タンパク質結晶の高強度化と高延性化を実現

横浜市立大学

-生体分子であるタンパク質の材料化へ一歩前進-

 横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 高久大輝さん(博士後期課程1年)、鈴木凌助教、橘勝教授、小島謙一名誉教授ら研究グループは、タンパク質結晶*1に架橋を施すことで、高強度かつ高延性な特徴が付与されることを世界で初めて明らかにしました。この結果は、もろく壊れやすいタンパク質結晶が新しい素材として展開できる可能性を示しています。
 本研究成果は、米国物理学会の国際学術誌Physical Review Materials誌に掲載されました。(日本時間2024年5月30日)


研究成果のポイント 
・架橋タンパク質結晶の力学特性の評価に成功。
・架橋によるタンパク質結晶の脆性から延性への変化を観測し、その延性の起源を解明。
・材料特性の新たな知見の提供のみならず、タンパク質結晶の新材料化にも期待。
 

図1 本研究の概要図
架橋によるタンパク質結晶の高強度化と高延性化と、
それらの圧縮試験による応力ひずみ曲線の解析や内部の欠陥構造の詳細を観察

 
研究背景
 近年、気候変動による社会問題や国際情勢を背景に、エネルギー消費量の削減や持続可能なエネルギーの開発が世界中で取り組まれています。そのような環境配慮の観点から、生体分子であるタンパク質を素材とした材料の開発が注目されています。実際にタンパク質を素材とした非晶質材料であるクモの糸は高い強度を持ち、その環境適応性と優れた硬さから実用化まで進んでいます。同様に、タンパク質の結晶性材料であるタンパク質結晶も次世代の新材料として期待されています。しかし、弱い分子間相互作用によって構成されたタンパク質結晶は、非常にもろく壊れやすい弱点があります。このもろさを克服するために、架橋と呼ばれる手法が注目されています。一般に、架橋とは高分子同士を結合させて、物理的、化学的性質を変化させる方法です。タンパク質結晶においても、架橋分子によって結晶内のタンパク質分子間に共有結合が形成され、結晶が壊れにくくなることは古くから知られていました。しかし、この強化法は経験的な域を出ておらず、材料力学的観点から見た架橋タンパク質結晶の特性はほとんど理解されていません。この強化現象を実験的に明らかにすることは、架橋による強化のメカニズムの理解に留まらず、新材料創成に向けても重要な知見となります。


研究内容
 本研究グループは、大型の結晶作製を可能とする塩濃度勾配法を用いて、タンパク質結晶の一つである鶏卵白リゾチーム結晶を作製し、グルタルアルデヒドを含む架橋溶液に浸漬することで架橋タンパク質結晶を作製しました。そして架橋を施していない純粋なタンパク質結晶と異なる架橋時間で作製した架橋タンパク質結晶に対して、圧縮試験による応力ひずみ曲線*2の解析や内部の欠陥構造の詳細を観察しました。
 図2は、純粋なタンパク質結晶と7日間架橋を施した架橋タンパク質結晶の典型的な応力ひずみ曲線を示しています。図2(a)は原点付近の拡大図を示しており、図2(b)でほとんど見えない純粋なタンパク質結晶の応力ひずみ曲線に対応します。架橋によって応力ひずみ曲線が劇的に大きく変化していることがわかります。
 ここで架橋前後の曲線で注目すべき点が二つあります。一つ目は曲線の形状です。純粋なタンパク質結晶は圧縮により弾性変形を示し、その後、破壊が起こりました。このように弾性変形から破壊に至る材料を脆性(ぜいせい)材料と呼び、ガラスやセラミックスで典型的に見られるふるまいです。一方、驚くべきことに、架橋タンパク質結晶は弾性変形後に破壊することなく、上下降伏点現象*3を示し、その後塑性変形*4を生じました。さらに、その後の大きなひずみにおいても明瞭な破壊が観察されませんでした。このような弾性変形後に破壊することなく塑性変形を示す材料を延性材料と呼び、金属や高分子材料でよく見られるふるまいです。それぞれの圧縮試験前後の光学顕微鏡写真からも、純粋なタンパク質結晶は圧縮試験によって粉砕しているのに対し、架橋タンパク質結晶は壊れずに形状を維持しており、脆性から延性へと変化したことがわかります(図3)。このような脆性から延性への変化が温度の変化によって発現する材料は報告されていますが、架橋液に浸漬するだけの簡便な方法で得られるのはタンパク質結晶特有の性質である可能性があります。
 

