保護者の自己申告と医師の診断による食物蛋白誘発胃腸炎の原因食品の差異
子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)
本研究の成果は、令和6年1月9日付でCollegium Internationale Allergologicumから刊行されるアレルギー分野の学術誌「International Archives of Allergy and Immunology」に掲載されます。
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。
1. 発表のポイント
- 食物蛋白誘発胃腸炎 (Food Protein-Induced Enterocolitis Syndrome: FPIES) ※1 は消化管アレル ギー ※2 の中で主に嘔吐症状を呈するもので、昨今、本邦において特に鶏卵黄が原因のFPIESの症例数が増加しているため注目されています。
- 2017年にFPIESの国際コンセンサスガイドラインが初めて発表された後から同疾患の認知度も高まっていますが、それ以前にどの程度の未診断の症例が存在していたかは明らかでありませんでした。
- 本研究では、国際コンセンサスガイドライン発表前から開始された大規模コホート調査である全国調査の約88,000組の母子のデータを用いました。
- 保護者が申告したFPIESの症状を認めた者のうちで一番頻度が多い食品は鶏卵、医師に消化管アレルギーと診断された中でFPIESと考えられた者のうちで一番頻度が多い食品は牛乳でした。
- 国際コンセンサスガイドラインが発表される以前から消化管アレルギーと診断されていないものの、鶏卵を摂取した後に嘔吐症状を認めていた(FPIESの症状の可能性)症例数はある程度存在していたことが明らかになりました。
子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として環境省が開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。臍帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関係を明らかにしています。
エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
食物蛋白誘発胃腸炎(Food Protein-induced Enterocolitis Syndrome; FPIES)は消化管アレルギーのうち、主に嘔吐症状を認めるものです。昨今、鶏卵黄が原因のFPIESの症例数が増加していることから、注目されています。しかしながら、FPIESの国際コンセンサス
ガイドラインは2017年に発表されたこともあり、それまではFPIESとして認知されていない症例も一定数存在していたと考えられます。
そこで本研究では、保護者の自己申告で消化管アレルギーの症状を認めていた方、医師に消化管アレルギーと診断された方の中で、FPIESと考えられる方の原因食品の違いを明らかにすることを目的としました。
3. 研究内容と成果
本研究ではエコチル調査参加者約10万人のデータを使用しました。
このうち、消化管アレルギーの症状と医師の診断の有無に関するデータが存在する87,780人のデータを解析対象としました。妊婦に対する質問票から妊婦の情報、分娩時、生後1か月時の診療録の内容を転記する調査票から医療情報、生後1歳半時の質問票から消化管アレルギーの症状の有無と医師の診断の有無、原因食品の情報を得ました。
その結果、保護者が申告したFPIES症状の有症者は602名(0.69%)、医師が消化管アレルギーと診断したものでFPIES症状の有症者は52名(0.06%)でした。 前者の中で、最も頻度が多かった原因食品は鶏卵で、2番目は牛乳でした。原因食品として51.0%が鶏卵、17.1%が牛乳と回答し、それぞれ全原因食品のうち鶏卵が46%、牛乳が15%を占めました。一方で、医師が診断した症例では、最も頻度が多かった原因食品は牛乳で、2番目は鶏卵でした。57.7%が牛乳、36.5%が鶏卵に回答し、それぞれ全原因食品の牛乳が46%、鶏卵が29%を占めました。
保護者が申告した FPIES 症例の約半数は鶏卵が原因でしたが、医師に診断されたものでは約3分の1でした。本邦では、特に2018年から2019年以降、鶏卵によるFPIES症例が劇的に増加したことが報告されており、 この現象は2017年のアレルギー疾患の高リスク乳児への鶏卵の早期導入が部分的にでも影響していると考えられていましたが、今回の研究からは、消化管アレルギーと診断されていないものの、鶏卵によるFPIES症状を認めていた者が一定数存在していた可能性を示しました。 2017年のFPIESの国際コンセンサスガイドラインの出版により、FPIESに対する医師や社会における認識が高まり、本邦での鶏卵によるFPIES診断数の増加につながった可能性が考えられました。
4. 今後の展開
本研究の限界として、FPIESの評価に質問票を用いたことが挙げられます。今後、同質問票を用いてFPIESの評価を行うことの妥当性の検討が必要です。また、本邦におけるFPIESの疫学を評価していくためには、食物経口負荷試験の結果をもとにするなど、より明確な診断基準に依った疫学調査が必要と考えられます。
5. 参考図
鶏卵の早期摂取と即時型鶏卵アレルギーの発症予防:離乳食早期での鶏卵摂取によって鶏卵アレルギーの発症が予防できることが報告され、厚生労働省が公表している「授乳・離乳の支援ガイド(2019年改訂版)」では、それまで鶏卵は「7〜8ヶ月以降」から摂取開始することが推奨されていましたが、「5〜6ヶ月」へと変更となりました。
7. 用語解説
- 食物蛋白誘発胃腸炎(Food Protein-Induced Enterocolitis Syndrome:FPIES):消化管アレルギーの中で、原因食物を摂取したあとから1〜4時間での嘔吐症状を主に呈する食物アレルギーで、蕁麻疹や喘鳴といったIgE依存性の即時型食物アレルギーでよく見られる症状を認めないことが特徴です。
- 消化管アレルギー:食物アレルギーの中で主に嘔吐や下痢といった消化器症状を呈するものです。その臨床像から食物蛋白誘発胃腸炎、食物蛋白誘発腸症、食物蛋白誘発結腸直腸炎に分類されます。
8. 発表論文
題名(英語):Discrepancy between caregivers’ reports and physicians’ evaluation of causative foods in food protein-induced enterocolitis syndrome in Japan: The Japan Environment and Children’s Study
著者名(英語):Naoki Kajita1,2, Makoto Kaneko1, Makoto Kuroki1, Makoto Tomita1, Chihiro Kawakami3, Shuichi Ito3, and the Japan Environment and Children’s Study Group4
1 梶田直樹、金子惇、黒木淳、冨田誠:横浜市立大学データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻
2 梶田直樹:東京都立小児総合医療センターアレルギー科
3 川上ちひろ、伊藤秀一:横浜市立大学医学部小児科
4 グループ:エコチル調査運営委員長(研究代表者)、コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンターから構成
掲載誌:International Archives of Allergy and Immunology
DOI:https://doi.org/10.1159/000535751