世界初、eスポーツ対戦直前の脳波から勝敗と強く関わるパターンを発見・実証 〜「実力が拮抗した試合」や「番狂わせ」を約80%の精度で予測〜

日本電信電話株式会社

発表のポイント:
  • 試合直前の脳波に勝敗と強く関わるパターンを発見しました。
  • 勝敗予測モデルに試合直前の脳波データを導入することで、従来困難だった「番狂わせ」のような不確定要素の多い試合結果も高精度に予測可能なことを実証しました。
  • 将来的には脳波のパターン分類に基づく個人のメンタルコンディショニングの確立が期待できます。
 日本電信電話株式会社(本社東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)は、eスポーツ対戦直前の脳波に勝敗と強く関わるパターンの存在を世界で初めて発見し、この脳波データから直後の試合結果を高精度に予測することに成功しました。
 本成果は、競技直前の脳に最適な状態が存在することを示すとともに、競技パフォーマンスの予測に脳情報が有効であることを示すものです。将来的に、スポーツ、医療、教育などさまざまな現場で活躍する人々の脳状態の最適化によるパフォーマンス向上や、熟練者の高度なスキルを生み出す脳状態のデジタル化によるスキル伝承の実現に向けた大きな成果です。
 eスポーツ勝敗と関連する脳波についての詳細は2023年6月16日、米国科学誌「iScience」に掲載され、勝敗予測技術についての詳細は2024年7月11日、オランダ科学誌「Computers in Human Behavior」に掲載されました。 

1.背景
 NTTコミュニケーション科学基礎研究所では、すべての人が自分の能力を最大限に引き出せる社会を目指して、心と体を調整する脳の仕組みを研究しています。アスリートは本番の強いプレッシャーの中で最高のパフォーマンスを発揮することを目指し、「メンタル」と呼ばれる本番に臨む状態を最適に調節しているものと考えられます。アスリートが本番に臨む際の脳状態はメンタルと強く関連していると考えられ、これまでにもいくつかの競技で脳状態と瞬間的なパフォーマンスとの関係は調べられてきました。しかし、実戦中の計測の困難さもあり、対戦競技の勝敗と関係する脳状態は見出されていませんでした。
 また近年、スポーツアナリティクス技術の進展に伴い、競技の勝敗予測をする技術は進展しており、過去の競技成績に基づいた試合結果の予測精度は飛躍的に向上しています。しかし、「実力が拮抗した試合」や「番狂わせ(※1)」といった不確定要素の多い試合結果の予測には困難を伴っていました。

2.研究の成果
 本研究では、身体運動機能の違いよりもメンタルゲームの側面が強く、脳計測に適している、eスポーツの格闘ゲームを対象に、試合中の選手の脳状態を脳波計測(EEG)(※2)により観測しました。これにより、アスリートが試合に臨む際の理想的な精神状態がどのような脳波パターンから生じるのかを調査しました。そして、対戦直前のプレイヤーの脳波データに存在する、勝敗と強く関連するパターンを特定しました。これにより脳波データから試合結果を約80%の精度で予測することが可能となり、従来の予測技術では難しい「実力が拮抗した試合結果」や「番狂わせ」といった試合展開も予測できる可能性が示されました。

2.1 勝敗と強く関連する脳波パターンの発見
 試合の勝敗と関連する脳波パターンを調査するため、eスポーツの格闘ゲーム熟練者同士が実戦と同じ2ラウンド先取制の試合を行っている最中の脳波(EEG)を計測しました。eスポーツの勝負には「戦略判断(※3)」と「感情制御(※4)」が重要であると言われており、プレイヤーへのアンケート結果からも、第1ラウンドの直前期間では戦略判断の重要性が高く、第3ラウンドの直前期間では感情制御の重要性が高いことがわかりました。そこで第1、第3ラウンドの直前期間の戦略判断と感情制御に関わる脳波パターンに着目し、それらと勝敗の関連を調べました(図1上)。すると、戦略判断に関わる左前頭脳領域のγ波(※5)が試合の序盤(第1ラウンドの直前)に増大している時、また感情制御に関わる左前頭脳領域のα波(※6)が試合の終盤(第3ラウンドの直前)に増大している時に試合に勝ち易いことが明らかになりました(図1下)。
 

