【大阪大学】免疫を標的としたB型肝炎の創薬へ B型肝炎慢性化に関わる免疫の変化を発見 ―TLR7を標的とした治療開発に期待―

大阪大学

【研究成果のポイント】 ◆B型肝炎ウイルスが持続感染した場合に、生体内の免疫がどのように変化するのかについて観察できるマウスモデルの開発に成功 ◆B型肝炎の慢性化に細胞傷害性T細胞(※1)の疲弊(※2)が関与していることを同定 ◆新規Toll様受容体7(TLR7)(※3)作動薬SA-5が免疫賦活により抗ウイルス効果を発揮することを証明 【概 要】  大阪大学大学院医学系研究科の小玉尚宏助教、竹原徹郎教授(消化器内科学)、大阪大学医学部附属病院未来医療開発部の滋野聡医員、国立国際医療研究センターの考藤達哉肝炎・免疫研究センター長らの研究グループは、B型肝炎ウイルス(HBV)が持続感染している状態における免疫細胞の疲弊状態をマウスで再現させることに成功し、新規Toll様受容体7(TLR7)作動薬SA-5が免疫賦活により、抗ウイルス効果を発揮することを示した(図1)。  B型肝炎ウイルスは、慢性肝炎や肝硬変、そして肝がんを引き起こす世界的な感染症であり、現在までに体内からのウイルス排除を高率に達成できる治療法は存在していない。B型肝炎の慢性化にはウイルスによる免疫のかく乱が関与していると考えられているが、免疫動態を模倣した動物モデルが極めて少なく、未だ不明な点が多く残されている。  今回研究グループは、HBVが持続感染し、慢性肝炎による免疫動態を観察できるマウスモデルの作成に成功。このモデルを用いた解析から、細胞傷害性T細胞の機能低下(=疲弊)がB型肝炎の慢性化と関係していることを同定した。またこのマウスでは、B型肝炎の治療薬であるⅠ型インターフェロン(※4)の投与により、免疫系の活性化や体内のウイルス減少効果が認められ、免疫を標的とした創薬評価にもこのモデルが有用であると考えられた。そこで、大日本住友製薬株式会社(現 住友ファーマ株式会社)と国立国際医療研究センターが共同研究を行っている新規Toll 様受容体7(TLR7)作動薬SA-5の効果を検証した結果、インターフェロンよりもさらに強力な免疫賦活が誘導され、ウイルス減少効果も認められた。以上から、SA-5がB型肝炎に対するウイルス排除を目指した新たな治療薬になる可能性が示された。  本研究成果は、米国科学誌『Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology』に、9月28日(土)にオンライン公開された。 【研究の背景】  B型肝炎ウイルス(HBV)は世界で約3億人が罹患する世界的な感染症であり、国内においてもその感染者数は110~140万人(およそ100人に1人)に及ぶ。HBVに感染すると、一部の症例では持続的な肝障害が生じ、肝硬変や肝がんを発症する。現在、B型肝炎に対する治療薬としてはインターフェロン製剤や核酸アナログ製剤(※5)があり、ウイルス増殖抑制効果と肝炎沈静効果が認められている。  一方で、HBVは肝細胞の核内に姿を変えて潜むことが知られており、現状の治療法では体内からウイルスを完全に排除することは困難である。また、免疫システムがウイルスを感知し、適切に作動することがウイルス排除に重要と考えられているが、HBVは免疫をかく乱させその監視から逃れていることも知られている。  HBVは実験動物として汎用されるマウスには感染しないことから、感染する動物モデルは非常に少なく、HBVによる免疫逃避機構の詳細な検討は困難であり、いまだに不明な点が多くある。 【研究の内容】  研究グループは、B型肝炎持続感染による生体内の免疫動態を観察できるマウスモデルを樹立し、免疫を標的とした治療法を開発することを目的として研究を開始した。  マウスモデルの作成に当たり、フマリルアセト酢酸ヒドラーゼ(FAH)欠損マウスを用いて開発を行った。FAH遺伝子は高チロシン血症Ⅰ型の原因遺伝子であり、その欠損によりチロシン代謝が阻害されることで、肝毒性のあるフマリルアセト酢酸が増加し肝細胞が傷害される。一方、FAH欠損マウスは高チロシン血症Ⅰ型の治療薬であるニチシノンを服用することで、フマリルアセト酢酸の産生が抑えられ、肝障害が抑えられる。そこで、FAH欠損マウスを用いて、FAH遺伝子とHBVゲノムを直列に繋いだ発現ベクター(※6) を一部の肝細胞に導入し、ニチシノンの投与を中止(図2)。これによりFAH遺伝子が導入されていない肝細胞はFAH欠損による毒性のため細胞死が誘導される一方、HBVゲノムとFAH遺伝子を含む肝細胞は、ニチシノンの非存在下でも生存した。その結果、HBVとFAHを共に発現する肝細胞が肝内で増殖し、ベクター導入8週後には肝臓全体をほぼ置換した。その結果、このマウスでは肝細胞内でHBV持続感染が生じ、ウイルス血症や肝障害が約1年にわたり継続した(図3)。  そこで、このB型肝炎が持続感染するマウスモデルを用いて、肝臓内における免疫動態をシングルセル遺伝子発現解析により検討。その結果、このマウスでは、ウイルス排除に重要な免疫系として考えられている細胞傷害性T細胞(CTL)やナチュラルキラー(NK)細胞(※7)、マクロファージ(※8)などの機能が変化していることがわかった(図4)。HBVウイルスを認識するCTLは、インターフェロンγやTNFαなどのサイトカイン(※9)産生低下や免疫チェックポイント分子(※10)であるPD-1の発現上昇が生じており疲弊状態を呈していた(図4)。また、CTLの疲弊状態とウイルス血症が正に相関していたことから、CTLの疲弊による機能低下がB型肝炎慢性化に関与していることが示唆された(図4)。NK細胞においては細胞傷害活性が亢進しており、マクロファージにおいては炎症応答機能の低下が認められた(図4)。  