サブテラへルツ帯において世界最高速となる毎秒2テラビット・100mの無線伝送に成功
~アナログ信号処理による低遅延・省電力性を活かし、IOWN/6G時代のAIデータセンタ・基地局ネットワークを支える新たな選択肢へ~
発表のポイント:- NTTは、100mの実用的な伝送距離で、サブテラヘルツ帯(100~300GHzの周波数帯)において世界最高速となる毎秒2テラビット(2Tbit/s)の大容量無線伝送の実証に成功しました。
- サブテラへルツ帯において世界最大級の空間多重数である22空間多重を低消費電力なアナログ信号処理主体で実現し、回路設計の各種開発などにより大幅な高速化を実現しました。またアンテナの高利得化や軸合わせの課題に対し、設計技術・運用技術を確立することで長距離化に成功しました。
- 本技術は、次世代光通信規格(800G/1.6T)に匹敵する通信速度の無線通信手段となるため、分散コンピューティングを支えるAIデータセンタ内やビル間通信におけるネットワーク構築、第6世代移動通信システム(6G)向けのバックホール、臨時中継回線など、無線の柔軟性(即時開通・移設・時限運用など)を活かした運用が期待されます。
本方式は、空間多重処理の大半をアナログ信号処理で実現するため、これらのデジタル信号処理に伴う演算遅延や消費電力を数百分の一に抑えられるという特長があります。これにより、低遅延と電力効率が同時に求められる、AIデータセンタ内の「分散コンピューティング」や、多数の装置展開が必要な移動通信システムの「無線基地局ネットワーク(RAN:Radio Access Network)」などにおいて、無線の機動性を活かしたノード間大容量無線通信への応用が可能となります。
本研究成果の詳細は、2026年9月に開催されるIEEEの国際会議「VTC-fall 2026 (Vehicular Technology Conference)」にて公表されました。
図1:大容量無線伝送に関する本成果の位置付けと利用シナリオ
1.研究の背景
近年、AI技術の発展に伴うコンピューティング需要の急増やIOWN/6G時代に向けたモバイル通信の高度化により、AIデータセンタ内やRANネットワークにおけるデータ転送容量は爆発的に増加しています。これを支えるインフラとして、次世代800G/1.6T光通信技術(※4)への移行が急務となる一方、敷設工事や配線などの物理的な制約を受けない「大容量無線通信技術」への期待も同時に高まっています。
大容量の無線通信を実現するためには、一般に「広帯域化」「空間多重化」「高利得化(※5)」の3つのアプローチが考えられます。NTTはこれまで、未開拓のサブテラヘルツ帯を活用した広帯域化を図るとともに、軌道角運動量 (OAM) を持つ螺旋状の電波を用いて、鋭いビームの中に多数の電波を空間多重することが可能な「OAM多重伝送技術」の研究を牽引してきました(図2)。その結果、2023年にはサブテラヘルツ帯において毎秒1.4テラビット(1.4Tbit/s)の大容量無線伝送(伝送距離1m)に世界で初めて成功しています。
この革新的な空間多重技術を、AIデータセンタ内やビル間接続、無線基地局ネットワーク(RAN)向け無線バックホールなど、実際の最先端ネットワークで活用するためには、次世代光通信規格並みの大容量と、実用距離への長距離化を両立させる必要があります。
図2:OAM多重伝送技術
2.研究の成果
従来の空間多重技術(MIMO: Multiple-Input Multiple-Output)では、相互の電波干渉を除去するために膨大なデジタル信号処理を行っています。しかし、ミリ波・サブテラヘルツ帯で想定される超広帯域信号においてこれを適用すると、アンテナ素子数の2~3乗に比例して演算負荷が爆発的に増加してしまい、消費電力や処理遅延の観点から大規模な多重化は極めて困難でした。この課題に対し、今回の成果は空間多重に係る信号処理をデジタルとアナログに効果的に機能配分する「ハイブリッド構成」を採用しました。これが、デジタル演算負荷を大幅に低減可能なNTT独自の「OAM-MIMO多重伝送方式」です。OAMモードはそれぞれ固有の螺旋形状を持ち、固定的な処理で生成することができるため、アナログ技術を効率的に取り入れることができます。この特徴を用いて、空間多重処理の大半(OAMモードの多重・分離処理)を「アナログ導波回路」で実行し、「デジタル信号処理」は各OAMモード内での空間多重処理にのみ限定的に適用します(図3)。これにより、8素子×2リング(UCA:Uniform Circular Array(※6))のアンテナ構成の例では、アナログ信号処理で8つのOAMモードを多重/分離しつつ、デジタル演算負荷は各OAMモード内で「2素子相当」にまで抑えられ、フルデジタル処理と比較してデジタル演算負荷を数百分の一にまで劇的に低減しています。
