内視鏡止血成功後の食道静脈瘤破裂患者に対する院内死亡予測スコアを世界で初めて開発
―スコアに基づいた適切なリスク管理が可能に―
本研究成果は、日本消化器内視鏡学会の査読付き英文雑誌「Digestive Endoscopy」に掲載されました。(2024年3月11日オンライン先行公開)
研究成果のポイント
・食道静脈瘤破裂は致死的な疾患であり、内視鏡止血成功後も高い院内死亡率が指摘されているものの
院内死亡を予測するモデルは世界的にも作成されていません。
・通常の診療で得られるデータを利用した、簡易で信頼性の高いスコアの開発に成功しました。
・スコアを用いることで、リスクに応じた病床管理、患者・家族への客観的な予後説明が可能になり
ます。
食道静脈瘤破裂は肝硬変を背景に持つ重篤な消化管出血の一つです。止血の第一選択は内視鏡による止血術であり、高い成功率を認めています。しかしながら、止血成功後も様々な併存疾患を発生する可能性が指摘されており、20%超の死亡率を報告した研究も認めます。このため、一般的には重症病床管理や患者・家族への厳しい予後説明が行われてきました。一方、併存症を発生せず短期間で退院していく患者も多く認めており、食道静脈瘤破裂に対する適切な予後予測は重要な課題でした。そこで、我々は止血に成功した食道静脈瘤破裂に対し、臨床現場で使用できる簡易さを保ちつつ、院内死亡率を予測するスコアの開発を目的とし、本研究を行いました。
研究内容
救急医療に注力している医療法人徳洲会の医療データベース(徳洲会メディカルデータベース)の46施設、13年間のデータから、食道静脈瘤破裂に対して内視鏡止血に成功した980人の患者データを分析に使用しました。徳洲会メディカルデータベースは一連の診療行為全てがデータ化された診断群分類(Diagnosis Procedure Combination, DPC)データと採血結果・バイタルサインなどの電子カルテ情報を連結することで詳細なデータを得ることが可能なデータベースです。本データベースを用い、院内死亡率を予測するスコアを開発しました。変数の選択は機械学習手法の1つであるLasso回帰*2を用い、収縮期血圧(2点)、意識レベル(1点)、総ビリルビン(1点)、クレアチニン(1点)、アルブミン(1点)といった来院から止血成功、入院までに得られる5つの因子が同定され、HOPE-EVL (Hospital Outcome Prediction following Endoscopic Variceal Ligation)スコアと命名しました。HOPE-EVLスコアの識別力は検証コホートでのAUC*3:0.89と優れた結果を示し、既存のスコアや年齢のみの指標を上回る識別力を示しました(図2)。HOPE-EVLスコアは0-1点を低リスク、2-3点を中リスク、4点以上を高リスクとしてグループ化され、検証コホートでの予測力は低リスク:2.0%(観測値)、2.3%(予測値)、中リスク:19%(観測値)、 22.9%(予測値)、高リスク:57.6%(観測値)、71.9%(予測値)と正確な予測力を示しました。以上の結果より、HOPE-EVLスコアによってこれまで一般的に高い死亡率を認めると思われていた食道静脈瘤破裂が5つの因子によりリスクの層別化が可能であることがわかりました。
HOPE-EVLスコアは、過去最大規模のデータセットで開発・検証された世界初の内視鏡止血に成功した食道静脈瘤破裂の院内死亡を予測するスコアです。しかも、本スコアは通常の診療行為の中で得られるデータを利用しているため、簡易かつ信頼性の高い、臨床医が現場で使用しやすいスコアとなります。内視鏡医や救急医が内視鏡止血成功後にこのスコアを用いて患者の適切な予後予測が可能となれば、患者・家族へのメリットとして、これまでのような画一的な厳しい予後説明ではなく、スコアに基づいた客観的な予後説明が可能となります。また、医療者へのメリットとして、COVID-19流行時の様な病床逼迫時に適切な病床管理の一助になります。今後、本スコアが実際にどのように医療現場の負担軽減に寄与するか、臨床現場での詳細な評価・検証が望まれます。
さらに世界中での応用を目指すにあたり、海外のデータを用いたさらなる検証が望まれます。
論文情報
タイトル: Development and validation of a scoring system for in-hospital mortality following band ligation in esophageal variceal bleeding
著者: Chikamasa Ichita1,2, Tadahiro Goto2,3,4, Yohei Okada5,6, Haruki Uojima1,7, Masao Iwagami8, Akiko Sasaki1, Sayuri Shimizu2
掲載雑誌:Digestive Endoscopy
DOI:https://doi.org/10.1111/den.14773
1. 市田親正、魚嶋晴紀、佐々木亜希子:湘南鎌倉総合病院 消化器病センター
2. 市田親正、清水沙友里、後藤匡啓:横浜市立大学大学院データサイエンス研究科ヘルス
データサイエンス専攻
3. 後藤匡啓:TXP Medical株式会社
4. 後藤匡啓:東京大学大学院 医学研究科公共健康医学専攻臨床疫学経済学講座
5. 岡田遥平:Duke NUS Medical School, Health Services and Systems Research
6. 岡田遥平:京都大学 予防医療学分野
7. 魚嶋晴紀:国立研究開発法人国立国際医療研究センター 肝炎・免疫研究センター
8. 岩上将夫:筑波大学 医学医療系
用語説明
*1 徳洲会メディカルデータベース:全国70病院を有する日本最大の私立病院グループである徳洲会が有する医療データベース。
*2 Lasso回帰:不要な予測変数に対してその重みをゼロにすることで、自動的に変数選択を行い、モデルをシンプルに保つ。これにより、過学習を防ぎ、モデルの解釈性を高める手法。
*3 AUC:モデルがどれだけ正確に識別しているかを示す指標、1に近いほど精度が高く、0.5では完全にランダムとなる。