き網による採集では全身の表皮が剥がれ落ちてしまうことから、ハゲ(剥げ)ナマコと名付けられました。



・複合種: 形態的特徴やその他の特徴が非常に似ていることで、種の境界が見落とされ、1種として扱われている種群。



・未記載種: これまでに知られる種とは異なる特徴をもち、今後形態的特徴の詳細な記載が行われることで新種として認められる可能性がある種。



・DNAバーコーディング: 野外から採取された生物標本の簡便かつ効率的な種同定を行うために、比較的短い特定の領域の塩基配列を取得し比較する遺伝子解析手法。


・ゲノム全体の一塩基多型情報: 一塩基多型とは DNA塩基配列の中で1塩基のみ置き換わった変異であり、一般的に近縁種内の個体間の比較を目的に用いられています。生物1個体の全DNA配列情報であるゲノムの全体から一塩基多型を偏りなく決定・比較する遺伝子解析手法であり、生物個体間のゲノム全体の情報を要約した類縁性や系統関係を効率的に明らかにできる手法です。MIG-seq法はそのようなゲノム全体の一塩基多型を決定する手法のひとつです。


5.発表論文
・タイトル: COI遺伝子と全ゲノム一塩基多型情報をもとにした深海性ナマコ類ハゲナマコ属の系統分類学的再検討(Molecular phylogenetic reevaluation of deep-sea holothuroid genus Pannychia based on COI gene and genome-wide SNPs data)
・著者: 小川 晟人、蛭田 眞平、Antonina Kremenetskaia、Nicola Davey、Melanie Mackenzie、藤原 義弘、藤田 敏彦
・掲載誌: Marine Biology
・掲載日: 2024年12月24日
・DOI: 10.1007/s00227-024-04570-8

 本研究の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP19H00999)、公益財団法人水産無脊椎動物研究所(No.2017 IKU-4)、文部科学省 東北マリンサイエンス拠点形成事業 海洋生態系の調査研究(JPMXD1111105260)、ロシア連邦科学高等教育省(No.FMWE-2024-0022)および国立科学博物館 総合研究 極限環境の科学の支援のもとで行われました。





▼本件に関する問い合わせ先
 昭和大学 富士山麓自然・生物研究所
 准教授 蛭田 眞平 (ひるた しんぺい)
 E-mail: hiruta@cas.showa-u.ac.jp

 独立行政法人国立科学博物館 分子生物多様性研究資料センター
 特定非常勤研究員 小川 晟人 (おがわ あきと)
 E-mail: namakogawa@kahaku.go.jp

 独立行政法人国立科学博物館 動物研究部
 研究部長 藤田 敏彦(ふじた としひこ)
 E-mail: fujita@kahaku.go.jp

▼本件リリース元
 学校法人 昭和大学 総務部 総務課 大学広報係
 TEL: 03-3784-8059
 E-mail: press@ofc.showa-u.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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