図2 (a)純粋なタンパク質結晶と、(b)7日間架橋を施したタンパク質結晶の典型的な応力ひずみ曲線

 

図3 (a)(b)純粋なタンパク質結晶の圧縮前後と、(c)(d)架橋タンパク質結晶の圧縮前後
 
 
 架橋前後の曲線で注目すべき点の二つ目は、曲線の立ち上がりの傾き(ヤング率*5)と弾性変形後の応力値です。架橋によって変形のしにくさを示すヤング率や、結晶が壊れるまでの強度を示す破断応力などの力学特性が大きく上昇したことを示しています。具体的には、架橋によってヤング率は54.7 MPaから540 MPaへと約10倍上昇し、最大応力(架橋前は破断応力、架橋後は下降伏応力)は、0.35 MPaから13.8 MPaと約40倍に上昇しました。このように、架橋によるタンパク質結晶の力学特性の劇的な向上が明らかとなりました。
 また、ヤング率と下降伏応力の架橋日数依存性についても観察しました。1日間架橋を施すだけで、ヤング率は急激に上昇し、それ以上架橋日数を増やしても大きな変化は見られませんでした。一方、下降伏応力は架橋日数の増加と共に上昇し、3日間の架橋で値がおおよそ一定となりました(図4)。
 以上のことより、架橋は結晶の外側から施され、徐々に内側へと浸透していくことが予想されます。そのため、短い架橋時間では結晶外側の架橋領域によってヤング率が高い値を示す一方で、結晶内部の架橋量が少ないため応力値が低いと考えられます。そのため、架橋時間によって元々持つ脆性と延性の発現を制御できることを示しています。
 
図4 (a)ヤング率と、(b)降伏応力の架橋日数依存
無架橋および架橋日数1日は延性を示さないため降伏応力としてプロットしていない。

 最後に、架橋タンパク質結晶の高い延性の起源を明らかにするため、大型放射光*6施設の高エネルギー加速器研究機構「フォトンファクトリー(PF)*7」のBL-20Bにおいて、X線トポグラフィ*8による結晶内部の欠陥構造の観察を行いました。図5は、圧縮後の架橋タンパク質結晶のX線トポグラフィ像とその模式図を示しています。例として、圧縮方向(図5aのⅠ方向)と、圧縮方向に対して90º回転した側面の方向(図5aのⅡ方向)の二方向からのX線トポグラフィ像を示します(図5b)。結果として、Ⅰの観察方向では、結晶外形がはっきりと確認でき、単結晶であることが分かりました(図5b)。一方、Ⅱの方向から見たX線トポグラフィ像では、結晶外形に加えて光学顕微鏡で見られた線状コントラストが観察されました(図5b)。このように回折方向によってコントラストが消える現象はまさしく転位*9の特徴です。転位は無機材料や有機材料において、延性の起源である塑性変形の能力を担っている格子欠陥です。架橋タンパク質結晶において、転位の運動によるすべり変形*10が塑性変形の起源であることが明らかとなりました。具体的には、結晶学的な(111)面が[11-2]方向にすべり変形を生じることで高い延性が発現されました。本研究により、タンパク質分子間の架橋により、もろく壊れやすいタンパク質結晶の強度と延性が向上することが明らかとなりました。
 

