新型コロナウイルスのウイルス形成に必須の膜タンパク質の構造を解明

横浜市立大学

概要
 東京大学大学院薬学系研究科の張志寛 助教、大戸梅治 准教授、清水敏之 教授、京都大学大学院医学研究科の野村紀通 准教授、岩田想 教授、京都大学医生物学研究所の村本裕紀子 助教、野田岳志 教授、横浜市立大学大学院生命医科学研究科の浴本亨 助教、池口満徳 教授らの共同研究チームは、新型コロナウイルスのウイルス形成に必須の膜タンパク質の立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析により可視化しました。本研究成果は2022 年8月5日付でNature Communicationsに掲載されました。

1. 発表者
◆東京大学 大学院薬学系研究科
  張志寛                 助教
  大戸梅治              准教授
  清水敏之              教授
◆京都大学 大学院医学研究科
  野村紀通              准教授
  岩田想                 教授
◆京都大学 医生物学研究所
  村本裕紀子          助教
  野田岳志              教授
◆横浜市立大学 大学院生命医科学研究科
  浴本亨                 助教
  池口満徳              教授

2. 発表のポイント
  • 新型コロナウイルスのメンブレン(M)タンパク質はウイルスの粒子形成に必須の膜タンパク質です。本研究では、Mタンパク質の立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析を用いて世界で初めて解明しました。
  • Mタンパク質は二量体を形成し、ロングフォームとショートフォームの二種類のコンフォメーションを形成して機能することを明らかにしました。
  • Mタンパク質の二量体界面には薬物標的部位となりうるポケットが存在しました。変異の起こりにくいMタンパク質を標的とすることで、新型コロナウイルス感染症に対して、変異の影響を受けにくい新規治療薬の開発が期待されます。

3. 発表内容
【研究の背景】
 2019年末にアウトブレークした新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) は、依然として世界中で猛威を振るっており、その効果的な治療薬の開発が待望されています。COVID-19を引き起こす新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) のウイルス粒子は、膜タンパク質であるスパイク (S)、メンブレン (M) およびエンベロープ (E)タンパク質を含む脂質二重膜からなる外殻構造、および粒子内部のヌクレオカプシド (N) タンパク質とそれに包まれたゲノムRNAによって構成されます (図1)。Mタンパク質はウイルス粒子で最も豊富に存在し、ウイルス粒子形成の足場として機能するウイルス形成に必須のタンパク質です。Mタンパク質の機能や構造に関する情報は不足しており、M タンパク質を標的としてウイルス粒子形成を直接阻害するような創薬展開は困難な状況でした。

【研究方法と結果】
 本研究チームは、哺乳類培養細胞からSARS-CoV-2の組み換えMタンパク質を高純度に精製することに成功しました。得られたMタンパク質試料をクライオ電子顕微鏡で解析した結果、二量体型および、二量体型がさらに会合した多量体型の構造が観察されました (図2)。興味深いことに、多量体型のMタンパク質では湾曲した形状が観察され、このことは殻状のウイルス粒子の形成に重要であると考えられます。独自に作製した抗Mタンパク質構造認識抗体との複合体を調製し、東京大学のクライオ電子顕微鏡Titan Krios G4を用いて二量体型のMタンパク質の立体構造を高分解能で解明しました (図3)。驚くべきことに、二量体型のMタンパク質は、伸びたロングフォームと縮んだショートフォームの二種類のコンフォメーションを形成することが明らかになりました (図3)。Mタンパク質は、N末端の三回膜貫通ヘリックス領域 (TM)、膜近傍のヒンジ領域およびC末端のβシートサンドイッチ領域(BD)の3つの構造領域から構成されていました。SARS-CoV-2が属するベータコロナウイルス (β-CoV) 属のMタンパク質のヒンジ領域の配列は高度に保存されており、β-CoVのウイルス粒子形成に重要な役割を果たしていることが提唱されています。今回の構造解析の結果、このヒンジ領域はMタンパク質のロングフォームとショートフォームの間のコンフォメーション変化に重要であることが明らかになりました。
 SARS-CoV-2のMタンパク質はイオンチャネルとして報告されたSARS-CoV-2のOrf3aと類似した構造をとっていました。Mタンパク質の二量体界面には、二つのBDの間で形成される親水的なポケットが存在していました。一方で、TM領域では基本的に疎水的であり、イオンが通過できるような経路は存在しませんでした (図4)。また、スーパーコンピュータを用いた分子動力学シミュレーションにおいても、イオンの透過は観察されなかったことから、Mタンパク質がイオンチャネルとして機能する可能性は低いと考えられます。さらに、本研究チームはMタンパク質を介したNタンパク質およびゲノムRNA分子のリクルート機構について調べました。生化学的解析の結果、Mタンパク質はNタンパク質およびRNA分子それぞれと弱く相互作用し、両者の共存下ではこれらの相互作用が増強されることを見出しました。さらに、変異体解析よりMタンパク質のBDにある正電荷を持つパッチがこれらの相互作用に重要であることを示しました。

