超解像顕微鏡が解き明かす染色体凝縮の仕組み

横浜市立大学

〜コンデンシンが「DNAクリップ」として働く〜

■概要
 細胞が分裂するためには、複製された長いゲノム(1)DNAが分裂期染色体(2)として凝縮し、それが2つの娘細胞に正確に分配される必要があります。これにはコンデンシン(3)というタンパク質が重要な役割を果たすと考えられていますが、コンデンシンがどのようにしてゲノムDNAに働き、染色体を凝縮させるのかは不明でした。このたび、情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 日比野佳代 助教、田村佐知子 テクニカルスタッフ、南克彦 大学院生、島添將誠 大学院生、前島一博 教授のグループ、夏目豊彰 助教、鐘巻将人 教授のグループは、横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 境祐二 特任准教授、理化学研究所 高木昌俊 専任研究員、今本尚子 主任研究員のグループと共同で、分裂するヒト細胞の染色体内をナノメートル(4)レベルで可視化できる超解像蛍光顕微鏡(5)を用い、ゲノムDNAの動きを観察・解析しました。
 その結果、高度に凝縮した分裂期染色体においても、ゲノムDNAが揺らいでいることを発見しました。そして染色体が凝縮する過程で、DNAの揺らぎが次第に抑えられ、コンデンシンが「クリップ」のようにDNA同士を結びつけ、DNAの揺らぎを抑えていることが分かりました。また、DNAがヒストンというタンパク質に巻きついた構造であるヌクレオソーム同士の相互作用も、染色体全体を凝縮させる役割を果たすことが明らかとなりました。これらの実験結果は、計算機シミュレーションで作られたモデル染色体でも再現できました。今回の発見は、細胞が分裂する際、長いゲノムDNAから染色体がどのように作られるかを解明するものです。細胞分裂の異常に関連する「がん」などの疾患の理解・治療につながることが期待されます。
 本研究は、2024年8月21日に「Nature Communications」にオープンアクセスとしてオンライン掲載されました。
 

図1:(左)DNAはヒストンに巻かれてヌクレオソームを形成する。ここでは4 個のヌクレオソームが描かれているが、1つの細胞あたり3000万個ものヌクレオソームが存在する。ヌクレオソームは不規則に折り畳まれて塊(クロマチンドメイン)を形成し、細胞の核のなかに収められている。(右)本研究によって、分裂細胞の染色体のなかの単一のヌクレオソーム(赤)を標識する技術が開発され、その振る舞いが明らかになった。


■成果掲載誌
 本研究成果は、国際科学雑誌「Nature Communications」に2024年8月21日(日本時間)にオープンアクセスとしてオンライン掲載されました。

論文タイトル: Single-nucleosome imaging unveils that condensins and nucleosome-nucleosome interactions differentially constrain chromatin to organize mitotic chromosomes.
(1分子ヌクレオソームイメージングにより、コンデンシンとヌクレオソーム間の相互作用がクロマチンを制約し、分裂期染色体を組織化することが明らかになった)
著者:  Kayo Hibino, Yuji Sakai, Sachiko Tamura, Masatoshi Takagi, Katsuhiko Minami, Masa A. Shimazoe, Toyoaki Natsume, Masato T. Kanemaki, Naoko Imamoto, Kazuhiro Maeshima*    *責任著者
(日比野佳代、境祐二、田村佐知子、高木昌俊、南克彦、島添將誠、夏目豊彰、鐘巻将人、今本尚子、*前島一博)
DOI: 10.1038/s41467-024-51454-y
https://www.nature.com/articles/s41467-024-51454-y

■研究の詳細
● 研究の背景
 私たちの体を構成する細胞一つ一つには、全長2メートルにおよぶゲノムDNAが収められています。DNAは直径2ナノメートルの細い糸状の物質で、「ヒストン」という樽状のタンパク質に巻き付くことで「ヌクレオソーム」という構造を作ります(図1左)。ヌクレオソームにさまざまなタンパク質が結合することでDNAはさらに折りたたまれ、「クロマチン」と呼ばれる形を取り、細胞の中に収納されます。国立遺伝学研究所の前島教授らは、2008年よりヌクレオソームが不規則に、そしてダイナミックに細胞内に収められていることを提唱してきました。先行研究より、クロマチンが平均直径200ナノメートルほどの不規則に凝縮した「塊」(クロマチンドメイン)を形成していることが明らかとなっています(図1左)。細胞が分裂する際、複製されたクロマチンドメインが束ねられ、染色体 (図1右) として娘細胞に正確に分配される必要があります。これにはコンデンシン(3)というタンパク質が重要な役割を果たしますが、コンデンシンがどのようにしてDNAに働き、染色体を構築するのかは不明でした。
 また、分裂している生きた細胞において、染色体をナノメートルのスケールで詳細に観察することは困難であったため、染色体のなかでヌクレオソームが局所的にどのように振る舞うのかは、明らかになっていませんでした。