図5 (a) リゾチーム結晶と圧縮試験の模式図と、
(b) それぞれの方向から見た時の架橋タンパク質結晶のX線トポグラフィ像とその模式図

 
 
 
今後の展開
 本研究では、架橋を施したタンパク質結晶の定量的な力学特性の評価と、その変形機構の解明に成功しました。固体材料の延性という性質は、金属材料や高分子材料のように、その固体を求める形へ変形させたり、加工させたりできる能力があることを示しています。生体分子から成る架橋タンパク質結晶の力学特性の解明を足掛かりに、脆性や延性などの材料特性の新たな知見の提供だけでなく、新たな素材としてのタンパク質結晶の応用が期待されます。


研究費
 X線トポグラフィ測定は、KEKのフォトンファクトリーBL-14B、BL-20B(Proposal Nos. 2021G022、2023G030)にて行われました。本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR1995)、JSPS科研費(19K23579、21K04654、 23H01305)の支援を受けて実施されました。



論文情報
タイトル:Cross-linking controls the mechanical properties of protein crystals
著者:Daiki Takaku, Ryo Suzuki, Kenichi Kojima, Masaru Tachibana
掲載雑誌:Physical Review Materials
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevMaterials.8.L052601

 

 
 

 
用語説明
*1 タンパク質結晶:タンパク質分子が規則正しく配列した結晶。目的のタンパク質を結晶化させ、X線回折測定とその解析からタンパク質分子の3次元構造を知ることができる。

*2 応力ひずみ曲線:引張や圧縮試験時の試料の変形に必要な荷重を試料の断面積で除した値を応力、試料の変位を元の長さで除した値をひずみという。これらの関係を示したものが応力ひずみ曲線である。応力ひずみ曲線の横軸は材料の伸びや縮みを、縦軸は強度を示す。

*3 上下降伏点現象:高品質な結晶(SiやGeなど)にて観察される現象。応力を加えていくと結晶内にほとんど転位が存在しない状態から、ある点で急激に転位が動きだすことで応力に極大が現れる。上降伏応力は溜まった転位が一気に動く応力値で、下降伏応力は転位を動かして塑性変形を進行するのに必要な応力値を表している。

*4 塑性変形:弾性変形の限界である弾性限界を超えた後、永久ひずみを生じ、外力を除いても元に戻らない変形。塑性変形可能な性質は展延性と呼ばれ、厳密には延性は引張力によって引き延ばすことができる性質のことをいう。

*5 ヤング率:材料の変形のしにくさを表す物性値。応力ひずみ曲線の初めの線形領域の傾き(応力/ひずみ)で求められる。一般に値が大きいほど、材料が硬いことを示す。

*6 放射光:電子を光とほぼ等しい速度まで加速させ、電磁石を用いて進行方向を曲げたときに発生する高指向性の強力な電磁波のこと。X線の波長域を含んでおり、実験では単色化したX線を使用している。

*7 フォトンファクトリー(PF):「光の工場」(Photon Factory)という意味の名で知られる、大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)のつくばキャンパスにある放射光施設。1982年に運転を開始し、X線領域では日本で最初の放射光専用加速器である。数度の改造を経て放射光の高輝度化を図ってきた。国内外の大学等から年間3,000人を超える研究者に利用されている。

*8 X線トポグラフィ:回折X線の強度の変化を用いて、結晶内に存在する転位などの結晶欠陥を非破壊で可視化する手法。

*9 転位:結晶中には格子欠陥と呼ばれる規則性が乱れた配列が存在する。中でも、線状の格子欠陥を転位と呼ぶ。結晶に応力が加わることで転位が運動し、塑性変形が生じる。

*10 すべり変形:結晶が応力を受けると転位の運動によって結晶面がある方向にずれることで塑性変形する変形機構。そのときの面はすべり面、方向はすべり方向と呼ばれ、それらを合わせてすべり系と呼ぶ。
 

その他のリリース

話題のリリース

機能と特徴

お知らせ