SGLT2阻害薬治療早期の一時的な腎機能低下に影響を与える因子と腎予後との関連性を明らかに
―日本腎臓学会の大規模データベースJ-CKD-DB-Exにより新たなエビデンスを創出―
本研究成果は、「Diabetes, Obesity and Metabolism」誌に掲載されました(日本時間2024年5月9日)。
- イニシャルドロップに関係する因子として、レニン-アンジオテンシン系(RAS)阻害剤や利尿剤の併用、尿中タンパク高値、およびSGLT2阻害薬投与開始前のGFRが関連していることを明らかにした。
- CKD患者に対してSGLT2阻害薬の投与開始時に利尿薬を使用していることが、イニシャルドロップに最も強く関連していることをリアルワールドデータの解析を通じて明らかにした。
- SGLT2阻害薬投与開始後のGFRイニシャルドロップが最も大きかった四分位に属するCKD患者では、他の四分位に属する患者よりもその後の複合腎エンドポイント(持続的なGFR50%以上の低下、もしくは末期腎不全への進行)の発生リスクが高い。
研究背景
本研究グループは以前、J-CKD-DB-Exを活用し、糖尿病合併CKD患者において、糖尿病治療薬であるSGLT2阻害薬(現在では一部の薬剤は心不全、CKD患者にも適応)は、投与開始時の蛋白尿やレニン-アンジオテンシン系(RAS)阻害薬の使用の有無、薬剤を投与する前の腎機能の変化とは関係なく、腎保護効果を発揮することを報告しました[1]。SGLT2阻害薬は、投与初期にGFRの低下を来すことが知られており、この現象はイニシャルドロップあるいはイニシャルディップと呼ばれています。この初期のGFR低下に関連する要因については様々な報告がありますが、まだ十分には解明されていません。また、SGLT2阻害薬投与開始後のGFR初期低下が腎機能に与える影響については、DAPA-CKD試験、EMPA-REG OUTCOME試験、CREDENCE試験などの大規模ランダム化比較試験(RCT)による事後解析で、初期低下の程度が腎予後に影響を与えないことが報告されています。しかしながら、これらのRCTでは、ほとんどがRAS阻害薬を服用し、蛋白尿を認める患者に限定されており、ある一時点でのGFR測定(投与2週間後など)のみを初期低下と定めており、リアルワールドデータでの検証は十分ではありませんでした。
研究内容
本研究グループは、J-CKD-DB-Exを用いて、SGLT2阻害薬の投与開始前に1年以上継続的に登録されていた2型糖尿病をもつCKD患者2,053人を解析しました。平均年齢は62.2才、男性は57.4%で、約7割が蛋白尿陰性でした。RAS阻害薬の使用率は約5割でした。主要評価項目はGFRの初期低下(イニシャルドロップ)に関係する因子の同定、副次評価項目はイニシャルドロップの大きさと複合腎エンドポイント(持続的なGFR50% 以上の低下またはGFR 15mL/min/1.73m2未満への低下)との関連です。イニシャルドロップは、SGLT2阻害薬投与開始直前のGFRから投与開始後2ヶ月以内の最低GFRを引いた差と定義しました。重回帰分析の結果、イニシャルドロップに関係する因子として、RAS阻害剤や利尿剤の併用、尿中タンパク高値、およびSGLT2阻害薬投与開始前のGFRの変化が明らかとなりました(β =-0.609、P=0.039;β=-2.298、P<0.001;β=-0.936、P=0.048;β=-0.079、P<0.001)(表1)。 また、イニシャルドロップの大きさで患者を四分位にわけると、イニシャルドロップが最も大きかった四分位群(Quartile 4)は、他の群に比べて、その後の複合腎エンドポイントの発生率が高いことがわかりました(ログランク検定、P<0.001)(図1)。
SGLTSGLT2阻害薬の腎臓保護効果は、多くの大規模臨床試験によって実証されています。SGLT2阻害薬は投与開始後にイニシャルドロップと呼ばれるGFRの初期低下を来すことが知られていますが、どのような患者にこの現象が起こりやすいか、また、イニシャルドロップが腎予後に与える影響については、十分にわかっていませんでした。今回、研究グループはリアルワールドデータの解析を通じて、SGLT2阻害薬の投与開始時に利尿薬を使用していることが、イニシャルドロップに最も強く関連していることを明らかにしました。さらに、過度のイニシャルドロップを来す患者は、そうでない患者に比べて、腎イベントの発生リスクが相対的に高いことが分かりました。
表1 GFR のイニシャルドロップと関連する因子
図1 GFRの初期低下(イニシャルドロップ)が大きいと腎複合エンドポイントの発生リスクが高い
