小脳性運動失調・ニューロパチー・前庭反射消失症候群(CANVAS)の原因となるRFC1遺伝子のリピート異常伸長に配列や組み合わせのバリエーションがあることを発見

横浜市立大学

 横浜市立大学附属病院 遺伝子診療科 宮武聡子講師、同大学大学院医学研究科 遺伝学 松本直通教授らの研究グループは、ロングリードシーケンサー*1を用いた解析により、小脳性運動失調*2、ニューロパチー、前庭機能障害を主徴とするCerebellar ataxia, neuropathy, vestibular areflexia syndrome
(CANVAS)
*2の16名の患者において、RFC1遺伝子*2のイントロン領域に存在する両アレル性*3リピート*4異常伸長領域の全配列を決定し、異常リピート伸長のリピートユニット*4配列の組み合わせに3つのバリエーションがあることを明らかにしました。これまで知られているリピート病は、1種類のリピート異常が1疾患を惹起するとされていましたが、CANVASでは例外的にリピートユニットが2種類存在し、それぞれのリピート配列のホモ接合性伸長が存在することがこれまで報告されていました。今回新たに異なるユニット伸長が複合ヘテロ接合性に認められる症例を見出しました。本研究は、ロングリードシーケンサーという新技術を用いて、従来法に比べてより高精度なリピート病の診断を行ったものです。
 本研究成果は、英科学誌『Brain』に掲載されました。(日本時間2022年3月31日午前8時)


研究成果のポイント
  • ロングリードシーケンサーによりRFC1遺伝子リピート伸長領域の完全長を初めて決定。
  • 異常リピート伸長の配列パターンには、AAGGGリピートのホモ接合*3、ACAGGリピートのホモ接合*3、及びAAGGGとACAGGの複合ヘテロ接合*3の3種類が存在。
  • 異常リピート伸長配列の違いにより、臨床症状に異なる特徴が存在。

研究背景
 小脳性運動失調・ニューロパチー・前庭反射消失症候群(CANVAS)は遅発性で緩徐進行性の神経変性疾患です。正常なヒトにはRFC1遺伝子のイントロン領域に、AAAAGという配列のリピートが通常11個連なって存在しますが、CANVASの患者さんでは、このリピートの配列の中身が両アレル性にAAAAGからAAGGGに変化し、それが異常に伸長していることが原因であることが2019年に報告されました。またリピートの配列の中身がACAGGと変化した両アレル性のリピート異常伸長も疾患の原因となりうることが示唆されていましたが、そのシーケンス
(塩基配列)*1情報の全容(完全シーケンス)は不明でした。


研究内容
 成人以降に発症した小脳性運動失調患者212家系216名を対象に、ロングリードシーケンサーを含む統合的な解析を行い、これまでCANVASの患者で報告されている2種類のリピート配列をホモ接合性、もしくは複合ヘテロ接合性に有する患者を同定し遺伝学的にCANVASと診断しました。この中には、ACAGGリピート伸長をホモ接合性に有する3家系7例、AAGGGリピート伸長をホモ接合性に有する7家系7例、ACAGGとAAGGGリピートの複合ヘテロ接合性伸長を有する2家系2例が含まれ、これらの患者におけるリピート伸長領域の完全シーケンスを決定しました(図1)。また、今回リピートを解析したCANVASのうち、ACAGGリピートを持つ患者さんは、運動神経の障害がより顕著で、ACAGG/AAGGGリピート伸長を複合ヘテロ接合性で持つ患者さんは、発症年齢が遅く、進行が緩やかな傾向がありました。


 

図1 上段にパターンの模式図、下段にロングリードシーケンスで解読したリピート配列の実際例

 患者さんで解読したリピート配列の実際例は、横軸はリピート長、縦軸にロングリードシーケンス解析で得られた複数の配列情報を積み上げて表示しています。図の左下の患者では、AAGGGというリピート配列が約3000塩基長に伸長しているものと約5000塩基長に伸長しているものの2種類あります(AAGGG配列伸長をホモ接合性に有しているが、2つのアレルに存在する伸長リピートの長さが異なります)。図の中下の患者は、ACAGGというリピート配列が、約5000塩基長に伸長しています(ACAGG配列伸長をホモ接合性に有していて、2つのアレルに存在する伸長リピートの長さも同じです。)図の右下の患者は、ACAGGというリピート配列が約4000塩基長に伸長したものと、AAGGGというリピート配列が、約5500塩基長に伸長したものがみられます(ACAGGとAAGGGリピートの複合ヘテロ接合性伸長を有します)。

今後の展開
 リピート伸長が原因となっている疾患として、今回の研究の対象となったCANVASをはじめ、今のところ神経筋疾患を中心に40種類程度知られています。リピート配列は解析が難しいゲノム領域であるため、どのような配列の変化/伸長によりどのような病態が引きこされるかについて、わかっていないことも多く、未知のリピート病も多いと考えられます。
 今回の研究で、異なるリピート異常伸長配列やその組み合わせが同一疾患を引き起こすことがわかったことはリピート病の疾患発症メカニズムに新たな視点を提供しています。またリピート伸長領域の完全シーケンスが可能であることを示した本研究は、未知のリピート病の発見など、今後の新しい研究展開の可能性を示唆します。リピート配列のバリエーションと臨床症状の関連について今後研究を続けて明らかにしていきたいと考えています。