【研究の意義と今後の展開】
 今回の研究により、SARS-CoV-2のMタンパク質が2つの異なるコンフォメーションで存在することが明らかになりました。これは、ウイルス粒子の形成機構を構造生物学的な面から理解するための第一歩です。今後、Mタンパク質の2つの異なるコンフォメーションの具体的な役割の解明および多量体型のMタンパク質の高分解能での可視化に向けて研究を進めたいと考えています。
 SARS-CoV-2は長期的に人類社会と共存すると見られています。現在までに3C様プロテアーゼ阻害剤、Sタンパク質を標的とした中和抗体および不活性化ウイルスまたはSタンパク質を免疫原として用いたワクチンなどの治療・予防薬の開発が重点的に進められています。しかし、デルタ株やオミクロン株のように高い頻度で変異株が出現し、既存の中和抗体やワクチンの有効性が短時間で減少することが深刻な問題となっています。そのためSARS-CoV-2に対してより多面的に治療方法を開発することが求められています。Mタンパク質はβ-CoV属で高度に保存されており、Sタンパク質と比べて変異が比較的に起こりにくいため、Mタンパク質を標的とした治療薬は今後の変異株のコントロールに有効である可能性があります。今回の結果から、Mタンパク質の二量体界面に薬物標的部位となりうるポケットが同定され (図4)、SARS-CoV-2のMタンパク質を標的としたウイルス粒子形成の阻害剤の開発につながることが期待されます。

 本研究は、文部科学省 科学研究費補助金(課題番号22K15046, 22H02556, 19H00976)、AMED創薬等先端技術支援プラットフォーム(BINDS)、スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)、日本学術振興会(JSPS)研究拠点形成事業(Core-to-Core Program)、京都大学ウイルス感染症・生命科学先端融合的共同拠点などの外部資金支援を受けて行われたものです。

4. 発表雑誌
雑誌名: Nature Communications
題目: Structure of SARS-CoV-2 membrane protein essential for virus assembly
著者: Zhikuan Zhang, Norimichi Nomura, Yukiko Muramoto, Toru Ekimoto, Tomoko Uemura, Kehong Liu, Moeko Yui, Nozomu Kono, Junken Aoki, Mitsunori Ikeguchi, Takeshi Noda, So Iwata, Umeharu Ohto†, Toshiyuki Shimizu† (†co-corresponding authors)
DOI: 10.1038/s41467-022-32019-3
論文へのリンク: https://www.nature.com/articles/s41467-022-32019-3

5. 添付図
図1.SARS-CoV-2のウイルス粒子の模式図
SARS-CoV-2のウイルス粒子は、一般的に100~200 nmの大きさを持つ。SARS-CoV-2はウイルス粒子表面の構造タンパク質のスパイク (S), メンブレン (M) とエンベロープ (E) を含む脂質二重膜からなる外殻構造、および粒子内部の構造タンパク質ヌクレオカプシド (N) に包まれたゲノムRNAによって構成される。



 
図2.SARS-CoV-2 Mタンパク質のクライオ電子顕微鏡2D平均化像
クライオ電子顕微鏡で可視化されたMタンパク質の異なる会合状態の2D平均化像。左側のパネルでは、対称的な二量体型の構造が見られる。右側のパネルではMタンパク質の二量体が隣り合って並んでいる多量体型の構造が見られる。



 
図3.SARS-CoV-2 Mタンパク質のクライオ電子顕微鏡構造
左側のパネルでは、二種類の抗体を用いてMタンパク質との複合体構造をクライオ電子顕微鏡で可視化した3Dマップを示している。それぞれの分解能は2.7 Åおよび2.8 Åである。右側のパネルでは、Mタンパク質の2つの異なるコンフォメーションの構造をカートゥーン表示で示している。両フォームにおけるヒンジ領域はTM領域の上部と広範囲な相互作用を形成している。



 
図4.Mタンパク質の表面図と断面図
Mタンパク質の二量体界面には、二つのBDの間に形成される親水的なポケットが存在する。一方で、TM領域で疎水的な相互作用により閉じている。BDによって形成される親水的なポケットは薬物標的部位となる可能性がある。





 

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