クマも子育ては大仕事~歯が語る出産・育児の履歴~

東京農工大学

ポイント ・ツキノワグマの歯のセメント質には、樹木のように年輪が形成される。 ・ツキノワグマのメスが出産し、0歳の子供の育児を行った年には、育児を行っていない年よりも、その年輪の幅がせまくなる。 ・歯のセメント質に形成される年輪幅の変化を調べることで、過去の繁殖履歴を解明することが可能になり、ツキノワグマの科学的な保護管理に役立つ。 本研究成果は、日本の哺乳類学誌(英語:Mammal Study(略称:Mamm. Stud.))オンライン版(11月16日付)およびVol. 43 No. 4(12月30日付)に掲載されます。 掲載誌:Mammal Study 論文名:Reproductive histories of Asian black bears can be determined by cementum annuli widths 著者名:Kahoko Tochigi, Hiroo Tamatani, Chinatsu Kozakai, Akino Inagaki, Tomoko Naganuma, Hiroaki Myojo, Koji Yamazaki and Shinsuke Koike URL:http://www.bioone.org/doi/abs/10.3106/ms2018-0016    概要  国立大学法人東京農工大学大学院農学研究院自然環境保全学部門の小池伸介准教授、東京農業大学地域環境科学部森林総合科学科の山崎晃司教授、特定非営利活動法人ピッキオの野生動物対策リーダー玉谷宏夫氏らの研究チームは、ツキノワグマ(以下、クマ)の歯根部のセメント質(注1)に形成される年輪の幅(以下、年輪幅)は、育児を行うことでせまくなることを明らかにしました。この結果から、クマの年輪幅を調べることで、過去の繁殖履歴を推定することができるという新たな知見が得られました。 研究背景  歯の歯根部の表面を覆うセメント質は、年齢とともに厚さを増していきます。セメント質は、動物の栄養状態のよい春から夏には活発に発達しますが、冬には発達が停滞します。そのため、歯根部を薄くスライスし、染色すると、冬に形成されたセメント質は濃く染まり、年輪(層)のように見えます(図1)。人間をはじめとして動物各種の先行研究では年輪幅の違いには、栄養状態の違いが反映されることがわかっています。つまり、栄養状態のいい時には年輪幅が広くなります。そこで本研究では、クマの年輪幅がどのような要因によって変化するのかを明らかにすることを目的に、クマの栄養状態に影響を及ぼす要因として育児に着目し、年輪幅と育児の有無との関係を調べました。  2002年から2017年にかけて、栃木県・群馬県にまたがる足尾・日光山地と長野県軽井沢町で追跡調査を行ってきた計13頭の成獣メスから歯を採取し、年輪幅を計測しました(図1)。歯は、行動調査のために学術捕獲された際と、対象のクマが死亡した際に採取しました。生きているクマから歯を採取することは残酷なことですが、クマの年齢は歯からしかわかりません。行動調査によって、何歳のクマがどこで、どのような行動をしているのかを明らかにすることは、将来のクマと人間との間に発生するさまざまな問題を減らすためには欠かせない情報となります。そのため、学術調査を行う上で調査対象のクマの年齢は重要な情報となります。また、採取する歯はできる限りクマの生活に影響がないように選び、犬歯のすぐ後ろにある米粒ほどの大きさの小臼歯といわれる、クマの食生活ではほとんど使われることがないといわれる歯を対象にしています。そして、採取した歯の年輪幅とこれらの個体の直接観察をもとにした過去の育児履歴との比較を行いました。 研究成果  いずれの個体においても、出産および育児に成功した年には、出産をしていない、あるいは育児に失敗した年と比べて、年輪幅がせまくなることがわかりました(図2)。また、育児に成功した場合でも、人間の生ごみなどといった高栄養な食べ物を食べていた場合には、年輪幅はせまくなりませんでした。  クマは冬眠中に子供を出産し、その後は育児を行います。母親は、0歳の子供に授乳するために多くの栄養が必要となります。さらに、子供がまだ十分に動けないために母親の食事も制限されます。これらによって、母親の栄養状態は低下し、年輪幅がせまくなったと考えられます。 今後の展望  本結果より、メスの年輪幅の変化を調べることで、その個体が初めて出産し、育児に成功した年齢や、繁殖の頻度を推定できることが明らかになりました。このことは、これまで不明であった野生のクマの繁殖に関するさまざまな情報を得られることにつながり、クマの科学的な保護管理に大きく貢献することが期待されます。  なお、本研究はJSPS科研費 JP16K21702、JP16H04932、JP16H04939、JP17H05971および環境省国立公害等防止プロジェクト「ツキノワグマの出没メカニズムの解明と出没予測手法の解明」の助成を受けたものです。 用語説明 注1)歯はエナメル質、象牙質、セメント質の硬い組織(硬組織)からできていますが、セメント質は歯根部の象牙質の表面を覆う組織。 図1:ツキノワグマの歯の断面図とセメント質の切片の顕微鏡写真。  写真は歯根部を縦に薄くスライスし、染色したものです。写真のセメント質の左側にみられる年輪は満1才の冬に形成された層なので、この個体は満7才と推定できます。 図2:(左)ツキノワグマのメスの育児の成功の有無と歯のセメント質の年輪幅との関係。(右)育児の成功の有無と年輪幅を対応させたセメント質の切片の顕微鏡写真。  メスが育児を行った年に形成された年輪幅は、育児を行っていない年に比べて、せまくなることがわかりました。右図の顕微鏡写真の個体は、5歳と7歳の年に育児を成功させたことが読み取れます。 ◆研究に関する問い合わせ◆ ・東京農工大学大学院農学研究院  自然環境保全学部門 准教授  小池 伸介(こいけ しんすけ)  E-mail: koikes@cc.tuat.ac.jp ・学校法人東京農業大学 戦略室  矢木 伸平(やぎ しんぺい)  堀 詩以奈(ほり しいな)  TEL: 03-5477-2300  E-mail: koho@nodai.ac.jp ・特定非営利活動法人ピッキオ  野生動物対策リーダー  玉谷 宏夫(たまたに ひろお)  TEL: 0267-46-3818  E-mail: info@npo.picchio.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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