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昭和医科大学の金野竜太准教授、東京大学の酒井邦嘉教授、東京女子医科大学の田村学准教授らの共同研究グループは、脳腫瘍患者において、左半球の言語関連領域が影響を受けた場合でも、右半球の構造的特徴が言語処理速度の個人差に関与する可能性を明らかにしました。
本研究は、同じ部位・同程度の脳腫瘍であっても言語障害の程度が異なる理由の一端を、脳構造の個人差、すなわち「神経予備能(ニューラル・リザーブ)」の観点から示したものです。これにより、術前の機能予測やリハビリテーション戦略の個別化につながる基礎的知見となることが期待されます。
【研究のポイント】
左半球の「上側頭回*¹」への腫瘍浸潤が、文理解の処理速度の低下と関連することを確認
右半球の「上前頭回*¹」の構造的複雑さが高い人ほど、処理速度が保たれる傾向を確認
両者は独立して言語処理速度*²に関与し、腫瘍の影響に加えて脳構造の個人差が機能に関係する可能性を示唆
健常者を含めた解析でも同様の傾向が認められ、構造的特徴が病変の有無にかかわらず個人差として存在する可能性を示唆
【研究の背景】
脳腫瘍の一種であるグリオーマ(diffuse glioma*³)は、言語や認知機能に影響を及ぼすことが知られています。なかでも、「言葉の意味は理解できるが、理解に時間がかかる」といった言語処理速度の低下は、日常生活や社会復帰に大きく影響します。
一般に言語機能は左半球が中心とされていますが、臨床現場では「同じ部位に同程度の腫瘍があっても、言語障害の程度が大きく異なる」という現象がしばしば経験されます。この個人差の要因は十分には明らかになっていませんでした。
近年、脳が本来持つ構造やネットワークの違いが、障害への耐性に関わるとする「神経予備能(ニューラル・リザーブ*⁴)」という概念が注目されています。しかし、どのような脳構造がこの個人差に関与するのかは明確ではありませんでした。
【研究の方法】
本研究では、左脳にグリオーマを持つ患者28名と、健常者20名を対象に、以下の3つのステップで多角的な解析を行いました。
1.言語処理速度の測定
「□が△を押している」といった文と、それに対応するイラストが一致するかを判断する課題(絵と文のマッチング課題)を実施し、文理解に要する時間を計測しました。
2.脳の「構造的複雑さ」を定量化
最新のMRI画像解析手法(表面形態計測:SBM*⁵)を用い、脳の表面にある大脳皮質の「厚さ」に加え、その構造的複雑さを示す指標である「フラクタル次元*⁶」を算出しました。これにより、目視では捉えきれない、脳の構造的複雑さを定量化しました。
3.脳腫瘍部位と脳構造の統合解析
脳腫瘍による損傷部位が機能にどう影響するかを特定する手法(病変症状マッピング*⁷)と、複数の要因から結果を予測する多変量解析を組み合わせ、「腫瘍による直接的ダメージ」と「残された右脳の構造」が、それぞれ独立して言語処理速度にどう関わっているのかを検証しました。
【研究の結果】
1.左上側頭回に腫瘍が存在する場合、文理解の処理速度が遅くなる傾向が認められました。
2.右上前頭回の構造的複雑さ(フラクタル次元)が高い患者ほど、処理速度が保たれる傾向が認められました。
3.多変量解析の結果、左半球の腫瘍体積と右半球の構造的複雑さは、それぞれ独立して処理速度と関連していました。
4.健常者を含めた解析においても、右上前頭回の構造的複雑さは処理速度と関連しており、この特徴が病変の有無にかかわらず個人差として存在する可能性が示唆されました。
【研究の意義】
本研究は、脳の一部が損傷を受けた際の機能低下の程度が、病変の位置や大きさだけでなく、もともとの脳構造の個人差とも関連する可能性を示しました。特に、右半球が、言語処理を支えるネットワークの働きに影響を与える可能性が考えられます。
また、本研究の結果は、「神経予備能(ニューラル・リザーブ)」の概念とも一致しており、脳機能の個人差を理解する一つの視点を提供するものです。
【今後の展望】
今後は、術前に脳の構造的特徴を評価することで、術後の言語機能の経過を予測できる可能性があります。また、個々の脳の特性に応じたリハビリテーションや治療戦略の検討にもつながることが期待されます。
一方で、本研究は観察研究であり、右半球の構造がどのような神経メカニズムを通じて機能と関連するかについては、今後さらなる検討が必要です。
【用語解説】
*1 上側頭回/上前頭回
上側頭回は側頭葉の上部に位置し、音声や言語理解に関わる領域とされる。上前頭回は前頭葉の上部に位置し、注意や実行機能など、課題遂行を支える認知機能に関与すると考えられている。
*2 言語処理速度
文章や単語の意味を理解するまでに要する時間のこと。本研究では、文と画像の一致を判断する課題における反応時間を指標として測定している。
*3 グリオーマ(diffuse glioma)
脳の神経細胞を支える「神経膠細胞(グリア細胞)」から発生する原発性脳腫瘍の一種。周囲の正常な脳組織に広がる(浸潤する)性質がある。発生部位によっては、言語や認知機能に影響を及ぼすことがある。
*4 ニューラル・リザーブ(neural reserve)
脳が損傷を受けた際に、機能低下を抑える働きに関わるとされる、もともとの脳の構造やネットワークの効率・容量の個人差を指す概念。損傷後に生じる変化(神経可塑性)とは区別される。
*5 表面形態計測(surface-based morphometry: SBM)
MRI画像をもとに、大脳皮質の厚さや形状、複雑さなどを解析する手法。脳の表面構造を詳細に評価することができる。
*6 フラクタル次元(fractal dimension: FD)
図形や構造の「複雑さ」を数値で表す指標。本研究では、大脳皮質の折りたたまれた構造(脳のしわ)の複雑さを定量化するために用いた。値が高いほど、より複雑な構造を持つことを意味する。
*7 病変−症状マッピング(Lesion–symptom mapping)
脳のどの部位に病変があると、どのような症状が現れるかを統計的に対応づける解析手法。本研究では、言語処理速度の低下と関連する脳領域の特定に用いた。
【論文情報】
論文名: Sentence-level language processing speed in diffuse glioma: lesion location and contralesional structural variability
著者: Ryuta Kinno, Manabu Tamura, Takashi Maruyama, Yoshihiro Muragaki, Ayako Osanai, Satomi Kubota, Akinori Futamura, Kuniyoshi L. Sakai
雑誌名: Brain and Language掲載日:2026年4月8日
掲載日: 2026年4月8日
DOI: 10.1016/j.bandl.2026.105751
掲載URL:
https://doi.org/10.1016/j.bandl.2026.105751
▼本件に関する問い合わせ先
昭和医科大学藤が丘病院 脳神経内科 准教授
金野 竜太(きんの りゅうた)
TEL: 045-971-1151
E-mail: kinno@med.showa-u.ac.jp
▼本件リリース元
学校法人 昭和医科大学 総務部 総務課 大学広報係
TEL: 03-3784-8059
E-mail: press@ofc.showa-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター
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