日本におけるCKD患者のリアルワールドデータベースであるJ-CKD-DB-Exは、現在も拡充しており、将来的にはさらに多くのビッグデータを活用して、国内におけるCKDの診断、治療、予後に関する実態を解明し、新たなエビデンスを創出することを目指しています。これにより、CKD患者の生命予後および腎予後の改善を目指し、国民の健康維持に貢献することが期待されます。
研究費
本研究は、厚生労働科学研究費補助金:行政政策研究分野 政策科学総合研究「ICT・AI技術を活用した医療情報・ビッグデータ(腎臓病データベース)解析技術の開発と医療の質向上への貢献」、および日本医療研究開発機構(AMED)循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策実用化研究事業「糖尿病性腎症、慢性腎臓病の重症化抑制に資する持続的・自立的エビデンス創出システムの構築と健康寿命延伸・医療最適化への貢献」の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル: Factors affecting the sodium-glucose cotransporter 2 inhibitors-related initial decline in glomerular filtration rate and its possible effect on kidney outcome in chronic kidney disease with type 2 diabetes: the Japan Chronic Kidney Disease Database
著者:Tomohiko Kanaoka, Hiromichi Wakui, Yuichiro Yano, Hajime Nagasu ,Hiroshi Kanegae, Masaomi Nangaku, Yosuke Hirakawa, Naoki Nakagawa, Jun Wada, Kazuhiko Tsuruya, Toshiaki Nakano, Shoichi Maruyama, Takashi Wada, Masaaki Konishi, Takanori Nagahiro, Kunihiro Yamagata, Ichiei Narita, Motoko Yanagita, Yoshio Terada, Shinichi Araki, Masanori Emoto, Hirokazu Okada, Yoshitaka Isaka, Yusuke Suzuki, Takashi Yokoo, Hiromi Kataoka, Eiichiro Kanda, Naoki Kashihara, Kouichi Tamura
掲載雑誌: Diabetes, Obesity and Metabolism
DOI:http://doi.org/10.1111/dom.15611
用語説明
*1 SGLT2阻害薬
SGLT2(Sodium–glucose cotransporter 2)阻害薬は、腎臓での糖の再吸収を阻害することで、血糖値を下げる薬剤です。日本では2014 年から糖尿病治療薬として使われるようになりました。その後、一部のSGLT2阻害薬は、糖尿病だけでなく、慢性腎臓病や慢性心不全に対しても有益であることが示され、保険適応となっています。
参考文献
[1] Nagasu H, Yano Y, Kanegae H, Heerspink HJL, Nangaku M, Hirakawa Y, Sugawara Y, Nakagawa N, Tani Y, Wada J, Sugiyama H, Tsuruya K, Nakano T, Maruyama S, Wada T, Yamagata K, Narita I, Tamura K, Yanagita M, Terada Y, Shigematsu T, Sofue T, Ito T, Okada H, Nakashima N, Kataoka H, Ohe K, Okada M, Itano S, Nishiyama A, Kanda E, Ueki K, Kashihara N. Kidney Outcomes Associated With SGLT2 Inhibitors Versus Other Glucose-Lowering Drugs in Real-world Clinical Practice: The Japan Chronic Kidney Disease Database. Diabetes Care. 2021;44:2542-2551.