【学習院大学】日本における買収防衛策の特異な発展 学習院大学 2025年03月03日 14:05 ポイント ●日本で現在用いられている標準的な買収防衛策は、買収対象会社取締役会の交渉力を高めるようには設計されていないと考えられます。 ●過去に日本の上場会社が買収対象となった同意なき買収案件では、買収者からより高い買収価格を引き出す目的で買収防衛策が用いられたことは一度もなかったと考えられます。 ●現在の日本の買収防衛策に対する規制の実質は、イギリス型の「妨害禁止(no frustration)」原則に近いと考えられます。 ■研究の概要 学習院大学国際社会科学部の星 明男准教授は、日本の買収防衛策の独特な発展の経緯を分析しました。その結果、①日本で現在用いられている標準的な買収防衛策は、買収対象会社取締役会の交渉力を高めるようには設計されていないこと、②過去に日本の上場会社が買収対象となった同意なき買収案件では、買収者からより高い買収価格を引き出す目的で買収防衛策が用いられたことは一度もないことを明らかにしました。 また、従来の比較企業買収規制の分析では、日本法下の買収防衛策に対する規制の内容は、買収の成否の判断を買収対象会社取締役会の裁量に広く委ねるアメリカ型の規制に近いものと位置付けられてきましたが、本研究では、現在の日本の規制の実質は、イギリス型の「妨害禁止(no frustration)」原則に近いものであると論じました。この議論は、買収規制の態様(mode)がその内容を規定するというJohn Armourオックスフォード大学教授らが提唱した理論に一石を投じるものになっています。 本研究成果は2025年2月19日に国際学術誌「Journal of Corporate Law Studies」に掲載されました。 ■研究の背景 日本では、2020年に「特定標的型・株主判断型」買収防衛策が開発され、その有効性が2021年から2022年にかけて複数の裁判で争われました。また、2023年8月には、最近の企業買収実務の進展を受けて、経済産業省が「企業買収における行動指針」を新たに策定しました。他方で、比較企業買収規制の国際的な議論における日本の買収防衛策の理解は、2005年に経済産業省と法務省が共同で策定した「買収防衛指針」の中で提唱されていた内容が基礎となっていました。本研究は、日本の買収防衛策の具体的な形成過程をその導入初期から現在に至るまで素描することで、国際的な企業買収規制の議論の中での日本の規制の位置づけをアップデートすることを企図して行われました。 ■研究の内容 本研究では、まず、現在の日本で用いられている事前警告型買収防衛策および特定標的型・株主判断型買収防衛策の標準的な設計内容をアメリカにおけるポイズン・ピル※の用いられ方と比較することで、それらが買収対象会社取締役会の交渉力を高めるようには設計されていないことを明らかにしました。次に、日本の買収防衛策の形成過程をその導入初期から最近の展開まで辿ることにより、その発動に株主による承認を必要とする日本の買収防衛策の特徴は、主として判例法(裁判所の判断)により形作られてきたことを明らかにしました。さらに、過去に日本で何らかの形で買収防衛策が用いられた13件の同意なき買収事案を精査することにより、買収者からより高い買収価格を引き出す目的で買収防衛策が用いられたことは日本では一度もないことを明らかにしました。 これらの分析に基づき、本研究では、比較企業買収規制の議論の中での日本の規制の位置づけを見直すべきことを主張しました。すなわち、買収防衛策の内容形成に対する判例法の影響が大きい点で、日本の企業買収規制の態様(mode)は、従来考えられていたよりもアメリカ型に近いといえること、他方で、判例法が形成した買収規制の内容は、イギリス型の「妨害禁止(no frustration)」原則に近いといえることをそれぞれ論じました。また、主として英米の企業買収規制の相違を念頭に、買収規制の態様の違いが内容の違いを決すると主張するJohn Armourオックスフォード大学教授らの理論は、最近の日本の買収防衛策についての規制の展開を必ずしも十分に説明できておらず、同理論には更なる精緻化が必要であると論じました。 ■用語解説 ※ポイズン・ピル アメリカで標準的に用いられている買収防衛策。買収者が対象会社取締役会の同意なく対象会社株式の一定割合(典型的には10%、15%または20%)を取得することを防ぐ効果を有する。買収者が対象会社取締役会の同意なく所定の割合の株式を取得した場合、対象会社の一般株主は、対象会社の株式を大幅なディスカウント(典型的には時価の半額)で取得できるライツ(日本の新株予約権に相当)を行使できるようになる。ライツが行使されると、買収者が取得した株式は、議決権割合と経済的価値の両面で大きく希釈化され、他方で、一般株主は、多額の経済的利得を得ることができる。そのため、一般株主には、買収者に株式を売却せずに、株式を保持したままライツを行使する機会を確保するインセンティブが生じる。以上の仕組みにより、買収者は、対象会社取締役会の同意を得てライツを消却してもらわなければ、企業買収を成功させることが事実上できなくなる。 ■発表者 星 明男 学習院大学国際社会科学部 准教授 ■論文情報 論文名:The peculiar development of anti-takeover measures in Japan 雑誌:Journal of Corporate Law Studies 著者名:Akio Hoshi DOI:10.1080/14735970.2024.2444406 ■研究助成 本研究は、科学研究費補助金20K01373および23K17537による助成を受けて行われたものです。また、本発表は、学習院大学国際論文助成事業より掲載費の助成を受けています。 ▼本件に関する問い合わせ先 学長室広報センター TEL:03-5992-1008 FAX:03-5992-9246 メール:koho-off@gakushuin.ac.jp 【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/
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