● 本研究の成果
 本研究では、まずヒト細胞の染色体のなかのヌクレオソームを特異的に蛍光標識する技術を開発しました(図1右)。そしてヌクレオソーム1個1個を観察できる超解像蛍光顕微鏡(5)を駆使し、分裂期染色体のなかの蛍光標識したヌクレオソームの動きを生きた細胞において観察しました。その結果、高度に凝縮した分裂期染色体においても、ヌクレオソームが揺らいでいることを見出しました。そしてこの染色体が凝縮する過程で、ヌクレオソームの揺らぎが次第に抑えられることが分かりました。また、コンデンシンは染色体の中心部分に存在し、染色体軸を作っています(図2左下)。コンデンシンを迅速に除去できる細胞を用いて解析した結果、コンデンシンは染色体の中心付近でクロマチンドメイン同士を「クリップ」のように結びつけ、ヌクレオソームの揺らぎを抑えていることが示唆されました(図2上段)。また、ヒストンのテール(尾部、図1左)を介したヌクレオソーム間の相互作用を薬剤で阻害すると染色体が脱凝縮するため、この相互作用も重要な役割を果たしていることも示されました(図2下段)。ヒストンのテールは、ヌクレオソーム同士の物理的な結びつきを強化し、染色体全体を凝縮させます。さらに、計算機上で再現されたモデル染色体において、コンデンシンの「クリップ」の働きや、ヌクレオソーム同士の相互作用を考慮することで、染色体を正しく構築することができました。本研究で得られたコンデンシンの「クリップ」の働きと、ヌクレオソーム同士の相互作用は、染色体が正確に娘細胞に分配されるための重要なメカニズムと考えられます。
 
 

図2:(上段)コンデンシンは、染色体の中心付近でクロマチンドメイン同士を「クリップ」のように結びつけ、ヌクレオソームの揺らぎを抑えている。(下段)ヒストンのテール(尾部)を介したヌクレオソーム間の相互作用を阻害すると染色体が脱凝縮する。ヌクレオソーム間の相互作用も重要な役割を果たしている。


 


これらの結果は、生きた細胞の染色体をナノメートルレベルで観察することができる顕微鏡により得られた新しい染色体像です(図3)。これまでの方法では、細胞を固定(6)する必要があり、ヌクレオソームの振る舞いの情報が失われてしまうという欠点がありました。今回明らかになった「ヌクレオソームの揺らぎ」は、コンデンシンなどの染色体を構築するタンパク質の染色体内部への侵入や染色体内の移動を促し、効率的な凝縮反応を可能にすると考えられます。このようなヌクレオソームの振る舞いは、がんの原因となる長いクロマチンの絡まり・切断を防ぎ、遺伝情報の維持に貢献することが予想されます。
 
 


図3:ヌクレオソームの揺らぎは、コンデンシンなどの染色体を構築するタンパク質の染色体内部への侵入や染色体内の移動を促し、効率的な凝縮反応を可能にする。







● 今後の期待
 本研究は細胞分裂中の染色体構築過程のコンデンシンとヌクレオソームの役割を明らかにしました。これにより、遺伝情報を維持し、染色体の正確な分配を理解するための重要な手がかりが得られました。得られた知見は、細胞分裂のメカニズムを解明し、細胞分裂の異常に関連する「がん」などの疾患の理解・治療につながることが期待されます。

動画:https://youtu.be/9l2DqQOx68k
動画の説明:超解像蛍光顕微鏡により観察された生きた細胞の核内(左)と染色体(右)におけるヌクレオソームのゆらぎの動画。個々のドットが単一のヌクレオソームを示している。左下は秒表示。

■用語解説
(1) ゲノム
生物の全遺伝情報のセットでDNA(一部のウイルスではRNA)にコードされている。木原均(元国立遺伝学研所長)によってその概念が提唱された。
(2) 分裂期染色体
細胞が分裂する際、ゲノムDNAが高度に凝縮されてできる棒状の構造体。
(3) コンデンシン
染色体形成に必須とされている5つのタンパク質よりなる複合体。染色体中に軸のように存在する。
現 理研主任研究員・平野達也らのグループによって1997年に発見された。
(4) ナノメートル
1メートルの10の9乗分の1(10-9)。
(5) 超解像蛍光顕微鏡
通常の光(可視光)を用いた顕微鏡で観察する場合は、200ナノメートル程度の大きさの構造をとらえるのが限界である(光の回折限界)。しかし、超解像蛍光顕微鏡はこの限界を超えて(超解像)、より小さな構造まで観察することができる。本研究では、クロマチンのヌクレオソームをまばらに蛍光標識することで個々のヌクレオソームの動きを観察できるようになった。
(6) 固定
細胞の内部の構造を観察するために安定化(動かなく)すること。化学物質を用いる方法や、細胞を急速凍結する方法などがある。

■研究体制と支援
 本研究成果は、国立遺伝学研究所・ゲノムダイナミクス研究室の日比野佳代 助教(JST さきがけ研究員)、田村佐知子 テクニカルスタッフ、南克彦 総研大大学院生(元SOKENDAI特別研究員、現 学振特別研究員DC2)、島添將誠 総研大大学院生(学振特別研究員DC1)、前島一博 教授 、分子細胞工学研究室の夏目豊彰 助教(現 東京都医学総合研究所 研究員)、鐘巻将人 教授、横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科の境祐二 特任准教授、理化学研究所の高木昌俊 専任研究員、今本尚子 主任研究員(現 滋慶医療科学大学大学院教授)との共同研究成果です。
 本研究は、日本学術振興会(JSPS) 科研費(JP20K06482, JP21H02453, JP23K17398, JP24H00061, JP23KJ0998, JP20K06594, JP21H0419, JP23H04925)、学術変革領域A「ゲノムモダリティ」(JP20H05936)、科学技術振興機構(JST) PRESTO (JPMJPR21ED)、CREST (JPMJCR21E6)、 JST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2104)、武田科学振興財団の支援を受けました。




 

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