生殖過程の核融合の鍵となる、進化的に保存された核膜タンパク質を同定

横浜市立大学

 新潟大学理学部の西川周一教授、大学院生の矢部あやか、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(WPI-ITbM)・東京大学大学院理学系研究科の東山哲也教授、横浜市立大学木原生物学研究所の丸山大輔助教らの研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナを用いた研究で、陸上植物の生殖過程に必須の現象である細胞核融合の鍵となるタンパク質GEX1を同定しました。GEX1は有性生殖過程特異的に発現する核膜タンパク質であり、細胞核融合の中でも特に核膜融合に必須な役割を果たしています。また、GEX1の相同タンパク質が出芽酵母有性生殖過程の核膜融合でも機能しており、有性生殖過程の核膜融合のメカニズムが酵母から植物まで保存されており、真核生物に共通の仕組みであることが示唆されます。本研究の成果を元に、生殖細胞で細胞核融合が効率良く行われるメカニズムが明らかになると期待されます。本研究成果は、2020年10月12日に「Frontiers in Plant Science誌」に掲載されます。

【本研究成果のポイント】
  • 植物の有性生殖過程の細胞核融合に必要な核膜タンパク質GEX1を同定した。
  • GEX1は生殖過程特異的に発現し、核膜融合の鍵となるタンパク質である。
  • 有性生殖過程の核膜融合機構は進化的に保存されていることが示唆される。

I.研究の背景
 細胞内には、遺伝情報を格納する細胞核という細胞小器官(オルガネラ)が存在します。有性生殖(注1)において、この細胞核の融合(核融合)は必須の過程であり、受精卵中で両親由来の細胞核が融合して次世代の細胞核ができます。
 細胞核は核外膜と核内膜の2枚の生体膜で構成される核膜で囲まれています。植物をはじめとする多くの生物の有性生殖過程では、この核膜が融合することで両親由来の2つの細胞核が融合します(図1)。体細胞同士を人為的に融合しても核融合は起こりませんが、単離した卵細胞と精細胞を人為的に融合すると核融合が効率良く起こることが知られています。このため、卵細胞などの生殖細胞には核融合を促進する特別な仕組みが存在することが予想されていましたが、その実体は明らかではありませんでした。

II.研究の概要
 シロイヌナズナを含む多くの被子植物の有性生殖過程では、3回の核融合が観察されます。このうちの2回は重複受精(注2)の過程で観察される精核融合です。花粉管から放出された2つの精細胞はそれぞれ、雌性配偶体の卵細胞および中央細胞と融合します。その後、卵細胞と中央細胞それぞれの核と、精核(精細胞の核)が融合します。残る1回の核融合は、雌性配偶体形成過程で観察される極核融合です。シロイヌナズナなどでは、雌性配偶体の形成過程で中央細胞の中で2つの極核の融合が観察されます(図2)。
 本研究では、GEX1遺伝子に欠損をもつシロイヌナズナの突然変異株を用いた解析によって、GEX1が有性生殖過程で観察される3回の核融合すべてに必要であること、GEX1が核膜融合の過程に必要であることを明らかにしました。また、GEX1は卵細胞と中央細胞といった生殖細胞特異的に発現する核膜タンパク質であることを明らかにしました。ライブイメージング解析では、卵細胞核と極核が作られると、まず極核でGEX1が働きはじめ、極核が融合する様子を捉えることに成功しました。少し遅れて、受粉前には卵細胞核でGEX1が働きはじめる様子も捉えられました(図3)。

III.研究の成果
 私たちはこれまで、シロイヌナズナ有性生殖過程の核膜融合に必要なタンパク質を同定してきましたが、これらはすべて体細胞でも発現するタンパク質でした(Maruyama et al., 2010, 2014, 2020; Hwang et al., 2019)。本研究によって、GEX1という生殖細胞特異的に発現する核膜融合タンパク質がはじめて同定されました。GEX1は生殖細胞でのみ効率良く核融合が起こるメカニズムを解明するための鍵になると考えられます。
 GEX1は出芽酵母有性生殖過程の核膜融合に必要な核膜タンパク質Kar5のホモログ(相同タンパク質)です。私たちはこれまで、シロイヌナズナと出芽酵母を用いて、有性生殖過程の核膜融合機構の解析を行い、有性生殖過程の核膜融合で機能するタンパク質がこれらの生物種間で保存されていることを示してきました(Nishikawa and Endo, 1997; Nishikawa et al., 2003, 2008)。本研究のもうひとつの成果は、シロイヌナズナ(被子植物)と出芽酵母という進化的に離れた生物の間で保存されていることを明らかにしたことにあります。