図3:空間多重化に係る信号処理をアナログとデジタルに効果的に機能配分するハイブリッド構成
今回、この「OAM-MIMO多重伝送方式」をサブテラヘルツ帯かつ実用的な距離で実現するため、「Multi-UCA型Butler matrix導波回路技術」、「イメージングリフレクタ技術」、「軸ずれ補正技術」の3つの新たな要素技術を確立しました(【3. 技術のポイント】参照)。これらの技術により、電波を用いた無線通信で世界最高速となる毎秒2テラビット(2Tbit/s)・100mの無線伝送実験に成功しました(図4)。本実験では、136.0~148.5GHzおよび151.5~164.0GHzの周波数帯を使用し、空間多重数は最大22多重となっています。空間多重の仕組みは以下の通りです。
- OAMモード多重:8つのOAMモード(0、±1、±2、±3、-4)を同時使用
- モード内多重適応制御:距離や伝搬状況に応じて各モード内でそれぞれ適切な空間多重数選択(最大2多重)・電力配分や予等化/等化処理(※7)を実施
- 偏波多重(※8):異なる2つの偏波(水平/垂直偏波)でそれぞれOAM-MIMO多重伝送を実施
図4:フィールド実験の様子と無線伝送実験の結果
3.技術のポイント
① Multi-UCA型Butler matrix導波回路技術:
アナログ信号処理によりOAM-MIMO多重伝送方式におけるOAMモードの多重・分離を電力消費や処理遅延なしで実現する基幹部です。これまでのNTTの導波路基本設計技術(※9)を活かしつつ導波回路の立体配線・構造の小型最適化を行うことにより、回路一体型アンテナの多重リング(Multi-UCA)化に成功しました(図5)。
これにより、前回比(※9)で回路規模が2倍に拡大したにもかかわらず、回路サイズを約40%低減することに成功しています。同時に、導波回路の不完全性に起因するモード間干渉の大きさは信号の平均-20dB以下(1/100以下)に抑え、回路損失も平均2.2dB以下という非常に高い性能を実現しました。
図5:サブテラへルツ帯Multi-UCA型Butler matrix導波回路技術
② イメージングリフレクタ技術:
OAMを用いた大容量無線伝送が可能な伝送距離を長距離化する基幹技術です。OAMの伝送距離は、2対のアンテナそれぞれの大きさ(アンテナ径)を拡大して「高利得化」を図ることにより、アンテナ径にほぼ比例して長距離化することができます(例:アンテナ径をそれぞれ10倍にすれば、伝送距離は10×10=100倍)。しかし、単純に回路一体型のアンテナを大径化しようとすると、導波回路の配線が長くなり損失や誤差が増大してしまいます。そこで本技術では、「Multi-UCA型Butler matrix導波回路技術」で設計した回路一体型の小型アンテナを1次放射源として利用し、複数の反射鏡によって「アンテナの拡大像」を形成するアプローチを採用しました。
このとき、らせん状の波面を持つOAMモードの特性を保つためには、「伝搬軸に対して回転対称な構造」を維持する必要があります。一方で、1次放射源自体が無視できない大きさを持つため、反射した電波が1次放射源自身に遮られて散乱・損失が生じる「自己遮蔽」を防がなければならない、という設計上のジレンマがありました。これに対し、放射電力を一度伝搬軸外に収束させつつ、全体として回転対称構造を維持できるよう反射鏡の形状を設計しました(図6)。これにより、OAM波の特性を損なうことなく自己遮蔽を回避できる高利得アンテナを実現しています。結果として、「Multi-UCA型Butler matrix導波回路技術」で設計した回路一体型の小型アンテナ部分は共通のまま、反射鏡の設計により「アンテナ拡大像」の大きさを変えるだけで、ユースケースに応じて伝送距離を任意にスケーリングすることが可能になりました。
図6:イメージングリフレクタ技術
③ 軸ずれ補正技術:
OAM-MIMO多重伝送方式において異なるOAMモードが互いに干渉しない性質を活かすためには、2対のアンテナが互いに正対している必要があります。それぞれのアンテナの方向にずれ(軸ずれ)があるとモード間干渉が発生し、通信品質が劣化してしまいます。アンテナが大径化し、伝送距離が延びるほどこの影響は大きくなるため、精密な軸合わせが必要になります。
本技術では、モード間干渉を考慮したSINR(信号対干渉雑音電力比)(※10)に着目しました。モード間干渉の状態は、軸が正確に合っている状態の近傍で急激に変化する性質があります。そのため、2対のアンテナがそれぞれ軸を回転させながらSINRのピーク探索を行うことで、高精度な軸合せが可能となります。しかし、多数のモードの干渉状況に基づくSINRのピーク形状は単一のピークを持つなだらかな形状ではないため、より高い方向を単純に辿る一般的な探索方式では、全体で最も高い真のピークとは異なる小さなピークに陥ってしまう課題がありました。そこで、OAM波特有の「軸ずれに伴うモード間干渉状況」の知見に基づいて探索経路を絞りこむ探索アルゴリズムを確立しました。2対のアンテナが同方向もしくは逆方向に協調することで、適切な探索経路に限定する仕組みです(図7)。これにより、最適な軸合せ状態へ高速かつ確実に収束する高精度な軸ずれ補正が可能になりました。
