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追手門学院大学(大阪府茨木市、学長:真銅正宏)理工学部(2025年4月開設)の高見剛教授の研究チームは、九州大学の多田朋史教授、高エネルギー加速器研究機構の森一広教授と共同で、フッ化物イオンを正極と負極の間で行き来させる固体電解質(※1)として、アニオン副格子の回転機構を用いたフッ化物イオン伝導体を創出した。これにより、伝導率の高い新たなフッ化物イオン伝導体の設計に向けた戦略の広がりが期待される。本研究成果は、2024年9月10日(米国時間)に米国化学会の学術誌『Chemistry of Materials』に掲載された。
【本件のポイント】
○既存の固体電解質に匹敵するフッ化物イオン伝導率を達成
○富岳を使用した第一原理計算により、アニオン副格子の回転運動に伴うイオン伝導を発見
○全固体フッ化物イオン電池の固体電解質の素材探索に向けた新たな戦略を開拓
【「全固体フッ化物イオン電池」について】
全固体フッ化物イオン電池とは、フッ化物イオン(F⁻)が固体電解質を通して正極と負極の間で行き来することで充放電する蓄電池。多くとも1電子の反応を伴うリチウムイオン電池と異なり、一度に複数の電子が反応に関与する多電子反応を用いるため、容量を高めることが可能である。
近年では、リチウムイオン電池の数倍の容量をもち、高い安定性と長時間の使用にも耐えるとされ、高性能蓄電池として期待されており、液体でなく固体電解質を用いることで発火のリスクを抑え、設計の自由度も増す。しかしその開発に向けて課題になっているのは、室温状態で高いフッ化物イオン伝導率(※2)を示す材料の開発であった。
【概 要】
カーボンニュートラルの実現に向けて、電気を繰り返し充放電できる二次電池の重要性が増している。現在、主流であるリチウムイオン電池に用いられるリチウムは、埋蔵量が少なく、供給が需要に追いつかなくなるという懸念もあり、レアメタルを使用せずに高いエネルギー密度を持つ次世代電池の開発が進められている。
「全固体フッ化物イオン電池」の実用化できる多結晶状態での固体電解質としては、これまでランタン・バリウム・フッ素を用いた化合物(La₀.₉Ba₀.₁F₂.₉)が一般的で、フッ化物イオンが動く空孔を異価元素置換(価数の違う元素で置換する方法)により作り、フッ化物イオンを伝導させていく仕組みが用いられてきたが、伝導率の向上には限界があった。
伝導率向上にむけては、伝導率がより高い材料の探索と化合物の合成が必須で、本研究では、格子間にフッ素が存在し、その付近に分極率(※3)の大きなタリウムが位置する化合物を新たに合成し、元素置換を行い3次元的な隙間を作り出すことによってフッ化物イオン伝導率の向上を試みた。
そしてF空孔量、格子体積、粒径サイズの最適化を行った結果、今回生成した化合物「Tl₄.₅Sn₁₋xBxF₈.₅-x(B = Al, Y, Sm)」は、La₀.₉Ba₀.₁F₂.₉に匹敵するフッ化物イオン伝導率を達成し、さらにアニオン(陰イオン)副格子の回転運動が関与することを初めて実証した。
この回転運動は全固体リチウムイオン電池を用いた研究でも確認されており、固体電解質内での伝導率が優れなかったフッ化物イオンの伝導率向上を示唆するもので、全固体フッ化物イオン電池の開発に向けて、新たな固体電解質の探索的な開拓が期待される。
【研究の背景】
本研究では、"Magic element"と呼ばれるユニークなフッ素原子がイオン化したフッ化物イオンを、固体中で高速に拡散するイオン伝導体が対象。高見教授は、これまで化学フッ化した2次元(2D)物質の窒化ホウ素において、無機物の中で世界最高のフッ化物イオン伝導率を達成した[T. Takami* et al., Materials Today Physics 21, 100523 (2021). *は責任著者]。
またSr3Fe2O5F2において、F-の2D拡散を実証し[Y. Wang, T. Takami* et al., Chem. Mater. 34, 10631 (2022)]、さらに近年、フッ化物イオン伝導体のレビュー論文を出版している[T. Takami* et al., Journal of Physics: Condensed Matter 35, 293002 (2023).]。
最近では、フッ素と窒素からなる複合アニオン化合物において、電子化物(※4)由来の物質を化学フッ化することで、フッ化物イオン伝導の発現を達成した[T. Takami* and coauthors, Chem. Mater. 36, 5671 (2024).]。これらの過程で、閉じた構造をしている静的なアニオン副格子(※5)によりF⁻の拡散が阻害されている問題点を見出。F⁻の拡散が促進されるようにアニオン副格子の構造を制御して、F⁻の拡散先となるF空孔の導入と動的なアニオン副格子を作り出すことができれば、イオン伝導率の一層の上昇を達成できると着想した。
本研究では、アニオン副格子であるSnF6八面体を格子中で孤立するように制御し、F⁻拡散に伴いこの八面体が回転する証拠を得た。フッ化物イオン伝導率は、全固体フッ化物イオン電池の固体電解質La0.9Ba0.1F2.9に匹敵する値を示している(約10⁻⁴ Scm⁻¹, 140゜C)。
【研究内容と成果】
今回のイオン伝導体の開発では、固相反応法(※6)を用いてTl₄.₅Sn₁-xBxF₈.₅-x(B = Al, Y, Sm)を合成した。その過程では、出発原料粉である金属フッ化物TlF, SnF₄, AlF₃, YF₃, SmF₃をアルゴン雰囲気のグローブボックス中で混合し、その後、これらの粉末をペレット状に圧粉し、モリブデンホイルで包んだ状態で、アルゴン雰囲気中にて焼成している。
