糖尿病性腎症における新しいメカニズム:腎尿細管-糸球体連関における免疫細胞マクロファージのスイッチングの関与を解明~新たな治療標的の可能性に期待~

横浜市立大学

 横浜市立大学大学院医学研究科 循環器・腎臓・高血圧内科学の鈴木徹医師(大学院生)、涌井広道准教授、小豆島健護助教、田村功一主任教授らの研究グループは、同研究科 免疫学 田村智彦主任教授、黒滝大翼客員准教授、東京慈恵会医科大学 腎臓・高血圧内科 春原浩太郎助教(横浜市立大学客員研究員)、横尾隆主任教授らとの共同研究により、糖尿病性腎症における腎尿細管レニン-アンジオテンシン(RA)系を介した新しいメカニズム(腎尿細管-糸球体連関における免疫細胞マクロファージの機能スイッチングによる糸球体障害の発症・進展メカニズム)を解明しました。
 本研究成果は、国際腎臓学会(ISN)の学会誌「Kidney International」に掲載されました。(2022年3月1日オンライン)

研究成果のポイント
  • 糖尿病ATRAP*1欠損マウスでは、腎尿細管RA系の過剰な活性化と免疫マクロファージのスイッチング(善玉のM2マクロファージ減少)が起こり、糖尿病性腎症が悪化する
  • 腎尿細管M2マクロファージは、腎糸球体の炎症や酸化ストレスを抑制し、糖尿病性腎症を改善する
  • ATRAPが糖尿病腎症の新たな治療法として期待される

研究背景
 慢性腎臓病の患者数は年々増加傾向にあり、本邦の成人の約8人に1人は慢性腎臓病であると推定され、新たな国民病として位置づけられています。糖尿病性腎症は、糖尿病の最も重篤な合併症で、病気の進行とともに腎糸球体が障害され、最終的には腎代替療法(透析)が必要となる腎疾患です。慢性腎臓病の主たる原因であり、糖尿病患者の増加も影響し、糖尿病性腎症は透析導入に至る原因の約半数を占め第一位となっています。 そして、透析導入患者だけでなく、維持透析患者においても糖尿病性腎症患者が占める割合が年々大きくなっています。 さらに、糖尿病性腎症による透析患者は慢性腎炎による透析患者よりも予後が悪いとされています。
 糖尿病患者は全身のRA系が亢進しており、腎臓の糸球体(原尿を濾しだす細胞)内の圧力(糸球体内圧)が上昇することでアルブミン尿が出現し、腎機能障害が進行していきます。したがって、特にアルブミン尿の多い糖尿病性腎症を有する患者さんではRA系阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬など)を使用することにより、糸球体内圧の上昇を抑えて腎保護効果が得られると考えられています。
 一方で、RA系を強力に阻害すること(高用量や2剤以上での使用)は、むしろ腎障害、高カリウム血症、低血圧といった副作用を増加させる可能性があるため、治療上の大きな制約になってきた実情があり、RA系阻害による腎保護効果に関するさらなるメカニズム解明が喫緊の課題でした。
 これまでに当研究グループは、RA系受容体結合蛋白であるATRAP/Agtrapの研究を進めており、ATRAPはアンジオテンシンII受容体(AT1受容体)に結合することでRA系の活性化を抑制し、AT1受容体の生理的シグナルには悪影響を与えずに、臓器障害と関連したシグナルのみ選択的に抑制できる可能性を見出してきました。
*2,3
 本研究では、RA系の活性抑制因子であるATRAPに着目し、腎臓の尿細管(原尿を再吸収する細胞)におけるRA系の亢進が、糖尿病性腎症における糸球体障害にどのような影響を与えるか(腎尿細管-糸球体連関)、そのメカニズムも含めて検討しました。