次に、このマウスを用いて、B型肝炎の治療薬として用いられるインターフェロンの免疫賦活効果を検証。インターフェロンの投与により、このマウスではさまざまな免疫系の活性化や体内のウイルス減少効果が認められた。以上より、このマウスはHBV持続感染による生体内の免疫動態を観察できることに加えて、B型肝炎に対する免疫を標的とした創薬評価にも有用と考えられた。  そこで、大日本住友製薬(現 住友ファーマ)と国立国際医療研究センターが共同研究中のTLR7作動薬SA-5の効果をこのモデルで検証した結果、有意なウイルス減少効果が認められた(図5)。SA-5投与により、CTLのインターフェロンγ産生能、NK細胞の細胞傷害活性、マクロファージの炎症応答機能はいずれも亢進しており、また、これらの免疫活性化作用はインターフェロンよりも有意に強力であった(図5) 。以上から、SA-5がB型肝炎に対するウイルス排除を目指した新たな治療薬になる可能性が示された。 【本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)】  HBV持続感染による免疫動態を観察できる新たな動物モデルが樹立されたことで、B型肝炎の慢性化に関わる免疫学的機序のさらなる解明が期待される。また、TLR7作動薬SA-5の抗ウイルス効果が動物モデルで示されたことで、臨床試験への展開など薬剤開発が加速され、免疫を標的としたB型肝炎創薬の実現に繋がることが期待される。 【特記事項】  本研究成果は、2024年9月28日(土)に米国科学誌『Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology』(オンライン)に掲載された。 ・タイトル: Intrahepatic exhausted antiviral immunity in an immunocompetent mouse model of chronic hepatitis B ・著者名: Satoshi Shigeno¹,#, Takahiro Kodama¹,#, Kazuhiro Murai¹, Daisuke Motooka², Akihisa Fukushima³, Akira Nishio¹, Hayato Hikita¹, Tomohide Tatsumi¹, Toru Okamoto⁴, Tatsuya Kanto⁵, and Tetsuo Takehara¹,*(#共同筆頭著者、*責任著者) ・所属:   1. 大阪大学 大学院医学系研究科 消化器内科   2. 大阪大学 微生物病研究所   3. 大日本住友製薬株式会社(現 住友ファーマ株式会社)   4. 順天堂大学 大学院医学研究科 微生物学   5. 国立国際医療研究センター 肝炎・免疫研究センター ・DOI: https://doi.org/10.1016/j.jcmgh.2024.101412  なお本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業 B型肝炎創薬実用化等研究事業「イムノ・オミクス研究を基盤としたB型肝炎に対する治療法の開発」、「B型肝炎ウイルス持続感染モデルを活用した病態解明および新規治療法の開発」、肝炎等克服緊急対策研究事業「NAFLD/NASHおよび非ウイルス性肝がんの病態解明と治療法開発」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金研究の一環として行われた。 【滋野聡医員のコメント】  臨床医としてB型慢性肝炎診療に携わる中で、drug freeを可能とする新規治療法開発への期待を患者さんより頂くことが多く、HBV治療におけるアンメットニーズを実感しています。多くの関係者のご協力により開発することが出来た本マウスモデルを用いることで、SA-5をはじめとした抗HBV免疫作動薬の開発と実用化が進むよう、研究を継続していきたいと思います。 【用語説明】 (※1)細胞傷害性T 細胞  細胞表面にCD8という分子を持つT細胞で、宿主にとって異物になる細胞(がん細胞、ウイルス感染細胞など)を認識して破壊する細胞。 (※2)疲弊  T細胞などが免疫チェックポイント分子などの発現により機能が低下すること。 (※3)Toll様受容体7(TLR7)  Toll様受容体は自然免疫に重要な役割を果たす抗原受容体で、TLR7はウイルス由来の一本鎖RNAを認識する。 (※4)Ⅰ型インターフェロン  自然免疫における抗ウイルス活性の中心的な役割を担っているサイトカイン。 (※5)核酸アナログ製剤  B型肝炎ウイルスの遺伝子を作る核酸(DNA)の合成を阻害して、ウイルスの増殖を抑制する薬剤。 (※6)発現ベクター  細胞内で目的の遺伝子を発現させるための運び屋で、環状二本鎖DNAのプラスミドなどが用いられる。 (※7)ナチュラルキラー(NK)細胞  ウイルス感染細胞や癌細胞などを殺傷することができるリンパ球。 (※8)マクロファージ  体内に侵入したウイルスや細菌などの病原体や死んだ細胞などを食べる細胞。 (※9)サイトカイン  主に免疫系細胞から分泌されるたんぱく質で細胞間の情報伝達を担っている。 (※10)免疫チェックポイント分子  免疫応答を制御する分子。 (参考URL) ・研究者総覧 小玉尚宏助教  https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/0beed4448a279bc6.html 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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