研究費
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業「新技術を用いた難治性疾患の高精度診断法の開発」(研究代表者:松本直通)の支援を受けて実施されました。また、信州大学、岐阜大学、国立病院機構東埼玉国立病院との共同研究による成果です。

論文情報
タイトル:Repeat conformation heterogeneity in cerebellar ataxia, neuropathy, vestibular areflexia syndrome
著者:Satoko Miyatake, Kunihiro Yoshida, Eriko Koshimizu, Hiroshi Doi, Mitsunori Yamada, Yosuke Miyaji, Naohisa Ueda, Jun Tsuyuzaki, Minori Kodaira, Hiroyuki Onoue, Masataka Taguri, Shintaro Imamura, Hiromi Fukuda, Kohei Hamanaka, Atsushi Fujita, Mai Satoh, Takabumi Miyama, Nobuko Watanabe, Yusuke Kurita, Masaki Okubo, Kenichi Tanaka, Hitaru Kishida, Shigeru Koyano, Tatsuya Takahashi, Yoya Ono, Kazuhiro Higashida, Nobuaki Yoshikura, Katsuhisa Ogata, Rumiko Kato, Naomi Tsuchida, Yuri Uchiyama, Noriko Miyake, Takayoshi Shimohata, Fumiaki Tanaka, Takeshi Mizuguchi and Naomichi Matsumoto
掲載雑誌:Brain
DOI:10.1093/brain/awab363

[参考]
用語説明
*1 シーケンス(塩基配列)、ロングリードシーケンサーについて:ヒトの遺伝子はDNA (デオキシリボ核酸)が連なってできていて、DNA(デオキシリボ核酸)は、リン酸-糖-塩基で構成されます。4種類(アデニン (A),シトシン(C),グアニン(G),チミン(T))の塩基がどのように並ぶか(塩基配列)でDNAが暗号のような情報性を持ち、この塩基の配列を解読する手法をシーケンシングと呼びます。2010年代から研究によく使われるようになったショートリードシーケンサーでは、100-400塩基前後の配列を一続きに読むことができましたが、それ以上の長い配列は解読できず、またリピート配列のような難しい配列の解読は苦手としていました。ロングリードシーケンサーは、10,000塩基以上の配列を一続きに読むことができる装置で、リピート配列のような難しい配列の解読能力も高くなっています。

*2 小脳性運動失調症とCerebellar ataxia, neuropathy, vestibular areflexia syndrome(CANVAS)について:運動失調症とは、体を動かそうとしたときに、関係する様々な動きの協調性が悪くなるため、スムーズにその運動ができなくなる状態を指し、例えば歩行時にふらついたり、細かい手先の動作が上手にできなくなったり、むせやすくなったり、呂律が回りにくくなったりします。脳の中の小脳と呼ばれる部分に障害があると小脳性の運動失調が起こります。
CANVASとは、小脳性運動失調、感覚神経障害を主体とするニューロパチー、前庭機能障害を主徴とする神経変性疾患で、2011年に提唱された新しい疾患です。多くは50歳以降の発症で緩徐進行性に経過します。3つの特徴的な症状が知られていますが、3つのうちのどれかが欠落していることもあり症状にバリエーションがあります。(例えば、遅発性の小脳性運動失調症として診断されているなど。) また、慢性咳嗽、自律神経症状などの他の所見を合併することもあります。従来は、症状と頭部MRI所見から臨床的に診断されていましたが、2019年にRFC1遺伝子のイントロン領域に両アレル性のリピート伸長が起こっていることが報告され、遺伝学的診断が可能になりました。またRFC1遺伝子については、その機能や、リピート伸長がもたらす神経変性の病態についてはまだわかっていません。

*3 両アレル性、ホモ接合性、複合ヘテロ接合性について:ヒトは同じ遺伝子を母由来と父由来の2つ保有します。この2つの遺伝子を見分けるためにそれぞれをアレルと呼びます。両アレル性とは、2つの遺伝子の両方に変化があることを意味します。接合性とは、2つのアレルに載っている遺伝子Aの配列変化の組み合わせがどうなっているかを表す言葉で、ホモ接合性という場合、2つのアレルに載っている遺伝子Aの配列変化が同じ種類もの、複合ヘテロ接合性という場合、2つのアレルに載っている遺伝子Aの配列変化が異なる種類のものを指します。

*4 リピート、リピートユニットについて:特定の比較的短い塩基配列の繰り返しをリピート配列と呼びます。リピート配列の中身が変化したり、配列の中身は同じでもその全長が変わることで疾患が引き起こされることがあります(リピート病)。リピートユニットとは、繰り返し配列を構成する、塩基配列の最小単位(例えば、AAGGG-AAGGG-AAGGG…と続くリピート伸長の場合、リピートユニットはAAGGGになります)のことを指します。



 

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