光線力学療法用の光増感剤を新たに開発
~腫瘍血管の正常化への応用に期待~
本研究成果は、アメリカ化学会国際学術誌「Inorganic Chemistry」に掲載されました(2024年7月12日)。
研究成果のポイント
- 光線力学療法用光増感剤として両親媒性白金錯体を新たに開発した。
- ヒト臍帯静脈上皮細胞に対してのみ白金錯体の光細胞毒性が確認された。
- 細胞内動態が白金錯体へのタンパク質の導入により変化することを発見した。
研究背景
光線力学療法(PDT)は、光照射によって腫瘍組織を選択的に死滅させることができる非侵襲性のがん治療法の一つです。PDT用光増感剤としては、光誘起電子移動反応によってスーパーオキシドアニオンラジカルを生成させるType Iと、光誘起エネルギー移動反応によって一重項酸素*2を生成させるTypeⅡがあります。白金錯体は重原子効果により励起三重項状態を効率よく生成することができるため、TypeⅡの光増感剤としてこれまで注目されてきました。水に不溶な中性白金錯体を生体へ応用するためには、細胞への取り込みを改善するために両親媒性を得ることが重要になります。これまで、エチレングリコール基やペプチド基の導入した両親媒性の白金錯体が複数報告されてきましたが、これらは多段階の化学合成を必要とするため、より簡便な方法での両親媒性の獲得が望まれていました。
研究内容
本研究では、白金錯体のイオン化、タンパク質内包による両親媒性の獲得に注目し、それらの合成、光物性解明、光細胞毒性試験を行いました。イオン化型白金錯体の一重項酸素生成量子収率は55%と高い値を示したのに対し、タンパク質内包型白金錯体は13%であることが分かりました。白金錯体で処理したヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)では、イオン化型白金錯体は拡散による急速な取り込み後に細胞全体に非局在化した一方、タンパク質内包型白金錯体はエンドサイトーシス*3によって取り込まれ、細胞小器官と細胞膜に局在化することが示唆され、細胞動態が二つで異なることが明らかとなりました。イオン化型白金錯体はヒト臍帯静脈内皮細胞に対して高い光細胞毒性を示す一方、ヒト乳腺上皮細胞株(MCF10A)、ヒト乳癌細胞株(MDA-MB-231)に対しては光細胞毒性を示さないことが明らかとなりました。
今後の展開
腫瘍形成や転移に重要である血管内皮細胞に対するイオン化型白金錯体の選択的光細胞毒性は、正常組織を損傷することなく、腫瘍血管を正常血管にする可能性、すなわち、腫瘍血管の正常化に有用です。タンパク質内包型白金錯体については、ヒト細胞に対する優れた送達能力が明らかとなったため、生体に対する次世代バイオイメージング材料としての応用が期待できます。
研究費
本研究は、科研費若手研究(JP21K14647, JP21K06244)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Photodynamic Effect of Amphiphilic N^C^N-Coordinated Platinum(II) Complexes in Human Umbilical Vein Endothelial Cells
著者: Shingo Hattori, Mizuki Ogishima, Tadaaki Nakajima, Shota Hosoya, Yuichi Kitagawa, Yasuchika Hasegawa, Shinji Nonose, Tomomi Sato and Kazuteru Shinozaki
掲載雑誌: Inorganic Chemistry
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.inorgchem.4c01414
用語説明
*1 光増感剤:光増感反応を示す薬剤。ここでは、光を吸収して得られたエネルギーを酸素分子へ渡す増感反応を担う物質のことを指す。
*2 一重項酸素:活性酸素種(ROS)の一種。光吸収した増感剤からのエネルギー移動によって生じる。
*3 エンドサイトーシス:細胞が物質を取り込む過程の一つ。