研究内容
 本研究では、野生型マウスにストレプトゾトシンという薬剤を投与し高血糖が持続する状態(1型糖尿病)にすると、腎尿細管のATRAP発現が減少するとともに腎RA系が活性化することが確認されました。次に野生型マウスと全身のATRAPを欠損させたマウス(ATRAP全身性欠損マウス)に同様の手法を用いて糖尿病を起こし、腎臓の変化を観察しました。その結果、糖尿病ATRAP全身性欠損マウスでは、血圧や血糖値などは糖尿病野生型マウスと同等でしたが、尿細管RA系の活性はより亢進しており、糖尿病性腎症の糸球体障害(アルブミン尿、糸球体腫大、足細胞の脱落など)の増悪とともに腎尿細管間質でのM2マクロファージ(抗炎症作用などを有する善玉免疫細胞)の減少を認めました。
 この現象は、尿細管を特異的にATRAP欠損させたマウスでも観察されたことから、マウスの骨髄から抽出して培養したM2マクロファージを糖尿病ATRAP全身性欠損マウスに投与したところ、野生型糖尿病マウスと同程度まで糖尿病性腎症の糸球体障害が改善しました。そのメカニズムとして腎尿細管RA系が尿細管間質の免疫マクロファージの機能スイッチングを介して、二次的に腎糸球体障害に影響を与える「腎尿細管-糸球体連関」が存在することが明らかになりました。(図1)


 

(図1)糖尿病性腎症における新しいメカニズム:
腎尿細管-糸球体連関における免疫マクロファージのスイッチングの関与


今後の展開
 本研究の意義は、糖尿病性腎症に対するRA系阻害の腎保護効果の新たなメカニズムとして、腎尿細管RA系の過剰な活性化が糸球体障害を増悪させるという腎尿細管-糸球体連関の存在が示されたことです。腎尿細管RA系が腎尿細管間質での免疫マクロファージのスイッチングを介して糸球体障害の進展に関与するメカニズムは、初めて明らかになりました。これは、腎尿細管RA系が糖尿病性腎症の進行に深く関わっていることを示しており、今後、糸球体だけでなく腎尿細管RA系もターゲットにした治療法の開発が糖尿病性腎症を克服するうえで重要だと考えられます。
 前述の通り、糖尿病性腎症において既存薬によるRA系の過度な抑制は、むしろ副作用が増えることが報告されています。RA系の生理的シグナルには悪影響を与えずに、臓器障害と関連したシグナルのみ選択的に抑制できるATRAPは、より効率的で安全な治療法となる可能性があり、腎尿細管に着目したATRAP活性化療法は糖尿病性腎症の新規治療戦略として期待されます。

研究費
 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、一般財団法人 横浜総合医学振興財団、日本腎臓病協会・日本ベーリンガーインゲルハイム共同研究事業、公益財団法人 上原記念生命科学財団、公益財団法人 ソルト・サイエンス研究財団医学研究プロジェクト助成、公益社団法人 日本透析医会、および横浜市立大学かもめプロジェクトなどによる研究助成を受けて行われました。

論文情報
タイトル: Deficiency of the kidney tubular angiotensin II type1 receptor-binding molecule ATRAP exacerbates streptozotocin-induced diabetic glomerular injury via reducing protective macrophage polarisation
著者: Kotaro Haruhara, Toru Suzuki, Hiromichi Wakui, Kengo Azushima, Daisuke Kurotaki, Wataru Kawase, Kazushi Uneda, Ryu Kobayashi, Kohji Ohki, Sho Kinguchi, Takahiro Yamaji, Ikuma Kato, Kenichi Ohashi, Akio Yamashita, Tomohiko Tamura, Nobuo Tsuboi, Takashi Yokoo, Kouichi Tamura.
掲載雑誌: Kidney International
DOI: https://doi.org/10.1016/j.kint.2022.01.031

用語説明
*1 ATRAP/Agtrap
生活習慣病増悪因子結合受容体(1型アンジオテンシン受容体)に直接結合し、その機能を制御する低分子蛋白(AT1 receptor-associated protein; ATRAP)(参考文献*2、*3)

参考文献
*2  The pathophysiological role of angiotensin receptor-binding protein in hypertension and kidney diseases: Oshima Award Address 2019
Hiromichi Wakui.
Clin Exp Nephrol, 2020 Apr;24(4):289-294. doi: 10.1007/s10157-020-01861-4.

*3 ATRAP, a receptor-interacting modulator of kidney physiology, as a novel player in blood pressure and beyond
Kouichi Tamura, Kengo Azushima, Sho Kinguchi, Hiromichi Wakui, Takahiro Yamaji
Hypertens Res, 2022 Jan;45(1):32-39. doi: 10.1038/s41440-021-00776-1.



 


 

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