IV.今後の展開
 本研究によって、有性生殖過程の核膜融合の鍵となる核膜タンパク質であるGEX1が同定されました。これまでに複数の核膜融合関連タンパク質が同定されていますが、その中でGEX1のみが有性生殖過程で発現します。本研究の成果を足がかりに、生殖細胞特異的に核融合が効率良く行われるメカニズムが明らかになると期待されます。
 私たちヒトを含む哺乳動物の受精では、最初の体細胞分裂と同時に核融合が起こります。このとき核膜が崩壊・消失することで2つの核の融合が可能になります(図1)。哺乳動物はGEX1様の機能をもつ核膜タンパク質は存在しません。このため、哺乳動物では核膜融合を回避した核融合の仕組みを獲得し、GEX1を失ったと考えられます。本研究の発展により、生殖過程の核融合機構の統合的な理解や、体細胞を用いた人為的な核融合の制御など、植物科学を超えた研究が展開できると期待されます。

V.研究成果の公表
 これらの研究成果は、202010月12日、Frontiers in Plant Science誌に掲載されます。

論文タイトル:Arabidopsis GEX1 is a Nuclear Membrane Protein of Gametes Required for Nuclear Fusion During Reproduction
著者:Shuh-ichi Nishikawa1, Yuki Yamaguchi2, Chiharu Suzuki2, Ayaka Yabe2, Yuzuru Sato1, Daisuke Kurihara3,4, Yoshikatsu Sato4,5, Daichi Susaki6, Tetsuya Higasiyama4,5,7, and Daisuke Maruyama6(西川周一1、山口友輝2、鈴木千晴2、矢部あやか2、佐藤譲1、栗原大輔3,4、佐藤良勝4,5、須崎大地6、東山哲也4,5,7、丸山大輔6
1新潟大学理学部、2新潟大学大学院自然科学研究科、3JSTさきがけ、4名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所、5名古屋大学大学院理学研究科、6横浜市立大学木原生物学研究所、7東京大学大学院理学系研究科)
DOI:10.3389/fpls.2020.548032



 
図1.有性生殖過程で観察される核融合の模式図
 ヒトを含む哺乳動物の受精では、最初の体細胞分裂の際に、核膜の崩壊と再構築をともなって雌雄の核が融合する。一方で、出芽酵母や植物の有性生殖過程で観察される核融合では核膜が崩壊しないため、核外膜融合と核内膜融合の2回の膜融合過程を経て2つの核が融合する。



 
図2.被子植物の生殖過程で観察される核融合
(上図)雌性配偶体形成過程では、中央細胞で2つの極核が融合する(極核融合)。
(下図)重複受精の過程では、花粉管から放出された2つの精細胞がそれぞれ卵細胞と中央細胞と融合した後に、精核が融合する(精核融合)。


 
図3.雌性配偶体形成過程でのGEX1の機能
 雌性配偶体形成過程でのGEX1(緑色)の発現と局在の経時観察を行った。GEX1は極核(pn)が融合して二次核(scn)となる過程で極核に現れ、次いで卵細胞核(en)に出現した。細胞核の位置をマゼンタで示す。数字は撮影をおこなった時間(時:分)。


<用語解説>
1:有性生殖
ヒトをはじめとする哺乳動物の生殖の過程では、雌雄の個体それぞれが配偶子(精子と卵)をつくり、雌個体内で11の受精によって次世代の個体(胚)ができます。被子植物の場合は、雌しべと雄しべで配偶体が作られ、これらが配偶子を作ります。雄性配偶体(花粉)は精細胞を2個もち、雌性配偶体は雌しべの中の胚珠と呼ばれる組織の中で作られます。多くの被子植物の雌性配偶体は、卵細胞と中央細胞がそれぞれ1個、2個の助細胞と3個の反足細胞という7細胞で構成されます(図2)。

2:重複受精
被子植物の受精の過程は重複受精とよばれ、花粉由来の2つの精細胞がそれぞれ卵細胞と中央細胞と融合し、次世代の個体である胚と、これに栄養を供給する胚乳ができます。その後しばらく発生が進んだ後に一時成長が休止した状態となり種子ができます。

<研究サポート>
本研究は科学研究費補助事業・基盤研究C(課題番号2357005116K0739419K06704)・基盤研究B(課題番号17H03697)、新学術領域研究「植物環境感覚」(課題番号2312051225120711)、新学術領域研究「植物新種誕生原理」(課題番号16H0646417H0583719H0485719H04869)、挑戦的研究(萌芽)(課題番号18K19331)、戦略的創造研究推進事業「さきがけ」(課題番号JPMJPR18K4)によって実施されました。
また、科学研究費助成事業・新学術領域研究・学術研究支援基盤形成 「先端バイオイメージング支援プラットフォーム」(課題番号JP16H06280)による研究支援を受けました。
本研究は文部科学省先端研究基盤共用促進事業(新たな共用システム導入支援プログラム)[JPMXS0421100320]で共用された機器を利用した成果です。

 

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