図7:軸ずれ補正技術
4.今後の展開
本成果により、実用化に向け研究開発が進む800G / 1.6T級の次世代光通信規格に匹敵する大容量無線伝送技術を確立しました。
今後は、実環境での長期運用や既存の無線システムへの組み込みといった実用化プロセスを見据えながら、有線(光ファイバー)の敷設が困難な環境や、完全ケーブルレスで構築できる無線の「機動性」が最大限に活きる以下のユースケースを想定し、次世代社会インフラの柔軟性を飛躍的に高める大容量無線ネットワークの構築をめざします。
- AIデータセンタ内およびビル間接続(分散コンピューティング環境の無線化)
- 移動通信システムにおける基地局設備間の無線バックホール・フロントホール
- 都市部での大規模イベントや、災害時における「臨時中継回線」の迅速な敷設
5.論文情報
タイトル: Field Experiment of 2.04 Tbps Wireless Transmission over 100 m Using Orbital Angular Momentum Multiplexing in the Sub-THz Band
国際会議:VTC2026-Fall(2026 IEEE 104th Vehicular Technology Conference)
著者:Hirofumi Sasaki, Yasunori Yagi, Jun Mashino, Doohwan Lee
6.関連する過去の報道発表
[1] 2025年3月24日「6G時代の大容量無線バックホールの構築に向けて前進~双方向無線通信装置を用いて80GHz帯で世界最速の毎秒140ギガビット伝送に成功~ | ニュースリリース | NTT」
( https://group.ntt/jp/newsrelease/2025/03/24/250324a.html )
[2] 2023年3月30日「世界で初めて、サブテラヘルツ帯において毎秒1.4テラビット無線伝送に成功~IOWN・6Gで実現する新しい無線サービスの創造に貢献~ | ニュースリリース | NTT」
( https://group.ntt/jp/newsrelease/2023/03/30/230330a.html )
[3] 2018年5月15日「毎秒100ギガビット無線伝送を、世界で初めて新原理(OAM多重)を用いて成功 ~5Gの次世代を実現する革新的無線通信技術を開拓~ | ニュースリリース | NTT」
( https://group.ntt/jp/newsrelease/2018/05/15/180515a.html )
【用語解説】
※1 OAM(Orbital Angular Momentum: 軌道角運動量)
位相が進行方向に対して螺旋状に回転する性質を持つ電磁波の物理量です。異なるモードのOAM波は互いに干渉しない特徴があるため、複数のOAMモードを用いた空間多重による大容量無線伝送が可能になります。
※2 空間多重伝送
複数のデータ系列を、空間的に独立な複数の電波を用いて、同時刻・同周波数帯において並列に伝送する伝送方法です。
※3 MIMO(Multi-Input Multi-Output)
送信側と受信側の双方で複数のアンテナを使用し、データを空間的に多重化して送受信する技術です。
※4 800G/1.6T光通信規格
現在主流の100G/400Gの次世代にあたり、毎秒800ギガビット(800Gbit/s)および1.6テラビット(1.6Tbit/s)の超大容量通信を実現する新たな標準規格です。
※5 高利得化
特定の方向に電波を強く放射・受信できるようにする技術のことです。受信信号電力が向上し、より多くの情報を伝送できるようになったり、伝送距離を延ばしたりすることができます。
※6 UCA(Uniform Circular Array)
複数のアンテナ素子を円形に等間隔で配置した円形アレーアンテナです。
※7 予等化/等化処理
複数の電波を同時に送受信する通信において、混ざり合った信号を本来の形に分離・復元する処理(等化)と、受信先で正しく復元できるよう送信時にあらかじめ調整する処理(予等化)です。
※8 偏波多重
空間多重の一種であり、電波や光の振動する方向(偏波)が異なる波は互いに干渉しないという性質を利用し、同じ周波数で複数の信号を同時に伝送して通信容量を増やす技術です。
※9 【6. 関連する過去の報道発表】[2]参照
※10 SINR(信号対干渉雑音電力比)
受信したい信号の強さが、ノイズや他の信号による電波干渉に対してどの程度の割合かを示す数値です。本技術における干渉とはモード間干渉のことをさします。
