世界初、中性子線照射による藻類の品種改良技術を確立 ~バイオ燃料原料の油脂生成量を最大1.3倍に増加させることに成功~

日本電信電話株式会社

発表のポイント:
  • 藻類の品種改良*1に最適な中性子線*2の照射条件を初めて明らかにしました。
  • その最適化された条件のもと、中性子線を照射することにより、バイオ燃料*3の原料となる油脂の生成量を増やすことが可能な藻類の品種改良に、世界で初めて成功しました。
  • 本研究で確立した新規の藻類品種改良技術は、温室効果ガスの削減や新たなエネルギー資源生成など、気候変動問題の解決に向けて広範囲での活用が期待されます。
 日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と株式会社ユーグレナ(本社:東京都港区、代表取締役社長:出雲 充、以下「ユーグレナ社」)は、世界で初めて、中性子線照射による遺伝子変異*4導入を用いた藻類の品種改良に成功しました。この成果は、藻類のCO2吸収量向上や目的に応じた有用性を高めた藻類を品種改良・生産することで、気候変動に係る様々な課題を解決する基盤技術と期待されます。
 本成果は、2024年7月3日に英科学誌Scientific Reportsに掲載されました。
 

1.背景
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(2021年)*5によると、「人間の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」とされています。それゆえ、人間の活動がもたらすCO2などの温室効果ガスの削減が急務となっています。この問題解決において、植物と同様に光合成を行い増殖速度が速い藻類が注目を集めています。しかし、藻類の機能を最大限にかつ効果的に活用するためには、目的とする藻類の特性を最大限に発揮させる、品種改良技術が求められています。

 これまでの藻類の品種改良法では、培養液など水分を含む物質への透過性が低い電磁波や重粒子線*6を用いた遺伝子変異の導入が試みられていましたが、培養液中で生育する藻類細胞の大部分に対しては効果が及ばないという課題がありました。それに対して、電荷を持たず、培養液など水分を含む物質への透過性が高い中性子線にNTTとユーグレナ社が注目し、2種類の中性子線(高エネルギー中性子線*7と熱中性子線*8)を用いた品種改良の共同研究を2022年に開始し、研究を進めてきました*9(図1)。

2.技術のポイントと実験概要
①中性子線照射条件の最適化
 中性子線の種類(高エネルギー中性子線もしくは熱中性子線)とその吸収線量*10と、藻類の遺伝子の変異導入効率の関係性を初めて明らかにしました。
 変異導入の判定は、単細胞性の藻類Cyanidioschyzon merolae*11(シゾン)を使用し、核酸を合成する遺伝子内に変異が導入されると、増殖を阻害する薬剤を含む寒天培地上での生育が可能となる仕組に基づいて行われました。解析の結果、高エネルギー中性子線の場合は20 Gy*12照射した際、熱中性子線の場合は13 Gy照射した際に最も効果的に変異が導入されることが明らかになりました(図2)。
 

②最適化された照射条件で引き起こされる変異パターンの解明
 次に、最適化された照射条件で引き起こされた、変異パターンの解析を行いました。その結果、変異が導入された遺伝子の変異パターンは、1塩基配列*13の置換・欠失・挿入が全体の約9割を占め、2塩基配列以上の変化は約1割でした(図3)。放射線の一種であるガンマ線(γ線)の照射では、2塩基配列以上の変化が約3割であるという報告*14があり、中性子線照射が引き起こす変異パターンが、現行の手法とは異なることが示唆されました。

③油脂生成量が向上した藻類の単離
 最適な中性子照射条件をEuglena gracilis*15(ユーグレナ)に適用し、野生株に比べて最大1.3倍の油脂生成量を示す株の品種改良に成功しました。
 シゾンで確認した最適な中性子照射条件を、バイオ燃料(ジェット燃料、軽油燃料相当)の原料となる油脂を生産する実用株の一つである、ユーグレナへ適用し、油脂生成量が向上した細胞の取得を試みました。中性子線を照射した細胞に油脂を特異的に染色する蛍光色素を加え、各細胞が発する蛍光量の強さを指標に選抜を行いました。その結果、野生株に比べて1.2倍から1.3倍の油脂生成量が高い4株*16の取得に成功しました(図4)。
 