従来のフッ化物空孔を介したフッ化物イオンの動きとは対照的に、孤立したアニオン副格子は、その回転柔軟性から、格子間フッ化物イオン拡散のための新たな戦略を提供する可能性がある。
本研究では、孤立したSnF₆八面体の間にフッ化物イオンを含むTl₄.₅SnF₈.₅を用い、キャリア量を固定した状態で、SnサイトをAl, Y, Smで置換してイオン半径を変化させたときのセル体積とフッ化物イオン伝導度の関係を調べた。得られた物質の結晶構造は、中性子回折測定(※7)により精密化した。Tl₄.₅Sn₀.₉Y₀.₁F₈.₄が最大のフッ化物イオン伝導度を示し、活性化エネルギーは最小であった。この材料をボールミリングすると、La₀.₉Ba₀.₁F₂.₉に匹敵する高い室温フッ化物イオン伝導度が得られた。また、ニューラルネットワークポテンシャル分子動力学法(※8)を用いて、フッ化物イオンの拡散機構を解明した。
その結果、SnF6八面体のフッ化物イオンは回転運動を起こし、これがフッ化物イオンの拡散と格子間フッ化物イオンのホッピングを媒介することがわかった。孤立アニオン副格子のこれらの働きは、フッ化物空孔の導入に基づく従来のアプローチを補完するフッ化物イオン伝導体の新しい設計戦略を提供する。
【今後の展望】
アニオン副格子の回転運動を利用することで、フッ化物イオン伝導が促進されるというブレークスルーを得ることができた。既存のアプローチに限界が見える背景のもと、本研究では視点を変え、アニオン副格子が存在するユニットセルを膨張させることで、この動的なアニオン副格子を制御した。
本研究は、イオン伝導率向上に向けてアニオン副格子の効果を最大化するための原理を構築する意義を有する。
【研究者コメント】
フッ化物イオン伝導体において、アニオン副格子の回転運動に伴うフッ化物イオン伝導の発現を実証し、特に、実験と理論の共創により、拡散の機構解明を成し遂げました。
このことは、アニオン副格子が静的に動かないものであるという常識を覆し、より伝導率が高いフッ化物イオン伝導体創出に向けた戦略の広がりへの嚆矢となります。
【論文情報】
・論文タイトル: Fluoride-ion conduction by synergic rotation of the anion sublattice for Tl₄.₅SnF₈.₅ analogues
・著者: T. Takami(責任著者), N. Yasufuku, M. Ivonina, T. Tada(責任著者), K. Tani, C. Pattanathummasid, K. Mori
・雑誌名: Chemistry of Materials
・DOI: 10.1021/acs.chemmater.4c01626
・公開日: 2024年9月10日(米国時間)
・URL:
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.chemmater.4c01626
本研究は、主に以下の事業の支援を受けて実施されました。
・科研費 基盤研究(B), 22H02167, 23K23435
・挑戦的研究(萌芽), 24K21808
・藤森科学技術振興財団
・三菱財団 自然科学研究助成, 202210032
・高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の中性子共同利用S1型実験課題, 2019S05
・智慧とデータが拓くエレクトロニクス新材料開発拠点, JPMXP1122683430
・スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム, JPMXP1020230327
・スーパーコンピュータ「富岳」の計算資源, hp230212
【用語説明】
※1 固体電解質: 電場下でイオンが拡散することのできる固体の総称。蓄電池において、正極・負極の間でイオン輸送を担う役割を果たす。
※2 フッ化物イオン伝導率: フッ化物イオンが伝導種となる場合のイオン伝導率(S cm⁻¹)。
※3 分極率: 原子や分子の電子雲などがもつ電荷分布の相対的な偏りを表す物理量であり、伝導種としては分極率が大きい方が望ましい。
※4 電子化物: 物質の中で電子がアニオン(陰イオン)として特定の位置に固定されて存在する化合物のこと。通常、電子は原子や分子の周りを自由に移動するが、電子化物では電子が特定の場所に固定され、これが物質の特性に大きな影響を与える。
※5 アニオン副格子: ユニットセルの中に存在する局所構造のことで、主にアニオンから形成される。
※6 固相反応法: 出発原料の粒成長を利用し、溶融することなく、固相から直接目的の物質を得る方法である。
※7 中性子回折測定: 中性子線の回折現象を利用して、物質の結晶構造や磁気構造の解析を行う手法である。エックス線に比べ、フッ素など軽元素の検知に有効である。
※8 ニューラルネットワークポテンシャル動力学法: 与えられた原子構造から特定の関数を使ってポテンシャルエネルギーを計算する。この関数は「力場」と呼ばれ、ニューラルネットワーク力場では経験的な知識を使わずに、学習によってゼロから力場を構成する。
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・「全固体フッ化物イオン電池」が切り拓く未来。過熱する次世代電池の開発競争 ― 追手門学院大学のニュース発信サイト「OTEMON VIEW」に掲載(2024.09.11)
https://www.u-presscenter.jp/article/post-54290.html
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