2.2 脳波データで学習したモデルによる高精度な勝敗予測
 次に、試合直前の脳波パターンが試合結果をどの程度正確に予測できるのか評価するため、1ラウンド先取制で行われる試合直前の脳波データから、その試合の勝敗を予測するモデルを複数の機械学習手法で構築しました(図2A)。すると、最も成績の良いモデルには勝敗に関わる脳波の特徴量が獲得されており、試合の勝敗を約80%の精度で予測できることが明らかになりました。その内訳をみると、勝ちだけではなく負けも約80%で予測可能でした(図2B)。さらに、実力が拮抗した組み合わせの試合と番狂わせが起きた試合の勝敗予測を行うと、プレイヤーの過去の試合情報のような従来データでの学習では最も成績の良いモデルでも予測精度が低かった(図2D)のに対して、脳波データで学習したモデルではやはり約80%の高い精度で予測できることが示されました(図2C)。
 
(A)脳波データまたは従来データを用いた機械学習の模式図。(B)勝敗予測精度とその混同行列。全試合、実力が拮抗した試合、番狂わせが起きた試合に対して、(C) 脳波データまたは (D) 従来データを使って学習したモデルの勝敗予測精度を比較した結果。

3.今後の展開
 本研究は勝負事に臨む際の理想的な脳状態の存在を示しており、人々が様々なシーンでプレッシャーに対処するための重要なヒントを与えます。われわれは、スポーツ、医療、教育現場など様々なシーンで生体情報に基づいたメンタルコンディショニングを実現することで、人々のwell-being向上を目指します。また、NTTがIOWN構想(※7)の中で提唱するデジタルツインコンピューティング(※8)の研究開発における、様々な分野の熟練者の技能のデジタル化と、個人が模倣することによる高度なスキルの伝承にも貢献していきます。

【論文掲載情報】
  • Minami, S., Watanabe, K., Saijo, N., and Kashino, M. (2023). Neural oscillation amplitude in the frontal cortex predicts esport results. iScience DOI: 10.1016/j.isci.2023.106845
  • Minami, S., Koyama, H., Watanabe, K., Saijo, N., and Kashino, M. (2024). Prediction of esports competition outcomes using EEG data from expert players. Computers in Human Behavior
【用語解説】
※1.番狂わせ 事前の予想を覆して、格下のプレイヤーが格上のプレイヤーに勝利すること。本実験においては、ゲーム内でプレイヤーランキングが低いプレイヤーが高いプレイヤーに勝つ試合展開として定義。

※2.Electroencephalography (EEG)  脳の電気活動を非侵襲的に記録する方法。頭皮に電極を装着し、脳から発生する微弱な電気信号を検出する。これにより、脳のさまざまな状態や反応を調べることができる。

※3.戦略判断 目標を達成するための最善の方法を選択する能力。eスポーツにおいては、プレイヤーの個人特性やキャラクターの相性を考慮し、自身が取るべき行動パターンを事前に計画しておく試みを指す。

※4.感情制御 個人が自分の感情を意識的に調整し、適切に表現する能力。 eスポーツにおいては、試合の大事な局面に感じる「敗北への不安」のような精神的動揺を意識的に抑制する試みを指す。

※5.γ波(ガンマ波) 脳波の一種で、30Hz以上の高周波を指す。

※6.α波(アルファ波) 脳波の一種で、7-13Hzの低周波を指す。

※7. IOWN構想 革新的な技術によりこれまでのインフラの限界を超え、あらゆる情報を基に個と全体との最適化を図り、多様性を受容できる豊かな社会を創るため、光を中心とした革新的技術を活用した高速大容量通信、膨大な計算リソース等を提供可能な、端末を含むネットワーク・情報処理基盤の構想。URL:https://www.rd.ntt/iown/0001.html

※8. デジタルツインコンピューティング モノやヒトをデジタル表現することによって、現実世界(リアル)のツイン(双子)をデジタル上に構築すること。これまで総合的に扱うことができなかった組合せを高精度に再現し、さらに未来の予測ができるようになる。
URL:https://www.rd.ntt/iown/0003.html

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