3.各社の役割
 NTT:地上で使われる通信装置内の半導体に宇宙線*17由来の中性子線が引き起こすソフトエラー*18試験で蓄積した中性子線照射に関する知見を活用し、中性子線の種類、吸収線量と変異導入効率や変異パターンの関係性を明らかにしました。
 ユーグレナ社:バイオ燃料の原料に利用可能な油脂や機能性物質パラミロン*19などの生産に適した細胞を評価する技術を活用し、中性子線照射後の藻類から、油脂の生成量が元の株に対して向上した株の取得を行いました。

4.今後の展開
 今回の成果により、2種類の藻類に対して中性子線による品種改良が適用可能であることが確認できました。今後、NTTでは、CO2吸収量を向上させた藻類の品種改良やその原因遺伝子の解析を行うと共に、2種類の藻類以外への本技術の適用範囲拡大の有効性を検証していきます。活用目的に合わせて有用性を高めた藻類の品種改良・生産を行うことで、温室効果ガスの削減やエネルギー資源の生産だけでなく、農林水産飼料の創出など、気候変動に関連する様々な課題への解決策を提供することをめざします。

【用語解説】
*1 品種改良:遺伝子の変化によって性質が変わることを利用し、より人間に有用な品種を作り出すことをさします。
*2 中性子線:中性子は、原子核を構成している粒子です。原子核が核分裂したりするとき、原子核の外へ運動エネルギーを持ちながら中性子が飛び出します。これが、一方向に運動をしている中性子を中性子線と呼びます。
*3 バイオ燃料:生物資源(バイオマス)を原料とする燃料のことです。CO2削減対策として、化石燃料を代替する燃料として利用拡大が期待されています。
*4 遺伝子変異:遺伝子を構成するDNAの塩基配列が本来の配列と変化することをさします。遺伝子変異の結果、遺伝子から作られるタンパク質の機能が改変されます。
*5 https://www.env.go.jp/earth/ipcc/6th/index.html
*6 重粒子線:質量が重い粒子線のことをさします。ヘリウム、炭素、ネオン、アルゴンなどの粒子線が該当します。
*7 高エネルギー中性子線: 高い運動エネルギー、つまり高速で移動する中性子のことで、ここでは、光速の10%程度の中性子のことを示します。
*8 熱中性子線: 25 meV (2200m/s) 付近のエネルギーの中性子のことです。中性子が物質中で散乱を繰り返すと、その物質の原子の持っている熱運動エネルギーと平均的に等しくなるので、「熱」中性子と呼ばれます。
*9 https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/09/13/220913a.html
*10 吸収線量:放射線照射によって物質が吸収するエネルギーのことであり、ここでは、細胞が受ける放射線の影響の尺度を示します。
*11Cyanidioschyzon merolae:: イタリアの温泉で見つかった単細胞性の紅藻(海苔の仲間)。真核生物として初めて100%の核ゲノムが決定されるなど、モデル藻類、モデル光合成真核生物として用いられています。
*12 Gy: 放射線によって物体に与えられたエネルギーを表す計量単位で、物質 1 kg につき 1 J の仕事に相当するエネルギーが与えられるときの吸収線量を1グレイと定義されます。
*13 塩基配列: 、DNAやRNAなどの核酸において、それを構成しているヌクレオチドの結合順を示したもの。この場合は、DNAであり、アデニン、グアニン、シトシン、チミンから構成されます。
*14 https://journals.plos.org/plosgenetics/article?id=10.1371/journal.pgen.1009979
*15 Euglena gracilis: :微細藻類ユーグレナ(和名 ミドリムシ)の一種で、大量培養法が確立されていることから、ユーグレナの中で最も産業利用に適しているとされており、さまざまな用途での利活用が展開されています。
*16 株:微細物や微細藻類等において同一系統の集まりをいいます。
*17 宇宙線:宇宙空間を飛び交う高エネルギー放射線のことで、陽子が主成分で、他にもα粒子、リチウム、ベリリウムなどの原子核も含まれています。宇宙線は宇宙空間では、電子機器や人体へも影響を及ぼします。地上では、宇宙線が地球の大気と反応して発生した中性子によって、電子機器が稀に誤動作を起こす可能性があります。
*18 ソフトエラー:永久的にデバイスが故障してしまうハードエラーとは異なり、デバイスの再起動やデータの上書きによって回復する一時的な故障をさします。
*19 パラミロン:ユーグレナ属が細胞内貯蔵物質として生成する多糖類であり、食物繊維の一種です。免疫機能への影響など、従来の食物繊維とは異なるヘルスケアにおける新たな機能を持つことが近年の研究成果で分かってきています。

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